キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2

2019年10月20日 日曜日

リチャード・フライシャー監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の1984年のアメリカ映画「キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2(Conan the Destroyer)」。
映画「コナン・ザ・グレート」の続編。

コナンは盗賊のマラクといる所を兵士達に襲われるが次々と返り討ちにしてしまう。
兵士達の指導者女王タラミスはコナンの力量を測る為に襲わせたが、タラミスはコナンに取引を持ち掛けた。
ジェナ姫だけが触れる事の出来る魔法使いが守っている秘宝を持って来れば、死んでしまったコナンの恋人ヴァレリアを生き返らせると言う。
コナンはマラクとジェナ姫と従者のボンバータ達と共に、魔法使いアキロや女戦士ズーラを仲間にして魔法使いの住む城へと進んだ。

前作「コナン・ザ・グレート」のヒットでの続編だけれど、シリーズがこれで打ち止めになってしまったのも分かる不味い出来。
「コナン・ザ・グレート」は色んなモノがゴチャまぜなヒロイック・ダーク・ファンタジーで中々おもしろかったのに、この続編は仲間が集まって宝物を奪い取り、それを使って更に目的の宝物を見付けるというしょうもないRPGみたいな展開で全然おもしろくない。
初めから女王が姫を生贄にする事やコナンを殺そうとしているという本来なら終盤のどんでん返しを初めからばらしているし、仲間が活躍している様でいらない気もする見た目要員だったりと、とにかく脚本がつまらない。

ただアーノルド・シュワルツェネッガーは流石で、筋肉バッキバキでトンデモない見た目。
一番最後に出て来たコナンが将来キンメリアの王となり、鎧姿で王座に座っている姿が物凄くカッコいい。
本当ならシリーズが続いてコナンがキンメリアを治める所まで行くつもりで、このカッコいいコナン王の活躍も見れたのかもしれなかったのだろうけれど、この映画の出来が悪かったのでシリーズも終了で見る事も無くて残念。
このキンメリアの王コナンの映画が見たかったなぁ…

この映画、展開や設定がぬるいし、話は間延びして退屈だし、下手に全方位向けのファミリー・ファンタジーに舵を切ってしまった事が悪い方向にしか働かなかったとしか思えない。
アーノルド・シュワルツェネッガーはコナン役がはまっているだけにダーク・ファンタジー路線でシリーズを見たかった。

☆★★★★
 
 
関連:コナン・ザ・グレート

ワールド・ウォーZ

2019年10月09日 水曜日

マーク・フォースター監督、ブラッド・ピット製作・主演の2013年のアメリカ映画「ワールド・ウォーZ(World War Z)」。
マックス・ブルックスの小説「WORLD WAR Z」が原作だが、ほぼ映画オリジナルらしい。

元腕利きの国連職員だったジェリー・レインは妻と二人の娘を町まで自動車で送る途中、渋滞にあってしまう。
渋滞の中、突如自動車が暴走を初め、人々が逃げ惑い始める。
人々を襲う狂暴化した人間が現れ、人間に噛みつくとその人間も直ぐに狂暴化してしまった。
ジェリー・レインは家族と逃げ出し、同僚だった国連事務次長からこの状況を調査し解決する為に協力を要請された。
家族と共に海上の戦艦に避難したジェリー・レインは、このパンデミックを一番初めに報告して来た韓国までウイルス学者に同行して何が原因で解決策はあるのかを調査しに行く事となった。

映画内では「ゾンビ」とは言っているけれど、何かの感染症によるパンデミックが起こって人間が狂暴化する所謂バイオハザードモノ。
ゾンビモノにしろ、バイオハザードモノにしろ、ここ二十年位でその手の映画が粗製乱造されまくって、「問答無用で襲い掛かって来る狂暴化した人間から生き延びる」とか、「結局恐ろしいのは生きている人間」とかの映画やドラマばっかで飽き飽きしたジャンルではあるけれど、この映画はそれとは少し指向が違って、その部分では結構おもしろかった。

始まりは映画開始十分もしない内に狂暴化した人間が速攻で溢れて社会が崩壊するとか、家族と共に狂暴化した人間から逃げ延びるという既視感のある展開だけれど、早さもありでまあまあのおもしろさ。
この初めで描いた家族で生き延びるのが主軸になるのかな?と思っていたら、そこは早く切り上げて、ブラッド・ピットが世界中を回って感染症の原因と治療法を探す旅モノになり、興味が出て来た。
感染者から逃げながら各地でウイルスの大元に近付く情報を得ては次の地へと移動するスパイモノやアクションモノ、それこそ007やミッションイン・ポッシブルみたいな展開で一味違う。
単に感染者の頭を撃ち抜くとか、立て籠もるとかの在り来たりなバイオハザードモノではなく、科学的に人類や世界を救おうとするハードSF要素もあり、バイオハザードモノにテレビドラマの「ザ・ラストシップ」を組み込んだ様な展開で結構ワクワクした。
ブラッド・ピットが行く先々で感染者に襲われない人々を目にして、何かあるぞ!?の謎解き要素もワクワクした。

ただ、終盤になると都合の良さや今までの伏線をぶん投げる展開にしてしまい、何だか残念。
今まで足を怪我していたので襲われなかった兵士とか、イスラエルで見た襲われなかったおじいさんや子供が出て来て、彼らが感染者に気に留められない謎が分かるはずだったのに、最後になって急に感染者が襲わないのは感染者にとっては危険な病原体を持っているからだ!と、今までの伏線は何だったの?の関係無い結論に達してしまう。
古傷がある兵士やイスラエルの兵士の腕を切り落とした事とかが複線かと思いきや、そこは全く関係はなかったのか…。
そして、ブラッド・ピットが感染者に追い詰められて病原体を自分に打たなくてはならない状況で正しい病原体を打って感染者に気に留められなくなってしまうけれど、これって元々全ての病原体が打っても人体には害を及ばせないようになっていたのか、偶然にも選んだ病原体が正しかったからなのかもよく分かんなかったし。
この終盤での今までの伏線の台無し感ったらありゃしない。
どうやら、本来の撮影後に新たな脚本家を雇って終盤を変更して追加撮影したらしく、それでこの終盤は「ん?ちょっと待って…」となる部分が多いのかもしれない。

この映画での感染者が他の映画と変わっているのは人間を襲うけれど食べはしない事。
バイオハザードモノではとにかく何らかの方法で感染してしまえば狂暴化するけれど、ゾンビモノではゾンビが人肉を貪り食おうとして人間を襲うと食べられてしまう人間ばかりになるはずなのででゾンビが増えないという矛盾を抱えているのに対し、この映画の感染者は人を襲っても噛みつくだけなのでドンドンと感染者が増えて行く。
ゾンビモノの矛盾を解消してはいるけれど、感染者は手や足だけに噛みつくという変な習性が出ているし、何かを感染させたら満足してそれ以上襲わないという物凄い感染に忠実なのも変と言えば変。

それに世界公開を前提とした大作映画だった事もあるんだろうけれど、この手の映画としては珍しくグロテスクな場面が意外と少なかった。
感染者は別に襲った人間の内臓を引きずり出さないし、噛みついて肉が飛び散る事も無いしで、グロテスクさばかりを見せた悪趣味な感じになっていないので見やすくなっていたのは良かった。

あと、感染者の映像としては素早く行動するのは近年のゾンビモノやバイオハザードモノではお馴染みになったけれど、大勢で押しかけてまるで波の様な勢いや形態になっていたりとか、高い壁も大勢の感染者がひしめき重なり合って登って来るとか、これも新機軸を見せている。
多分この映画以降、テレビゲームでのゾンビモノやバイオハザードモノに物凄い数のゾンビや感染者が押し寄せて襲って来るというのが増えた気がする。
それこそゲームの「ワールド・ウォーZ」は映画を再現しているし、「Days Gone」とかも波の様に襲って来る。

この映画、序盤で直ぐに今までの既視感のあるバイオハザードモノから感染症の原因と解決方法を調査・究明するサスペンスかつアクションモノになったのは、最早使い古された、擦り倒されたこのジャンルに新たな方向性を見せたという部分では非常に意欲的だったしおもしろかった。
ただ、どうも終盤の取って付けた感がいまいちで、製作段階でちゃんと脚本をきちんと煮詰めてからにしとけば良かったのに…と残念な感じ。

☆☆☆★★

48時間

2019年10月06日 日曜日

ウォルター・ヒル監督・脚本、ニック・ノルティエディ・マーフィ共演の1982年のアメリカ映画「48時間(48 Hrs.)」。

サンフランシスコの刑事ジャック・ケイツは捜査中に仲間の刑事を撃ち殺されてしまう。
相手は刑務作業中に仲間の手を借りて逃げ出した囚人だった。
ジャック・ケイツは捜査を進める内に犯人には強盗仲間がおり、その仲間も服役してる事を知る。
ジャック・ケイツはその囚人レジー・ハモンドを48時間だけの仮保釈を取り付け、二人で犯人を捕まえようとする。

典型的なバディ・ムービーなんだけれど、流石に今に見ると典型ばかりで大しておもしろくないし、何でこの映画が受けたのか分からない位色褪せてしまっていた。

ニック・ノルティ演じる粗暴で口の悪い白人刑事と、エディ・マーフィ演じる口が達者な黒人の犯罪者がお互いをののしり合いながらもやがて心が通じ合って協力して行くという、最早有り勝ち過ぎて何もおもしろくもない設定と展開。
これがこの手のバディ・ムービーの最初期だとは分かってはいるけれど、二人の会話劇ややり取りがおもしろい訳でもないし、おもしろいアクション場面がある訳でもないし、二人の心が通って行くのも殴り合ったからと中学生の青春モノでもやらないような非常にお座なりな展開だし、終始何がおもしろいんだ?状態。
犯人は強盗だったはずがやたらめったら人を殺しまくるし、これだけ人を殺しまくっているのだから市警全体挙げての捜査になるはずなのに捜査をしているように見えるのはニック・ノルテとエディ・マーフィの二人だけだし、題名も「48時間(48 Hrs.)」としておきながらその期限までの緊張感を一切煽る事も無いし、そもそもの脚本がおもしろくない。

この映画、1980年代から1990年代には性格や見た目も反対の二人を使ったバディ・ムービーが大量生産されたせいで、今見てしまうとその中でも抜ける所の無い平凡以下のつまらないバディ・ムービーになってしまっている。
こういう時代の流れやノリの中で作られたアクション・コメディって、その当時に見ておかないと後からだとピンと来ないなぁ。

☆★★★★

キングオブコント2019

2019年09月22日 日曜日

もう、近年は「M-1」にしろ「キングオブコント」にしろ、以前の様な誰が勝つのかワクワクする大会感が無くて、知らない人や余りネタを見た事が無い人達のネタが見れるネタ番組感覚で見ている。

今年の「キングオブコント2019」も、普段テレビで見ない人達も上手い事考えてネタ作っているのを見たら、「みんなおもしろいなぁ…」なのでネタ番組として見ると結構面白かった。

優勝したどぶろっくの一本目のネタでは爆笑したけれど、二本目でも少し変えてはいたけれど同じネタで、「まあまあそうだよな…」の結末。
近年の「キングオブコント」や「M-1」は、最終決戦が頭抜けている訳ではないけれど周りと比べると妥当かな?という感じが毎回の様にで、この「まあまあそうだよな…」が多いので争う大会としては微妙。

そう言えば、どぶろっくの流れの、一本目は爆発して二本目は同じ事して「まあまあまあ…」になるのって、「キングオブコント2017」のにゃんこスターと既視感。
どちらも一本目が爆発的に面白かっただけに尻すぼみ感が勿体ないなぁ…で終わってしまうのも大会としては微妙な所。

あと思ったのは、どぶろっくのネタってコントだけれど歌ネタで、わたしは全く見てないけれど、じゃあ「歌ネタ王決定戦」の存在意義って何?だし、「歌ネタ王決定戦」でどぶろっくはこのネタをやってたらしく、結局はその場と好みで片付けられてしまって、「キングオブコント」も言う程の権威でもなくなってるしなぁ。
実際「キングオブコント」って、優勝しても売れる訳でもない大会になってるし。

「キングオブコント」に対しての一番の不満は放送月日。
去年は9月22日の土曜日だったけれど、2017年は10月1日の日曜日。
2014・2015年は10月の10日台とバラバラで、しかも2014年は10月13日の火曜日。
今年は「水曜日のダウンタウン」のCMで「キングオブコント」の宣伝をしていたから気付いたけれど、結構番組表を見てその日に気付いた事があったり、以前は見逃したのだけれど、何で同じ時期や曜日にしないのだろう?

空の大怪獣ラドン

2019年04月05日 金曜日

本多猪四郎監督、円谷英二特撮監督、佐原健二主演の1956年の日本映画「空の大怪獣ラドン」。

熊本県阿蘇の炭鉱で炭鉱夫達が行方不明になる。
炭鉱夫達の死体が発見され、事故かと思われたが鋭利な刃物による殺害と分かる。
更に被害者が増えたが炭鉱夫達が住む住宅地で巨大なヤゴの様な生物メガヌロンが現れた。
警察や自衛隊が銃で応戦するが炭鉱の奥へと追い返すだけだった。
その後阿蘇で地震が起こり、大規模な崩落が起きた。
その直後に熊本では謎の高速飛行物体が確認され、自衛隊の戦闘機を破壊。
更には家畜を連れ去り、人間まで襲っていた。
その高速飛行物体は崩落で現れた炭鉱の奥にあった洞窟で卵から孵化した古代の翼竜ラドンだった。

1954年の「ゴジラ」。1955年の「ゴジラの逆襲」に続けと作られた東宝の怪獣映画。
特撮は結構おもしろい部分はあるけれど、話がつまらないし水増し感がある。

序盤の炭鉱の部分やメガヌロン登場までが長いし、そもそも「空の大怪獣ラドン」なのに何で地中から出て来た巨大なヤゴを見ているんだろう?と何の映画を見ているのか分からなくなってしまう。
序盤の主人公の炭鉱技師の一連の話は別にいらないし、記憶喪失も何で必要だったか分からない、いらない話。
序盤の主人公だった炭坑技師は中盤以降話の主軸にならず、何時の間にか主人公は博士の方になって、何で炭坑技師がそこにいるの?状態だったから、やっぱり序盤はいらない様な気しかしなかった。
メガヌロンはラドンの餌になっていたけど、外に出て家畜を襲ったりもしているのだからメガヌロンは省いてさっさとラドンを出さなかったのは何なのだろう?
まあ、ラドンを出すと特撮にお金も時間も手間もかかるだろうから、別にいらないメガヌロンで引っ張っていた様な気がしないでもない。

ラドンが出て来てからは戦闘機との空中戦や町の破壊とかの特撮が増えて見場も多いし、特に最後の阿曽山大噴火とか非常に綺麗で特撮史上の中でも有数の名場面かもしれない。
ただ、ラドンと戦闘機との空中戦はどっちがどっち向いて何をしているのかが分かり難かったし、ラドンが空を飛んでいる時はカッコいい感じだったのに、町に降りて立っていると全身が結構ブルブル震えて弱そうだったし、一番最後の二匹のラドンが噴火した阿蘇山から飛び出て来たのに、何だか分からない内に勝手に力尽きて落ちて燃えてしまうとか、結構微妙ではあった。
最後の二匹のラドンの墜落は、吊っていた線が切れてしまって落ちちゃったのをそのまま使ったという話を以前に聞いた事があったので、「これかぁ…」という部分で関心して見ていたけれど、何だか訳も分からず説明も無くラドンが死んでしまう意味不明さがあるし、あれだけ町に被害をもたらし人も結構殺していたラドンが死んで行くのに対して登場人物達が急に感傷的に見つめているのもいまいちピンと来なかった。

あと、ラドンと言う名前は映画内でラドンと付けた説明が出て来ないので不明で、プテラノドンと似ているからラドンなのか分からないけれど、急に博士が「ラドン」と呼んで皆も普通に「ラドン」と呼び始めたのには物凄い置いてけ堀感を感じてしまった。

この映画、特撮部分は結構凄い部分もあるけれど、話がつまらないのでラドンの登場まで集中力が持たない。
メガヌロンとかいらないからラドンに絞って展開すればもっとおもしろかった様な気がしないでもない。

☆☆★★★