ゴジラvsメカゴジラ

2014年09月08日 月曜日

大河原孝夫監督、高嶋政宏主演の1993年の映画「ゴジラvsメカゴジラ」。
ゴジラシリーズの20作目で、平成vsシリーズの5作目。

ゴジラの甚大な被害に対応すべく国連は国連G対策センターを日本に設置。その目玉としてメカゴジラを製作。一方で、ベーリング海のアドノア島で翼竜の卵が見つかり、日本へ持ち帰ろうとするとその場にラドンが現れ、更にゴジラまで現れた。なんとか卵を持ち帰ると中からはゴジラザウルスが生まれ、そのゴジラザウルスを感知したらしいゴジラが日本に上陸。メカゴジラを出動させ戦わせる事になる。

これ大分酷い。駄作。
始まりから、「海底からメカキングギドラを引き揚げて、23世紀のテクノロジーがどうのこうの…」で行き成り置いてけ堀。訳が分からないので調べてみたら、前々作の「ゴジラvsキングギドラ」で起こった事が引き継がれていると知り、まあそこはそういうモノかぁ…と思って見ていたけれど、主人公の高嶋政宏の話になって一気に挫けてしまった。多分トンデモない費用と時間と手間をかけて作ったと思われるガルーダがいらない子扱いで、その開発スタッフの高嶋政宏がメカゴジラに移動になり、急に新人研修のスポ根モノという当時のアニメでありそうな展開になって苦笑い。その後の人間側のやり取りや台詞とか終始小寒い。高嶋政宏と佐野量子のやり取りなんて恥ずかしくて見てられなかった。
主人公の高嶋政宏の人物像も何か当時のアニメの登場人物みたいなドジっ子主人公で「うわ~…。」と引きっぱなし。またこの主人公、やたらと自分の持ち場を離れてしまい、「ゴジラが来た時はいない」「ゴジラを倒したと思って、ガルーダを速攻で降りたら、やっぱりゴジラ復活」と、自分自身の役割の重大さを全く認識していない酷い人物で、メカゴジラ指揮官役の原田大二郎に文句言われ、邪険にされるけれど、彼の人を見抜く才能は確かで、主人公なのにまあ役に立たない。
ヒロインである佐野量子は、彼女が側にいると卵が落ち着いているという意味不明な設定からやたらとゴジラザウルスに思い入れ、散々ゴジラが町を破壊し、人々を殺しまくっているのに、ゴジラザウルスを使ってゴジラを誘き出そうという計画に反対したりと人間的感情が欠如している。小高恵美も変にゴジラに肩入れするし、この映画での女性の描き方って、死んで行った人々やこれからの被害を考える事も出来ない人ばかりなのは何かの皮肉なんだろうか?
それに急に何の振りも無くテレパシーだのが出て来たのは、何だ?ゴジラをテレパシーで感知するって非常に馬鹿馬鹿しい。多分、当時はまだ流行だったのか、超能力やオカルト関係のネタを入れ込んだせいなんだろうか?

人間側の話がどうでもいいのはいいけれど、怪獣側も全然よくない。「ゴジラvsメカゴジラ」なんだから怪獣バトルをすればいいのに、変に当時の安っぽいSF映画要素を入れてしまい、スーパー戦隊シリーズの最後の巨大怪獣と巨大ロボットの戦闘場面みたいな安さ。メカゴジラはゴジラ型をしているのだからゴジラと掴み合いで殴る蹴るをするかと思いきや、熱線を放つだけ。だったらメカゴジラである意味が全く無いじゃん。「ゴジラに対抗出来るのはゴジラだ!」という理由でメカゴジラ作った国連ってアホ過ぎる。メカゴジラが発射するアンカーがゴジラの体に突き刺さっているのだから、同じ素材で似た様な槍と発射装置を一杯作ったらメカゴジラなんて作る必要無いじゃん…と思ってしまった位メカゴジラの馬鹿馬鹿しさが際立ってしまう。メカゴジラが移動は空を飛ぶという時点でその飛ぶ姿の滑稽さに笑ってしまったけれど、その空飛ぶメカゴジラが富士山とその麓に新幹線が走る景色を飛ぶって場面をわざわざ入れているけれど、これって空飛ぶメカゴジラの馬鹿馬鹿しさをいじっていて、制作者側も完全に笑いとしてメカゴジラを扱っているじゃん。更に最後にガルーダとメカゴジラが合体するという、見た目以上のモノが何も無い馬鹿馬鹿しい事が起こるけれど、これが単にメカゴジラがガルーダ背負っているだけというその安っぽさ、子供向け玩具の売上の為の合体感の半端無さったら無い。
「ゴジラvsメカゴジラ」なのに何でかラドンも出て来る意味もよく分からない。話的にラドンいらない気がするのだけれど…。このラドン、最後にゴジラが死んでしまった所でゴジラに乗っかり、自ら体を分解させるとゴジラの破壊された第二の脳が再生するなんて全く意味不明。やっつけたと思ったゴジラを復活させる為だけにラドンを出し、しかもこんな無茶苦茶な展開良く出来るな…。
あとは酷いのは、やっぱりゴジラザウルス。あの邦画の20世紀の駄作とも言われている「REX 恐竜物語」が半年前位にすでに公開されているし、それ以前から企画自体をこの映画の制作陣も知っていただろうに、何で同じ様な、更に子供向けにキャラクタライズした小型の着ぐるみ怪獣を出そうとしたのだろうか?映画の企画で「子供向けにしないと儲からない」との判断なのか、とにかく子供向け要素を入れ込んでしまった結果なのだろうか?

それに特撮も全然よくない。初めてゴジラが登場するのが海を歩いてこちらにやって来るという場面なんだけれど、これがどう見ても着ぐるみ着た人が水の中を歩いている様にしか見えない大きさ。この後もセットでの怪獣の大きさは当然大きく見えないし、実写映像との合成でも怪獣が大きく見えないのは何でなんだろうか?カメラの角度?画角?
あと、火薬関係も酷い。何故かラドンがゴジラを突っつくと派手な火花が散り、ゴジラやメカゴジラの熱線が当たるとやっぱり派手な火花が散る。爆破班が張り切り過ぎて、嘘臭さしかない。町の建物がゴジラに踏みつぶされたり叩き壊されると物凄い爆発するけれど、この世界の一般的な建物って屋内に大量の爆発物を貯蔵する事が法律か何かで決まっているのだろうか?

この映画で一番の見所は佐野量子。佐野量子の1980年代を過ぎ、1990年代バリバリのアイドル全開感。この感じ、今見ると凄い。

この映画、当時の子供感覚だと真っ当で当たりな映画なのかもしれないけれど、20年以上経っておっさんが見ても「うわ~…。あ~あ…」感しかない。全編、昭和の特撮好きが作った自主製作映画感しかないから、やりたい事入れ込んでしまい馬鹿馬鹿しくて安っぽい映画になっている感じ。唯一良いのはゴジラの造形かな。でも、中の人の動きが昭和の子供向け映画での動きでしかないので非常に安っぽいけれど。

★★★★★
 
 
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