三大怪獣 地球最大の決戦

2014年09月05日 金曜日

本多猪四郎監督、夏木陽介主演の1964年の映画「三大怪獣 地球最大の決戦」。
昭和ゴジラシリーズ五作目。

一月なのに真夏の様な暑さの日本。夜になると世界中で流星が多く目撃されていた。その中の一つが隕石として黒部ダム近くに落下した。一方、日本へ移動中のセルジナ公国のサルノ王女が乗った飛行機が空中爆発。東京に現れた予言を叫ぶ金星人と自称する女性はサルノ王女であるようだった。その女性は「ラドンが復活する!」と言い、実際にラドンが復活し、ゴジラが現れ、金星を破壊し滅亡させたキングギドラが復活した。

前作の「モスラ対ゴジラ」では社会批判的な大人な話を盛り込んでいたけれど、今回はゴジラ・ラドン・モスラ対キングギドラの対決を見せる為に、そこまでの話は如何に三大怪獣を登場させるかが主で、人間の方の話はどうでもいい感じ。ただ、宇宙円盤クラブとか、「私は金星人だ!」とか言い出すアレな人達が登場し、このオテンキな人達を扱うのは結構好き。しかし、この当時の子供向け映画なので、このオテンキな人達が真実を語っているというどうしようもない展開はどうしようもないけれど。
展開はやっぱり人間のどうでもいい話が延々と続き退屈で、さっさと怪獣の破壊を見せろよ…というダレる展開。怪獣の対決も一時間以上経っても真面に出て来ないし、つまらない。ゴジラとラドンがモスラの説得によってキングギドラと戦うなんて子供騙しもいい所。モスラの説得場面は最悪な程酷く見てられない。
怪獣の方は、第一作目のゴジラは自然災害や戦争の象徴や隠喩としての存在だったので急に現れ襲う意味が分かり、前作の「モスラ対ゴジラ」でもまだ人間の敵側だったからいいけれど、今作では単に急に現れ、人間の敵となるキングギドラと戦って倒すので、ゴジラの存在の意味がよく分からない。この展開ゴジラでなくていいじゃん。だから「ウルトラマン」が出来て行ったのかもしれないけれど。
それに各怪獣が登場しても単に顔見せ的に登場するだけでその場面は終わり、また人間の話に戻って怪獣の破壊場面に繋がらないという変な編集も意味がよく分からなかった。
それにしてもゴジラとラドンの着ぐるみが頭よりの上の支えが無く、首がグニョングニョンしている着ぐるみ感ったらない。キングギドラの完全に首の骨が折れてるじゃん…という変な方向に曲がっている操作はどうにかならんかったのかしら。

もう子供向け映画に振ったので前作からの方向転換も激しい。前作の「モスラ対ゴジラ」でモスラがいるインファント島が人間の核実験によって被害を受けて、外の人間に対して非常に否定的でモスラを貸し出す事も非協力的だったのに、今作では「あの方はどうしているのでしょう?」というテレビの娯楽番組にすんなり小美人が登場してしまい、前作の小美人の反応はなんだったの?という豹変っぷり。小美人の身の売り方の安さったら無い。
前作の「モスラ対ゴジラ」でも、モスラのいる南海の島の住民達の場面の馬鹿馬鹿しさは酷かったけれど、今回もセルジナ公国という名前は東欧っぽいのに見た目は日本人が色黒に塗っただけの東南アジア人っぽい謎の外国人達が出て来のが、これまた安いし酷い。

前作の「モスラ対ゴジラ」でも出演していた星由里子が今回も登場しているので、前作と同一人物かと思ったら名前は別人。だけれど、「モスラ対ゴジラ」では新聞記者見習いだったのが、今回は雑誌記者と似た様な設定になっているので、結構クラクラする。でもやっぱり星由里子は可愛い。

一番不思議な場面は、星由里子と兄である夏木陽介が喫茶店に入って注文するのがブルーマウンテン。その二人の所にやって来た科学者の村井も注文するのがブルーマウンテン。何でブルーマウンテンなんだろう…。何でわざわざ「ブルーマウンテン」と皆に言わせる場面を作って、入れているのか?当時の流行や風俗を知らないと全く持って意味不明な二連続のブルーマウンテン。

この映画、人間側の話はつまらなく、怪獣の対決が見せ場なのに一時間以上経っても派手な場面が無く、ゴジラ対ラドンなんて、「ラドン、くちばしで突っつく。」「ゴジラ、石を蹴って当てる。」という地味な上につまらないモノで、題名の煽りからすると相当な誇大広告。

☆★★★★
 
 
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