モスラ対ゴジラ

2014年09月04日 木曜日

本多猪四郎監督、宝田明主演の1964年の映画「モスラ対ゴジラ」。
昭和ゴジラシリーズの四作目。1961年の映画「モスラ」の続編。

台風が通過した後、海岸に巨大な卵が漂着した。卵は興行師が買い取り、卵の公開と孵化を見せて一儲けしようとしていた。一方で、工業地帯にする予定地の地下から急にゴジラが出現。名古屋を破壊し歩くゴジラに対して、新聞記者の酒井市郎は南海の島に住む小美人にモスラの力を貸して欲しいと頼み、モスラ対ゴジラの決戦となる。

この映画でおもしろいのは結構大人向けな部分。卵が海で漂うから漁業権なんやらで漁師が取って、卵で一儲けしようとする興行界の人々が買い取って宣伝をし、新聞が危機感を煽ってもただ宣伝にしかならないとか、話の中心は脅威さえも金儲けにする人の根性と、新聞という当時の情報配信の最先端が抱えているジレンマとかが結構中心に描かれる。子供には退屈であろう話を軸に進めるのは、まだ当時ゴジラは一般向けの大作娯楽映画として作られていたんだろうなと思わせる所。
ただおもしろいのはその部分だけで、ザ・ピーナッツの小美人が登場させると急に子供向け映画になってしまい、モスラの島に住む人々とかは安過ぎて苦笑。このモスラの島の場面は酷過ぎる。
そして微妙なのは構成も。この映画、要はゴジラとモスラという別々の映画の怪獣を戦わせるのを見せるのが目的なのだから、前半の人間のどうのこうのは逆にいらないし、ゴジラとモスラが本格的に戦うのは一時間も過ぎてからで、それまではどちらも見せ場がほとんど無いので娯楽映画としては全然つまらない。それにゴジラは特に理由も無く急に現れるだけで何で町を壊すのか?何故モスラの卵を狙うのか?とかの説明は無いし、モスラは小美人の言う事を聞いて人間に味方するとか、ゴジラとモスラの対決に至るまでの適当さったらない。一方で興行師の結末は、殴り合いから銃で撃ち殺すという結構悲惨な内輪揉めに発展し、撃ち殺した人物もゴジラに殺されるという、「結局、何?」というモノで、他の部分からすると物凄く不調和な所に行くし。前半の人間模様は結構おもしろいのに、後半になると急に話が進んだり、今までの物事に説明無いまま進んだりと急に脚本が荒くなった様に感じられてしまった。

今回のゴジラの造形も謎…と言うか、変な所が多い。何故か上目使いで、歩く時は手は肘を曲げて上方45度の角度で突く出しているのに、建造物を壊す時は物凄く手を動かす。巨大怪獣なのにモスラに攻撃されると物凄く動くし、モスラに風攻撃されると風に押されてやたら早く歩いてしまったり、首の部分が引きちぎらるんじゃないかと思う位ブリンブリンと動いて着ぐるみ感が満載だし。目の上の部分が別の色になっていて、別の材質にしたからっぽいけれど、なんで眉毛みたいなのが付いているんだろうか?
面白い部分はゴジラがやたらとこける事。名古屋城のお堀の段差でコケて、名古屋城に体当たりして壊れてしまったり、モスラには何度もこかされて寝っころがってジタバタしたり。これって、狙った笑い箇所なのか、単に中の人が着ぐるみのせいでコケてしまったのをそのまま使っているのか、どちらなんだろう?
一方のモスラは終始「何だろ?」。謎のテレパシーを使えると言う小人に従い、モスラの幼虫は何でかゴジラを襲い、幼虫なのに岩陰に隠れ、素早く吐かれるゴジラの熱線を素早く避ける恐るべき戦闘力の高さで、もう凄過ぎ。言わばヒーロー怪獣として安直。

それと星由里子が可愛い。新聞社の見習いとして宝田明についているけれど、見習いなのでドジッ子で、何かする度に宝田明に怒られてプリプリしていたり、常に勝気な女の子感が可愛い。
佐原健二演じる虎畑二郎はスーツ着て、色眼鏡かけて葉巻を吸うという、非常に分かり易い悪役。

この映画、結局は中途半端。モスラとゴジラが戦う場面をもっと前面に出せばいいのに、変に社会派を出してしまった為にそれが余計に感じられるし、その社会派を出すのだったら怪獣対決は余計だし、最後の「僕らが良い世界を作らなくては…」なんてしょうも無いまとめなんてやるべきじゃあないし、結果大人向けと怪獣対決という子供向けを上手く融合出来ず、前半と後半の分離で見終わるとバラバラな感は否めない。

☆☆★★★
 
 
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