吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー

2026年06月05日 金曜日

ジミー・ウォング監督・脚本・主演の1970年の香港映画「吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー(龍虎鬥 The Chinese Boxer)」

柔道家のタオ・アルが国術を教える道場に道場破りとしてやって来るが師範に返り討ちにされてしまう。
タオ・アルは一か月後に日本の空手家を連れて戻って来て師範を殺して、ほとんどの弟子達も殺してしまった。
何とか生き残った弟子のレイ・ミンは復讐の為に町で賭博場を開いたタオ・アル一味の下へ乗り込んで行った。

何度目かの昔の香港映画に興味が湧いた時期が来たので、「大酔侠」を見て、その続編的「大女侠」を見て、「大女侠」にジミー・ウォングが出ていたので「続・片腕必殺剣」を見て、続けてのこの「吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー」を見てみた。

ジミー・ウォングは片腕必殺剣シリーズが当たったは良いけれど製作していた映画会社ショウ・ブラザーズに対して不満があったらしく、だったらと言う事で全部やってしまったのがこの映画らしい。
香港映画としてもそれまでの「片腕必殺剣」の様な剣劇の武侠映画が多かった中からこの映画でカンフー映画へと移行して行った変わり目の映画らしい。

そんな映画で、確かに所々見所があるにはあるけれど、やっぱりまだ試行錯誤の時代の映画という事もあってか、見終わると物足りなさが大きくあった。

序盤はカメラが急に寄ったり、カメラ前に物を配置しつつも奥に長い構図の画を取ったり、編集も短く繋いでいて、ジミー・ウォングって監督として結構良いのでは?と思わせる映像や編集で結構ワクワク感があった。
話も道場破りからどうなって行くのだろう?でおもしろそうな雰囲気はあったけれど、それ以降がどうにも微妙。
道場破りの話の時点から敵側視点の話が多くてジミー・ウォングは脇役で余り話に絡んで来ず、敵が道場乗っ取ってからも賭博場側の話が多くて、やっぱり主人公であるはずのジミー・ウォングの話が少ない。
復讐譚なので主人公の恨みつらみや、ここは我慢して…とか、倒せなかった相手を越える為に修行を繰り返すとかがあるのかと思いきや、主人公の悔しい思いの吐露は一場面位。
修行も五分十分位だけで終わり、それも足に重りを付けて走り、その重りを取ったら2m以上の走高跳の棒を垂直跳びで軽々と超えられる様になって急だし、熱した砂鉄に手を叩き付けて突っ込んでいたけれど、これがどういった修行で、結果それがどうなったのかがよく分からないので手間を省いてしまった感が凄い。
結局修行後に手に付けていた手袋は何の為で、手がどうなって、その手が強いのか?もよく分からないまま。
この短い修行の後は直ぐに大勢相手の戦いになるので、復讐譚なのに復讐までのあっさりとした展開はどうなの?

ただ、その後の戦いは結構おもしろく、賭博場での大人数対戦は主人公の急な強さの発揮は感じるものの、初期のカンフー映画としては良く出来たアクション場面で楽しさがあった。
その賭博場を出ると突然外が雪景色になっており、その雪降る草原で謎に日本の剣士と戦う場面も草に隠れつつ襲撃するやり合いや、映像的にも結構おもしろかった。
まるで西部劇の銃の抜き合いの様にジミー・ウォングの短剣対敵の手裏剣の投げ合い対決もあって笑ってしまったし。
敵の剣をかわしながら剣を取って戦う姿は多分ジミー・ウォングの計らいで片腕必殺剣の主人公を思い出させる様になっていたし、ジミー・ウォングの映画を続けて見て来たのでジミー・ウォングはやっぱり剣劇の方が良いなあと思ったり。

ジミー・ウォングは剣劇の方が良いと思ってしまうのは、この映画でのカンフーアクションが良くないから。
どうしても実際に中国武術をしていた人が役者になったこれ以降のカンフー映画と比べてしまうのだけれど、ジミー・ウォングはあくまで映画俳優のカンフーなので切れはよくないし、足は全然上がっていないし、カンフー映画としては余りおもしろくはなかった。
ジミー・ウォングの余りよくないカンフーを誤魔化す為の賭博場での大人数対戦や雪降る草原での剣劇なのかな?と思ったりしたけれど、それだとジミー・ウォングは監督しての方が才能があるのか。

初めて目にした国術と言う拳法対柔道や空手の異種格闘技戦も設定としてはおもしろいのだけれど、国術がどういった拳法なのかよく分からないし、柔道は一応投げ技を見せてはいるけれど、これって柔道なの?と思うよく分からない拳法だし、空手もこれ空手なの?と思う柔道も空手も中国拳法と変わりが分からず、異種格闘技感は余り感じなかった。

ジミー・ウォングのカンフーがあんまりよくはないので本来なら一番盛り上がるはずの最後の一対一の対決が盛り上がらず、それまで敵側の首領感一杯だった柔道家も隠れていた所から出て来て短剣を投げ返されて死亡というあっさり過ぎる最後だったし、話もジミー・ウォングの想いも特に見せず急に終わるしで見終わると物凄く肩透かし感を感じてしまった。

この映画、ジミー・ウォングの監督の力や才能を感じる所が多々あるけれど、話となるとジミー・ウォングが監督で忙しかったからなのか敵側の分量が多くて主人公が少ないので主人公の想いが出る前に戦いだけになってしまって復讐の為の戦いはずなのに復讐を盛り上げる事が無いので戦いが盛り上がらず、そのまま一番最後の戦いも大して盛り上がらないまま終わってしまうので見終わると何だかなぁ…な感じになってしまう映画でした。

☆☆★★★

続・片腕必殺剣

2026年06月01日 月曜日

チャン・チェ監督・脚本、ジミー・ウォング主演の1969年の香港映画「続・片腕必殺剣(獨臂刀王 Return of the One-Armed Swordsman)」

過去を捨てて農夫として妻と暮らしていたファン・カンの下に二人の剣士が突然現れた。
二人は覇王城に居を構える八人の剣士の八大刀王の手下で、覇王城で開かれる武術大会への招待状をファン・カンに持って来たが、これへの参加を断れば無理にでも連れて行くと脅して来た。
その後、有名流派の師範剣士が息子達を連れてファン・カンの家を訪れ、八大刀王は各派の剣士を集めて全員を負かす事で武術界を支配しようとしている事を伝え来てファン・カンに助力を求めたが、ファン・カンは武術界から離れたと断った。
覇王城で開かれた大会では八大刀王達によって師範達は次々と殺され、各流派の若い息子達だけが残された。
息子達は集まって捕まった父親達を助け出す為にファン・カンに協力を求め、息子達を狙って殺しに来る八大刀王に怒りを覚えたファン・カンは息子達と行動を共にして覇王城へと向かった。

何度目かの昔の香港映画に興味が湧いた時期が来たので、「大酔侠」を見て、その続編的「大女侠」を見たので、続けてチェン・ペイペイの映画を見ようと思ったら、どうやら他の映画が配信が無かったので、じゃあ「大女侠」に出ていたジミー・ウォングの方の映画を見てみようと思い検索していたら、以前は配信が無かった「続・片腕必殺剣」があったので、以前に「片腕必殺剣」を見たけれどあんまり覚えていなかったのでざっと早送ったりして復習してから見てみた。

「片腕必殺剣」が悩める主人公を描く人間ドラマ重視の映画で、それが結構良かったのに、その続編は一作目の登場人物の役として強かった主人公をそのまま持って来てはいるのに内容も雰囲気もほぼ別物の剣劇重視の漫画的武侠映画になってしまっていて、これじゃない感が一杯で残念感が一杯。

「片腕必殺剣」が剣士として生きて来たのに片腕を切られて失意の主人公が人を不幸にするからという理由で武術に否定的ではあるものの、それまでの人生や因縁と向かい合うざるを得なくなる話だったのに、その続編が鎖鎌とか、剣先から弾?が発射される剣とか、車輪状の剣とかのそれぞれが特殊な剣を使う八人の非常に悪い剣士が次々と襲って来て、主人公側の若者と敵の手下達が次々と死んで行くだけの雑多な話になってしまっていて、別に「片腕必殺剣」の続編である必要も無い続編になってしまっている。
この映画だけ見れば、片腕の凄い剣士が違う拳法で攻撃して来る敵を次々と倒して行くハチャメチャ感のある映画でおもしろいのかもしれないけれど、「片腕必殺剣」の続編として見てしまうと大分駄目。

剣劇も、各敵が特殊な攻撃を仕掛けて来るのでそれに対処して戦うおもしろさはあるにはあるけれど、結局ジミー・ウォングが剣を振り回すと敵がやられるの繰り返しだし、突然ワイヤーアクションでジミー・ウォングが跳ぶというよりも飛ぶし、ある時はクルクル回転しながら飛んだりと、それまでになかった突然の超人的空中殺法をし出してしょっぱさ加減が増してしまうし。

敵も凄腕ではあるんだろうけれど基本的に姑息で、草木に隠れて襲撃するとか、剣だと思ったら弾?を発射して予想外の攻撃にやられるとか、最後の首領も先の折れた短剣かと思いきや先が伸びて普通の剣になり意表を突くとか、皆小ズルい。
そういう小ズルさが敵だからなんだろうけれど、そうなると敵が誰も彼も小物感しかなくなってしまってしょっぱさが引き立ってしまっていた。

あと良くないと思ったのは、登場人物達の描きの薄さ。
主人公の配下で多くの若者がいるのだけれど、彼らは皆同じ格好で一目では区別が付かず、彼らの事も大して描かないので、この人は誰だったっけ?の内に次々と何人も死んで行くだけになってしまうので身が入って行かない。
敵も流石に八人もいると多過ぎて、出て来て少し見せ場があって主人公に切り殺されて行くの繰り返しなので折角の敵の濃さになる設定も薄味で終わってしまい、主人公側の人物も敵も死んで行くだけの雑多な端役で全然役が立って来ない。

主人公も配下の若者が死んでもそれ程後悔や憎しみを見せないので感情が希薄で、特に見向きもせずに大量の死体の中を歩いて行くのには結構引いてしまった。
最後は、争いは醜い。何も無いと言った感じで去っては行くけれど、まあほとんどの人を切り殺していたのは主人公だったので、主人公に何かを背負わせるには主人公の描きが足りなかった。

この映画、「片腕必殺剣」が当たった事での続編は分かるけれど、最早「片腕必殺剣」の雰囲気も薄く、監督も同じなのに何故か娯楽剣劇武侠映画に振り切ってしまった一作目ぶち壊しな続編になっていて、「片腕必殺剣」の続編として期待して見ると大分肩透かしな映画でした。
監督も主演も違うけれど一応シリーズの続編となっている「新・片腕必殺剣」の方が「片腕必殺剣」の雰囲気を引き継いでいるという変な事になっている様に思えた続編でした。

☆★★★★
 
 
関連:片腕必殺剣
   新・片腕必殺剣

大女侠

2026年05月29日 金曜日

張徹監督・脚本、チェン・ペイペイ主演の1968年の香港映画「大女侠(金燕子 Golden Swallow)」。

女剣士の金燕子は金鞭に助けられて行動を共にしていた。
その二人に悪党を殺して回っている銀鵬の話が伝わる。
金燕子は銀鵬は長らく会っていない弟弟子ではないかと金鞭に話していたが、銀鵬はまさにその弟弟子で金燕子を誘き出す為に悪党を殺した後に金燕子のかんざしを残して行っていた。

古い香港映画を見ようと思い、1960~1970年代の香港映画を盛り上げた映画会社ショウ・ブラザーズが武侠映画やカンフー映画を多く作った先駆けとなった映画「大酔侠」を見たので、その主役だったチェン・ペイペイ演じる金燕子が登場するというので、「大酔侠」の続編的なこの映画も期待を持って見てみた。
しかし、「大酔侠」の続編と思って見たら大分期待外れ。

「大酔侠」の一番良かった所はチェン・ペイペイ演じる金燕子のカッコ良さで、その凛として動じず、顔色一つ変えずに敵と戦って倒して行く強さと美しさとカッコ良さに目が行き、その金燕子がまた登場する映画となればその金燕子を期待するのに、この映画は金燕子は初めは主役かと思っていたらほぼジミー・ウォングが主役で、延々とジミー・ウォングが悪党を特に因縁も無いのに切り殺して行くばっかりで金燕子の登場さえ少なくて非常にガッカリ。
初めから金燕子はにこやかに笑って、キャッキャしながら金鞭とイチャイチャしているという「大酔侠」とは全く違う人物になっており、「大酔侠」に出て来た将軍の娘とかの設定も全く出て来ず、同じチェン・ペイペイ演じる金燕子なんだけれど最早別人。
途中で少しだけ金燕子が戦う場面は出て来て、「大酔侠」と同じ様な二刀流で短剣を頭上に上げての剣劇があるにはあるけれどほんの少しだけで金燕子としては物足りなさ過ぎる。

話は金燕子の事が気になる銀鵬が金燕子に会いたいが為にあちこちの悪党共を殺して回るだけで進んで行くのでおもしろくはない。
一応銀鵬は過去に家族を悪党に殺されて自分も何とか生き残れたので悪党を殺して回っているという話はあるものの、その土地で勢力を伸ばす大きな組織から隣の家が気に入らないので因縁付けて家族を殺した一家まで大小関わらず殺して回るので只のサイコパスな殺人鬼にしか思えず、しかもその殺しの犯人を金燕子に見せかけて行くとなると当然金燕子の方に迷惑所か命の危険もあるのに、ずっと何してるんだろう?で話がつまらない。
そこから銀鵬、金燕子、金鞭の三角関係の話になり、そこまで各人の思いが大して描かれないのでその恋愛話には入って行けず。
結局ジミー・ウォングの大立ち回りで死んで行く見せ場で終わって、只々ジミー・ウォングが目立つジミー・ウォングの映画でしなかない。

そのジミー・ウォングは常にすっとぼけた、何なのその顔?な表情ばかりでカッコ良くはなく、しかも天津木村にしか見えないので終始微妙。
剣劇も剣を大きくぶん回してばかりで、剣をぶん回すと相手が切り殺されるの繰り返しでおもしろくもないし。
敵の中に個性が強そうな感じの人もいるのに直ぐにジミー・ウォングに切り殺されるので個性は出て来ないままな一方、極悪非道の組織の中でも何故か義理堅く自ら死んで行く人を多めに描いたりと、結局何を見せたいのか、何故それを見せたいのかよく分からない事も多く、その分ジミー・ウォングも何だか散漫になり、更にその脇役の金燕子なので金燕子は活きて来ない。

「大酔侠」で人気が出たチェン・ペイペイの金燕子の続編をと思ってショウ・ブラザーズは初めは「大酔侠」の金燕子を基にするつもりだったのが、「大酔侠」の監督だったキン・フーがショウ・ブラザーズを出て行ったので監督が変わり、脚本を何度も手直ししたらこうなったらしく、そこに片腕必殺剣で人気が出たジミー・ウォングを入れたらこうなってしまったという事なのかと思う。

この映画、原題が「金燕子」だし、金燕子が出ている続編として期待して見たら、その金燕子は完全に脇役でジミー・ウォングを頂点とした三角関係の中の一要素位でしかなく、話も何処に向かうのかがずっとおもしろくはないし、分かってからもおもしろくはないし、「大酔侠」の金燕子の更なる活躍が見たかったのに金燕子の戦いすらほとんど無いので非常にガッカリな映画でした。

☆★★★★
 
 
関連:大酔侠

大酔侠

2026年05月27日 水曜日

キン・フー監督・脚本、チェン・ペイペイ主演の1966年の香港映画「大酔侠(大醉俠 Come Drink with Me)」。

盗賊の護送中に仲間達が襲撃して来て助け出し、同行していた長官もさらわれてしまった。
盗賊団は囚われている首領と長官の交換を要求してき、その交渉役として女剣士の金燕子が送られた。
金燕子は首領を返すつもりはなく、金燕子と盗賊団との争いが始まった。

元々はジェット・リーのワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナを見ようかと思って、それならそれ以前の映画を見てからだと思って内容を余り覚えていなかった「阿羅漢」を見直したら、Amazon プライムビデオのお勧めに古い香港映画が現れて来たので急に古いカンフー映画や武侠映画を見たくなって香港映画の歴史等を調べて更に興味を持ち、何か良い映画あるかな?と思ってプライムビデオを見たら「大酔侠」が出て来た。
確か以前も古い香港映画に対する興味が出て来て調べた時には「大酔侠」は無かったはずが何時の間にか追加されのか。
と言う訳で「大酔侠」を見てみた。

この映画は1960~1970年代の香港映画を盛り上げたショウ・ブラザーズが剣劇やカンフー映画を送り出す先駆けになった当たった映画で、確かに当時だと受けた感じが分かる様なおもしろさがあった。
わたしはそんなに香港映画には詳しくないけれど、その後の香港の活劇の先祖的な立ち位置やそれまでの香港映画の色々な影響とかを見るという部分でもおもしろいと思われるはず。

設定が盗賊団が首領と文官の交換をする話し合いの為に送られて来た使者が武芸の腕が立つ女剣士で活躍するという時点で盛り上がる。
この主人公の設定や動き等はその後の香港映画に色々影響を与えたんだろうなぁと思うし、そこから影響を受けた日本の漫画辺りの設定っぽくて良くも悪くも漫画的な部分がある。
その主人公はまあ強くて、一対多数の戦いでも剣をひらりと振り回して涼しい顔で立ち回り、飛び跳ね、後ろから襲って来た敵を見ていなくても気配で一撃で倒してしまうのには香港映画のニヤニヤしてしまう楽しいアクションがある。

ただ、主人公を演じるチェン・ペイペイは雰囲気は非常に良いけれどまだ二年目だからか演技は上手くなく、その場に止まったままやたらと周囲を目で見渡す事が多く、それが何かぎこちないと言うか、わざとらしいと言うかだし、戦いでの動きもいまいち。
全般で戦いの場面はこの時代にしては編集を短く早くしていて魅せる様になっているのだけれど、行動した直ぐ後に相手が傷付いていて、動き始めから結果だけでその行動中の中間部分が抜けている様な何をしてそうなったのか分からない事も多いし、全員の動きもあんまり良くはないのは流石に六十年代の先駆けの映画だからなんだろうとは思った。

また、監督のキン・フーが京劇好きだったからだと思うけれど、音楽は京劇で聞く様な銅鑼とかのジャンジャンする感じで、急に動くとジャンと鳴ったりと人物の動きに合わせて音が入ったりで京劇の影響が強いのかもしれない。

不思議なのが話の構成で、中盤以降も盗賊団と女剣士の戦いではあるんだけれど、序盤で登場した竹竿を持った謎の人物が女剣士を助け出すので、この人物は何かあるのかと思ったら終盤はこの竹竿の男の過去の因縁話になり、ほぼ盗賊団とは関係して来なかった兄弟子が出て来て、その兄弟子との戦いが最後の戦いになって終わってしまい、結局は主人公がこの竹竿の男だった感じになってしまっていた。
題名も何で「大酔侠」なのかずっと気になっていたけれどこの竹竿の男が酒好きだったのでこの題名らしく、この題名だと女剣士は関係無いし、やっぱりこっちが主人公だったという事なのか。
それにしては女剣士の主人公感は強くて、何時の間にか主人公が入れ替わっていた感じだった。

この映画、香港映画の歴史を見る上では成程と思いながら見れたし、各人物も立って存在感は強く、1960年代の武侠映画と考えると中々良く出来ている映画なんだけれど、おもしろい部分は各所であるものの剣劇は流石に時代を感じてしまい、今見てしまうといまいち感は拭えず、最終的に主人公がすり替わって終わってしまうので見終わると肩透かし感が強くなってしまった映画でした。

☆☆★★★
 
 
関連:大女侠

24 シーズン3

2026年05月09日 土曜日

Amazon プライムビデオで「24 -TWENTY FOUR-」の配信がまた始まっていたのでシーズン2から見直していて、ただシーズン2を見ていたのが年末位だったので年末年始で何かと忙しいのは分かっていたから、そのまま続けてシーズン3を見るのは控えていて、他のモノを見ていたらすっかり見るのを忘れていたので数か月振りに見始めたシーズン3。

昔に一回見てはいるので、ジャック・バウアーの弟子的相棒チェイス・エドモンズとか、ラモン・サラザールとかは強い登場人物だったのではっきりと覚えていたし、シーズン2でさえ製作側が存在を完全に持て余していて、いらない子だったキンバリー・バウアーをCTUに入れて何とか存在意義を出していたとかも覚えていたけれど展開はほとんど忘れていたので楽しめた。

シーズン3にもなると今までとは違う展開にはしていて、今シーズンは初めから敵と目的と手段をはっきりと出していた。
生物兵器によるテロで脅迫してラモン・サラザールの釈放が目的と、今までは徐々に明かされていた部分を最初から前面に出して一気に見せる方向性にしていた。
しかし、これもちゃぶ台を引っくり返す為の振りで、実はこの導入は売りに出された生物兵器を確保する為にジャック・バウワーがサラザールの下に潜入する為の極秘作戦だったと結構な序盤で話が一気にガラッと変わってしまうのには興奮したしおもしろかった。
そして、シリーズお馴染みになっている大体半分位の所で今までの話が終わって、また別の敵を追い掛ける事になる後半戦が始まり、ようやくここら辺から何時もの「24」らしい展開にはなって行った。

ただ、以前見た時はこのシーズン3はこれまでの中で一番おもしろかったと思ったシーズンで、そのおもしろかった印象で残っていたけれど、改めて見るとそうでもないと言うか、ここまでで一番おもしろくはないシーズンだった。
前半のサラザール編は今まで雰囲気や展開が違っておもしろくはあるものの話を結構引っ張り過ぎで早く次に進んで欲しいと段々と思って行ったし、あれだけ引っ張って色んな人間関係描いたのに全員死んで終わらせてしまう、ジャック・バウアーの心情も特に描かずにそのまま次の犯人探しに行くし、ニーナ・マイヤーズとの決着も引っ張った割にあっさり過ぎて直ぐに次に行くしで常に尻すぼみ感ばかり。
ここら辺りの話は終盤を過ぎて見終わるとさっぱり忘れてしまっていたし。

一方のデイビッド・パーマーの方は中盤以降もパーマー兄弟の女性問題の対処や揉み消し話なので物凄くこぢんまりしていて、これまでのシーズンに比べると非常にしょうもない話だし、いよいよテロリストと対峙し始めても相手に翻弄されるだけで面白味が無かったし。
しかし、「24」全体でも名場面のシェリー・パーマーの罵り殺しがあるという部分ではおもしろ過ぎる。

チェイス・エドモンズも初めはジャック・バウアーとの一方的な信頼関係やギクシャクする関係から、チェイス・エドモンズがジャック・バウアーを追い掛けてメキシコに行ってしまう健気さとかは良かったもものの、中盤辺りになるとチェイス・エドモンズの影が極端に薄くなり、たまに見かけると、そう言えばチェイスいたな…位まで脇役になってしまっていて、チェイス・エドモンズは初めの設定や勢いは良かったのに中盤以降製作側が上手く使い切れていなかったのが残念。

1話目から全力疾走だし色々と盛り込みまくり。
行き成りシーズン2から三年後になっていて、その間に色々あった様。
シーズン途中かの様なサラザールとジャック・バウワーの関係性。
ジャック・バウワーは既にお馴染みの潜入捜査でサラザールの下で何かしらしていて、しかも分かり易く薬物中毒が抜けないという危機。
トニー・アルメイダとミシェル・デスラーは結婚しているし、シーズン2での持て余し感の半端なさや話のどうでもよさから独立させた話にするとどうしようもないと思ったのかキンバリー・バウアーはCTUの職員になっているけれど端々に見えるうざさは変わらず。
新しい人物も増え、ジャックの相棒でジャックを非常に慕うチェイスは非常に良い奴。
癖のある分析官アダム・カウフマンは何処かで見た事あるなと思ったら、この後の「HEROES」のサイラー役で有名になり、ケルヴィン・タイムラインの別のスポック役でお馴染みになったザカリー・クイントだったのか。
シーズン3は一度見たのにザカリー・クイントが出ていたのは全く覚えていなかった。
それに、今後あれだけ役が成長するとは思ってもみなかったクロエ・オブライエンが初登場。
デイビッド・パーマーの方はシーズン2の最後にあれだけ大風呂敷広げたクリフハンガーで終わらせたのに、ちょっと後遺症はあるけれど健康的には問題無いし、あの犯人は捕まえましたと一行台詞で終わらせてしまったりと、もうシーズン2は終わってシーズン3ですからと言う様なぶった切り感で済ませてしまっていて拍子抜け。
そして今回はこの一話目からアーロン・ピアースは登場。
意外だったのがシーズン2で思った以上に活躍したケイト・ワーナーが再び登場し、どうやらジャックと付き合っていたけれど別れたらしかったり。
本題はやっぱりテロなんだけれど、これまでと違うのはサラザールの釈放というはっきりとした要求があり、これまでよりも敵も目的もはっきりとしてどう展開させるのかと興味が湧き、見所一杯。
本当なら一話目だし、次が見たくなるので続けて二話目も見るんだけれど、この一話目はお腹一杯過ぎて一話でやめてしまった位だった。

9話目でニーナ・マイヤーズ登場。
ニーナが登場するのも覚えていたけれど、改めて見るとこのニーナの登場って都合が良くはある。
急に現れた競売相手の代理人がニーナって出来過ぎ。
まあ、演じていたサラ・クラークがシーズン3限りでという事になったのか、何処かでジャックとニーナの関係に決着は付けておかないといけないので、ここに何とかねじ込んだ感じはあった。

12話で、これまで散々引っ張って来たサラザール編が急に終わってしまう。
敵が死亡するのは結末としてはそうではあるけれど、「24」の特徴として息をつかせずに次の展開に行ってしまうので、これまで色々と描いて追って来た敵が急に無かった事の様に次に行ってしまうのは何だかなぁと思う所。
行ったり来たりするジャック・バウワーとラモン・サラザールの関係をここまでじっくりと描いて来て、それがどちらにも特に何もないままで終わってしまう呆気無さったら無い。
まあ、ここまでじっくりと描いていたのでサラザールは強烈に印象に残っていて覚えていたのかとは思う。

13話では「24」全体の中でも屈指の名場面「シェリー・パーマーが相手を罵り殺す」が登場。
デイビッド・パーマーを脅す後援者のアラン・ミリケンが意図せずシェリーの前に現れたけれどシェリーは一切動じず、そのままアラン・ミリケンがどんなにクズなのかを罵り始めてアラン・ミリケンは心臓発作で死んでしまう凄い場面。
罵り殺すって初めて見た時は相当衝撃的だったし、その演技の凄さとこの展開に笑ってしまったけれど、また見てもやっぱり凄い場面だし、やっぱり笑ってしまった。
こんな恐怖かつ凄みかつ笑いという場面って中々無い。
この場面でわたしの中で「24」で最強なのはジャック・バウワーではなくシェリー・パーマーになってしまっている。
シェリー・パーマー役のペニー・ジョンソン・ジェラルドの演技も凄いんだけれど、日本語吹き替えの小宮和枝のここの演技は本当に一世一代の演技だと思ってしまう。
ペニー・ジョンソン・ジェラルドはわたしが大好きなドラマの一つ「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」にも主人公のベンジャミン・シスコ司令官の恋人役キャシディ・イエイツで出演しているのだけれど、キャシディ・イエイツは非常に穏やかで優しい人物で、しかも「DS9」では小宮和枝が副司令官のキラ・ネリスの吹き替えしているので、「DS9」から「24」を見ると違和感が凄い。

14話で遂にジャック・バウワーがニーナ・マイヤーズを撃ち殺す。
なんだけれど、15話でその事について正当防衛だったか、個人的な恨みだったかで取り調べを受けてはいたけれど結局ジャックの本心は見えてこないまま。
それに、都合良くニーナ・マイヤーズがジャックと出会う事になり、ここまで二人の因縁を引っ張った割に呆気無いニーナ・マイヤーズの最後だし、ニーナ・マイヤーズの事を特に引っ張りもせずにアマドール探しになってしまうので、折角のニーナ・マイヤーズとの因縁も尻すぼみ感が強かった。

17話ではテロリストからの脅迫で何故かライアン・シャペルを殺さなくてはならなくなってしまう。
で、本当にジャック・バウワーがライアン・シャペルを殺してしまう。
初めて見た時も思ったし、今回も思うのは、この展開非常に何だかなぁ…。
脚本上の視聴者への驚き目的だけで、これが上手い展開でもおもしろい展開でも驚きのある展開でもないからなぁ。
ここまですんなりだと普段からジャック・バウワーが面倒臭いと思っていたライアン・シャペルを殺せて良かったと思っていた…と思ってしまう。
ただ、シーズン2のジョージ・メイソンにしろ、今回のライアン・シャペルにしろCTUの上官は退場時に見せ場があるって役者に対する製作側からの温情があるなぁとは思う。
このライアン・シャペル役のポール・シュルツはこのシーズン3での降板が決まっていたからの退場なのかなぁ?
調べてみてもそういう話は出て来なかった。
以前見た時はライアン・シャペルって嫌な奴位の役だったと思っていたと思うのだけれど、改めて見ているとライアン・シャペルって確かに自己保身はあるものの組織を率いる管理者として、特に無茶苦茶しまくるジャック・バウワーがいる組織をちゃんと管理する上司としては非常に真っ当な事を言っていてちゃんとしている人だったのかと思った。
それとこのライアン・シャペルが殺される場面は以前見た時からのわたしの記憶の中ではジャック・バウワーが嫌がるライアン・シャペルを無理矢理何処かの建物の屋上に連れ出して撃ち殺したというモノだったのだけれど全然違った。
この記憶は他のシーズンの何かの場面と混同していたのだろうか?
それに最終話でのチェイス・エドモンズも、ジャック・バウワーがチェイス・エドモンズの手首を斧で切るのはそうだったけれど、その後ジャック・バウワーがチェイス・エドモンズに肩を貸して歩いて行って部屋を出て行く所で終わったという記憶で残っていたのだけれど、それも違っていてチェイス・エドモンズの手術まで描いていたのか。
これも何と記憶が変わっていたのだろうか?

24話の最後にジャック・バウワーが一人で泣き出す場面は凄く良かった。
確かにこの一日だときつ過ぎるよな。
それを台詞ではなくては自動車内で一人で泣くという演出は非常に良かった。
その途中で無線で呼び出されて仕事に赴くというのも良かったし、これが最終回でも良かったと思う最後だった。

ただ、全体的には変に引き延ばしている割に行き当たりばったりの様な展開の脚本に感じてしまったし、各人の行動が脚本の展開上での都合で動いている感じがあっていまいち乗って行けない事も多かった。
ジャック・バウワーはこれまで通り何を思っているのかを見せずに黙々と犯人を捕まえようとする狂気は恐ろしかったけれど、やっぱり何を思っているのか分からないのでジャック・バウワーに乗って行けない所もあったし、キンバリー・バウアーは序盤は何時も通り何かをしたり言ったりすると問題を起こすウザい奴をしていたのに、それも中盤以降から鳴りを潜めてしまったし、序盤はあれだけジャック・バウワーを慕い、ジャック・バウワーの対等ではない相棒という新しい役回りで非常に良かったチェイス・エドモンズも中盤以降鳴りを潜めてしまったし、トニー・アルメイダも脚本上の行動感が強かったし、ミシェル・デスラーはあれだけウイルスとの関わりを見せておいて感染していませんでしたも都合が良いし、何かいまいち。
デイビッド・パーマーもシーズン2の最終話であれだけ派手にクリフハンガーしておいてその事はほぼ関係無く話が進んであのクリフハンガーは何だったのかと思ってしまったし、それにシーズン2で一番の問題になった政権内にいる裏切り者の話もどうなったかのも一切出て来ず、シーズン3でも同じ副大統領が出て来たのであの副大統領は上手い事担がれただけだったの?とかよく分からないままで放り投げだしていたし。
一方、今シーズンではシェリー・パーマーが大活躍で、完全にシェリー・パーマーがデイビッド・パーマーを喰ってしまっていた。
もっとシェリー・パーマーの凄みを見たかったけれどこのシーズンで退場だったのは残念。
他の人でもこれまでのレギュラー級、準レギュラーだった人達が何人も退場したのはシーズン3の視聴者数がシーズン2よりも落ち込んだ事もあって、次のシーズンでは登場人物達を相当入れ替えようとしていたからみたい。
それが成功してシーズン4から視聴者数は増えたから、ここでのテコ入れは必要だったのか。

このシーズン3は改めて見るとわたしの記憶にあったおもしろさとは結構違い、何だかなぁ…な部分も結構多かったし、後半になって何時もの「24」にはなっていたけれど、出したはいいけれど段々と持て余していた人物達が勿体無い気ばかりしたし、話を広げている割に非常にこじんまりと身内で回している様な感じだったし、見直すとこんなに印象が変わってしまうモノかと思ったシーズンでした。