ウィンブルドン2017

2017年07月17日 月曜日

ツアーとかは見ないけれど、毎年準々決勝、準決勝辺りからは見ている「ウィンブルドン選手権」。

今年の「ウィンブルドン」は、そこまでに全豪オープンでロジャー・フェデラーが怪我から復活して、フェデラー対ナダル戦でフェデラーが勝って、全仏オープンではラファエル・ナダルが優勝してという流れで、十数年前のフェデラーとナダル時代に戻ったかの様な状態になっていて、「ウィンブルドン」でもこの二人の対決が見たかったけれど、ナダルは4回戦で負けてしまったので期待するのはやっぱりフェデラーの前人未到の歴代最多8勝目。

フェデラーはそこまでの試合は全てストレートで1セットも落とす事無く勝ち上がるという、何時が全盛期なのか分からない強さを発揮して決勝まで。相手はマリン・チリッチ
序盤はお互いの力が拮抗して、お互いデュースを繰り返しながらのおもしろい試合だったけれど、結構早い段階からチリッチの焦りなのか、追い詰められなのかでチリッチが結構ミスを出し、一方のフェデラーは常に冷静、常に黙々と強いという最強のフェデラーで、見事にストレートでフェデラーの勝ち。

まあ、フェデラーが強いんだけれど、上手いという話で、これまで何度も引退説やら限界説やらが出て、しかも怪我もあったりと、何度もウィンブルドンで負けては「もう、駄目なんじゃ…」という感じがあった中で、これだけのテニスで勝っちゃうだからレジェンドと言うよりもテニス・モンスター。
2003年にウィンブルドンで優勝してから14年後も優勝しているってトンデモない。
14年間もビッグ4だけが優勝しているって、何と言う時代!だし。

試合後のフェデラーの話だとまだまだウィンブルドンに出る様子だし、体力的にも気力的にもやる気満々って、凄過ぎる。

そう言えば、わたしが見ているスポーツって、この「ウィンブルドン」とNFL位しかないんだけれど、そのどちらともで2017年は奇遇に年長者の最多優勝になった。
35歳のフェデラーが「ウィンブルドン」で史上初の最多勝利の8回目を最年長優勝で達成。
NFLでは第51回スーパーボウルトム・ブレイディも史上初のスーパーボウル5回目の勝利を39歳でと、トム・ブレイディも引退説や限界説が出た事もあったけれど、そこから更に優勝出来ている。
これってスポーツに関する様々な研究の成果でプレーヤー寿命が延びているのがあるんだろうけれど、それにしてもフェデラーにしてもブレイディにしてもまだまだのやる気ってトンデモないよなぁ。
見ている方としては、2008年のウィンブルドンでのフェデラー対ナダルの伝説の決勝戦の様なフェデラーの試合がまた見れるかもしれない!とか、第49回や第51回スーパーボウルの様なトンデモない凄過ぎる展開を見せた伝説の試合をしてしまうトム・ブレイディをもっと見たい!という期待と興奮が毎年あるんだから、まだ引退せずに頑張って!になってしまうよなぁ。

コード・ブラック 生と死の間で

2017年07月02日 日曜日

Dlifeで始まった、アメリカでは2015年からCBSで開始されたテレビドラマ「コード・ブラック 生と死の間で」。

救急処置室の許容量を超えた状態になった時に出されるのがコード・ブラック。
アメリカの病院ではコード・ブラックが出されるのは平均年に五回だが、 ロサンゼルスのエンジェルス記念病院は年三百回も出る全米で最も忙しい病院だった。
エンジェルス記念病院のERを取り仕切るリアン・ロリッシュの元に新たな研修医達がやって来る。

忙しいERが舞台の医療ドラマとなれば、どうしても「ER緊急救命室」と比べてしまうのは仕方が無い事。
特にDlifeでは以前から「ER」をシーズン1から放送し、この「コード・ブラック」の放送が始まった時も「ER」の再放送をしているのだからどうしても比べてしまう。
「ER」は爆発的に当たり、シーズン15まで作られた名作ドラマで、わたしもはまって見続けていたので比べない方が無理とは言え、「ER」と比べなくてもこの「コード・ブラック」は目新しさも無いし、非常に地味だし、ドラマとしてもいまいち。

救急処置室が舞台で次から次に患者が来ててんてこ舞いになるのは「ER」で良く見かけた風景だし、その「ER」よりも新たな進展を見せる為にコード・ブラックという更なる緊急事態を導入したのは分かるんだけれど、コード・ブラックになっても結構あっさりコード・ブラックを乗り切ってしまうので設定の見かけ倒し感がある。
このコード・ブラックが出たからと言って誰もが手に負えない野戦病院の様な無秩序さがあるかと言えばそうでもなく、結構手際良く次々と患者の処置を行うし、コード・ブラックが出てから36時間とか経っていたりもして、コード・ブラックが普段よりも忙しい程度の状態でしかない。
だったら何で必要以上のコード・ブラックを出している設定にしたのか分からず、要するに救急処置室の医療ドラマを企画した時に何か新たな特色を付けないといけず、それがコード・ブラックだったけれど、いざドラマを作り始めたらそのコード・ブラックがあんまり活かされていないって、結構致命的なんじゃないの?と思ってしまうのだけれど。

そもそも他の病院がコード・ブラックが出るのが平均年五回なのにこの病院は年300回って、それだけ忙しい病院と言いたいのは分かるけれど、やり過ぎな設定。
それだけのコード・ブラックが出れば患者を受け入れる事が出来なくて近隣の病院に患者がたらい回しにされる事態が起こるだろうし、エンジェルス記念病院で処理しようとして無理が彼方此方で起こり、相当な社会問題になってマスコミや行政が動いて状況を改善させようともするはずなのにほったらかしって何?という疑問が起きて来るし。
しかし、エンジェルス記念病院ではそれに完全対応している訳で、そうなるとコード・ブラックを出している意味が分かんなくなってしまうし。

しかも、ドラマ内では何故こんなにコード・ブラックが頻発しているのかの原因には特に触れられる事もないし、その大問題を解消する素振りも無いまま。
このコード・ブラックになってしまっている原因って、見ているとコード・ブラックでも看護士達が仕切りの上から覗いているだけで何も仕事していない人が多かったりして、「いや、まずこの人余り状態を解決する為に配置考えろよ!」だし、「だったら、看護師を何人か首にして医師を雇えよ!」と思ってしまう。
ERを管理しているはずのER部長のマーク・テイラーはちょこちょこ口を出しては来るけれど、この問題ある状態を解決する為に奔走している訳でもないし、そもそもこれだけ忙しいというのに一切治療を手伝っておらず、「この役に立っていない高給取りであろう部長の首切って、若手の医師を数人雇えばコード・ブラックも相当減るだろ?」と思ってしまう。
この病院でコード・ブラックが頻発するのって、地域や社会の問題ではなく単にこのER部長が無能なだけにしか思えないし、そもそも病院の経営が拙過ぎるだけにしか思えない。
「ER」では近くの病院のER部門が閉鎖されて回って来る患者に対応出来ないので他の病院に回したりとか、市からの予算が削られて職員を辞めさせないといけないとかの話もあったのに、エンジェルス記念病院ではそんな話も無くコード・ブラックが頻発しているのだから経営者がアホにしか思えない。だけれど病院経営の話は一切出て来ないし、都合良く作られたコード・ブラックが頻発する救急処置室だけが世界の全てなので現実味が無い。

ドラマを見ていると少数で対応しているからこれだけコード・ブラックが頻発している様に見えるので、よっぽど医師が足りていないのだと思っていたら、リアン・ロリッシュは「75名のスタッフがいる」と話しており、確かに看護師やよく分からない医師を沢山見かけるのだけれどその人達が一切ドラマの話に絡んで来ず、やたらと人がいるけれどその人達は何をしているのかよく分からないという状態で、描き方として結構問題あり。
ドラマとしてもこれだけの人がいるのだから群像劇として様々な人間関係が欲しいのに台詞があるのが数人だけで物凄く狭い人間関係しか見せずおもしろくなく、折角沢山の人がいるのに人間ドラマとしての設定としても上手く機能しているとは到底思えない。台詞のあるレギュラー陣の医者って指導側は三人だけだし、研修医は四人。あとは看護士長位しか喋る看護士がおらず、脇役も全然目立たず、物凄く人がいるのに人がいないので人間ドラマ、群像劇としておもしろくない。

毎回の患者のドラマも、「ER」が331話もあったので「ER」で散々やった、見て来た様な話ばかりなのでそれ程喰い付きも無いし。
「ER」だともっとさらっと描く場面を感動の方に寄せている感じが強く、ちょっと狙い過ぎの感じがするのもどうにもすんなり入って来ない。医療モノで感動を押し出すと押し付けがましいんだけど。
特に5話の「父の想い」では、謎の病状の母親を導入とした父親と息子の確執と和解。同年代の同僚の確執と共に危機を乗り越えた事による和解。娘に酷い事言った父親の患者の娘に対する想いとか、余りにベタな展開、分かり易い感動、お涙頂戴満載で辟易した。
しかも、謎の感染症かもしれない病状を見せて隔離が起こり大変な状態ではあるのに、他の医師達が医学書を引っ張り出して原因を何とかつかもうとするとかの描写は一切無く、相も変わらずER部長が憎まれ口を叩くだけと、まあ脚本がつまらない。
この5話目でわたしは限界だった。これ以降もこの押し付けがましいお涙頂戴の感動傾向や、一々説教臭く全部台詞で良い事をのたまうやり方が続くのかと思ったら見る気が失せた。

それに各登場人物達の設定も狙い過ぎかなと思った。
やたらと過去にトラウマを抱えたので医者をやっている女性陣や、自信過剰で先走るマリオ・サヴェッティ。逆に自信の無いアンガス・レイトンとか、指導医のニール・ハドソンローリー・グスリーはやたらと沈着冷静で説教を垂れるとか皆が典型的な役割ばかりで、如何にもな人ばかり。

それに出演者が地味。
出ている役者は見た事が無い人が多いので変な先入観が無くドラマを見れるのは良いのだけれど、見ていても役柄以上の強い個性を感じるのって、看護士のジェシー・サランダー役のルイス・ガスマンと医師のロリー・グスリー役のウィリアム・アレン・ヤング位なんだよなぁ。

あと、編集や構図が非常に見難かった。
近年の映画等で多用される「緊迫感を出す為に様々な方向のカメラからの映像をカットを短くして次々と繋ぐ」という手法をこのドラマでも使っており、これって一人の人物のアクションでも結構見辛いのに、まだ慣れていない病院の中で同じ担架やベットが並び何人もの看護士達が取り囲んだ中にいる人物を短い編集で次々と色々な方向から見せると誰が何処で何をしているかが物凄く分かり辛く、画面の動きに頭が対応して行かずに見ているのが面倒臭くなってしまった。
このドラマだと人物の顔の寄りが多く、医療を見せているのに処置中の手元まで見える引きのカットが少なく、顔の次に手元のカットが来るので誰が何してるのかやどういった処置をしているのかを見せるカットが少なくて分かり難い。
そう思うと「ER」でのステディカムでの長回しや、手術場面もグルグルと手術台の周りを回るという撮影方法は空間把握においても、人物描写にしても、緊迫感を出す見せ方としても上手かったのかと改めて思わせた。

このドラマは「ER」と比べてしまうけれど、わたしが感じたのは「これは『スタートレック:ヴォイジャー』だ!」。
てんやわんやで問題ばかりのERを何とか取り仕切り、強引だったり、優しさも見せるけれど明け透けに物を言う鬼教官のリアン・ロリッシュはジェインウェイ艦長。
リアン・ロリッシュと対立しながらも何とか上手くやって行こうとしている大人な態度のニール・ハドソンはチャコティ。
てんやわんやな所に新人が来たりでも上手く仕切るリアン・ロリッシュの補佐官的ジェシー・サランダーはトゥヴォック(ジェシー・サランダーはお喋りが絶えない冗談言いでトゥヴォックは冗談さえ言わない堅物だけれど)
新人研修医達はヴォイジャーの若手クルー達と、何か「スタートレック:ヴォイジャー」的な感じを物凄く感じてしまった。
人が沢山いるはずなのにブリッジの少数だけで話が進んで行くという部分でも「ヴォイジャー」と言うか、「スタートレック」的かもしれない。
なので、「ER」的な部分よりは一話目のリアン・ロリッシュの暴走気味な指導者部分に目が行ったのに、次第に普通の指導者になるのでそこのおもしろさも少なくなってしまった。

この「コード・ブラック」は「ER緊急救命室」がERだけでなく社会問題や病院経営を描いたり、ドンドンと脇役を育てて行ったり、その回のゲストが一回だけの登場かと思ったら複数回登場し主要人物達に影響したりとより多くの事物を描いたと比べると、エンジェルス記念病院の救急処置室での特定の少数の人物達の処置だけに絞った医療ドラマで非常にこじんまりしていて、人間関係で見せる人間ドラマの奥行きとしても、病院を中心とした社会等を見せる奥行きとしても物足りなさ過ぎ。
しかも、わたしが大嫌いな押し付けがましい分かり易い感動や台詞で説教臭い事をベラベラ言う事が多く、シーズン・プレミアからいまいち過ぎたし、5話までで全然おもしろいとは思わなかったので、終了。
 
 
関連:前期見たドラマはCSI 8とCSI:NY 4

前期見たドラマはCSI 8とCSI:NY 4

2017年07月01日 土曜日

2017年4~6月期のテレビドラマは、余り数を見ておらず、新たに見出したドラマも途中で止めてしまったけれど、今までのドラマはやっぱりおもしろかった。

続けて見ていたのは、

CSI:ニューヨーク シーズン34
CSI: 科学捜査班 シーズン8
X-ファイル シーズン9
エージェント・オブ・シールド シーズン3

新たに「コード・ブラック 生と死の間で」と完全新規とは言えないけれど「X-ファイル 2016」を見出した。
コード・ブラック 生と死の間で」は途中で見るのを止めたし、「X-ファイル 2016」もつまらなかったけれど、新規ドラマなので別記事で。
 
 
CSI:ニューヨーク 3

「CSI:NY」って、シーズン3になって徐々に連続すると言うか、後に引き続く事になる話が多くなって来た。
ステラ・ボナセーラのHIVになるのかどうかの話とか、リンジー・モンローの過去の被害者の話とか、マック・テイラーの内務調査とか。
ただ、シーズンを引っ張る割にいまいち効果的でないまま、ダラッと終わってしまう。
ステラ・ボナセーラの結局HIVではありませんでした…って、何がしたかったのか分からないし、リンジー・モンローの度々出て来た過去のトラウマも結構あっさり終わって、それ以降まるで何も無かったかの様な何も無さだし、結局消化不良のままで終わってしまった。

ただ、終盤に来て映画的な目まぐるしい展開が増えておもしろくはなっている。
終盤のマックが容疑者を殺したのかどうかの展開とか、最終話のCSIラボにマフィアがコカインを狙って攻めて来るとか、ここら辺が「CSI:NY」の新たな転換点で、科学捜査に加えて犯罪サスペンス・アクション要素が増えて他のCSIフランチャイズとはまた違う路線に入って行っておもしろくなっている。

22話「暴かれたコールドケース」ではドラマ「コールドケース 迷宮事件簿」からスコッティ・ヴァレンズが登場して合同捜査するんだけれど、わたしは「コールドケース 迷宮事件簿」は一話目だけを見てその後見ていないので全然楽しめはしなかったけれど、こういう全然違うドラマでクロスオーバーするのはおもしろい。
確か「CSI」では「FBI失踪者を追え」とのクロスオーバーもあり、と言う事はCSIのドラマと「コールドケース」と「FBI失踪者を追え」の世界って同じなのか。
それにこの回では「コールドケース」からステラ・ボナセーラの過去も描くという展開もおもしろいけれど、「CSI」のサラ・サイドルも里子に出されていたという設定だったけれど、里子設定多くないか?

23話「切り札」では殺人事件の容疑者が、あのジョン・マッケンローで笑ってしまった。ジョン・マッケンローが犯人かもしれない…?なんて、完全に笑かしに行っているじゃん。
しかも、ジョン・マッケンローは一人二役で、一方は本人役でもう一方はそっくりさん。そのそっくりさんを見て、ジョン・マッケンローが「あいつは全然似ていない!」とか文句を言いまくるとか完全コメディ回。今までの「CSI:NY」の中でも相当おもしろくて笑ってしまった
ただ、その一方でマック・テイラーの殺人容疑の査問会という真面目な話を同時並行でしていて、こっちは政治的駆け引きと過去の犯罪の浮き上がりと今までに無い真面目な話でこっちもおもしろい。ただ、マッケンローとの落差が大き過ぎ。こっちのマックの話だけ一回すれば良かったのに…。

最終話24話「奪還」はラボにマフィアが攻めて来たり、ダニー・メッサーアダム・ロスが人質に取られたりと今までに無いサスペンスフルな展開で抜群におもしろいし、これが「CSI:NY」の新たな特色にもなって行く。
ただ、この回で気になるのは同じラボ内のチーム内でやたらと引っ付きまくっている事。
以前からマック・テイラーとペイトン・ドリスコルが付き合っていたし、この回でダニー・メッサーとリンジー・モンローが付き合い始め、これって良いの?
丁度同時期に見ていた「CSI」のシーズン8でギル・グリッソムとサラ・サイドルの付き合いがばれてしまって問題になり、サラ・サイドルが昼番に移動しているのに、ニューヨークでは全く問題無いの?
マック・テイラーにしろ、ギル・グリッソムにしろ、主任が率先してチーム内で付き合って問題になるって、責任や何やら言う割に結構緩くない?
それにこの回の最後は、カッコ良くする為にマック・テイラーが事件の後始末や報告書も書かずに「ロンドン!!」と言ってロンドンへの休暇へと去って行くんだけれど、いやいやちゃんと後片付けしてから行けよ!だし。
 
 
CSI:ニューヨーク 4

シーズン3に続けてDlifeでシーズン4も始まったので、そのまま見た。

シーズン3の最終話で科学捜査にサスペンスやアクションを盛り込んで新たな方向性を出して来たけれど、シーズン全体としてはいまいち盛り上がらない話も多くて、わたしは結構ダレて、見る気が減っていたけれど、シーズン4になりサスペンスやアクションを更に進めていてシーズン3よりも断然おもしろくなっている。
どっちかと言うと、これまで「CSI」的科学捜査よりだったのが、「CSI:マイアミ」的アクションやサスペンス方向に持って行った感じ。これまでのシーズンよりも登場人物達が銃を構えて行動している場面が多い様な気もするし。
その舵の切り方が功を奏している。
シーズン前半を通しての「マック・テイラーの元にかかって来る、三時三十三分の無言電話」という謎のサスペンスで引っ張って行くのは見所でもあるし、一話一話がおもしろくなっている。

2話の「深海の罠」では初めは海難事故なのか殺人なのかの捜査だったのが最終的には爆破テロになるとか、3話の「消されたスパイ」なんて「007」を意識したハイテクカーに情報収集スーツとか映画的な話や展開がある一方で、4話の「タイムアップ」ではタイムトラベルしたと思っている男とか、5話の「不思議の国のヴィーナス」はセカンドライフ内での容疑者探しから現実の女暗殺者追跡へと凄い展開だし、各話で大分趣向や意外性を凝らして来ている。

このシーズン4の5話「不思議の国のヴィーナス」はわたしが「CSI:NY」で最も印象深い回の一つ。
まだ地上波で「CSI」と「CSI:マイアミ」だけを見ていて「CSI:NY」を見た事が無かった時にCS無料放送の日で「CSI:NY」も無料だったので見てみようと思い、見たのがこの回。
この回だけの無料放送だったので、結局犯人がどうなったかのか分からないままという一話完結回ではなくて、一番初めに見たのがこの中途半端な終わり方の回だったので、ずっとモヤモヤしていたのを思い出した。

シーズン3でもマック・テイラーとペイトン・ドリスコル、ダニー・メッサーとリンジー・モンローという同じ職場の同じチーム内での恋愛があるのに更にラボのアダム・ロスが同じ分析官のケンドール・ノヴァックと付き合っているのか?の関係が出て来る。
「CSI」では同じ班内の恋愛は問題があったのに、ニューヨークだと自由って別に良いの?
 
 
CSI: 科学捜査班 8

シーズン7での何時まで経っても解決せず、何時もは鋭過ぎる観察眼で事件を解決しているCSIの捜査官達が振り回されるだけでアホにしか見えず、話自体も非常につまらなかった模型殺人もやっと終わり、本来の「CSI」が戻って来て一話一話は楽しくなっている。
ただ、サラ・サイドルは鬱々としたままCSIを去り、ウォリック・ブラウンは事件に自ら巻き込まれる形で先走り、そのまま最終話で退場する訳で、このシーズン8はチームの崩壊を描いてもいるので何か複雑。
以前のシーズンでチームの分裂を描いたけれど、これはチームが復活するという前提でのあえての崩壊だったけれど、今回の崩壊は役者の降板による崩壊で、しかもシーズン9ではギル・グリッソム役のウィリアム・ピーターセンも降板してしまい、サラ・サイドルは戻って来るけれど結局オリジナルメンバーのチームは復活しない事を思うと見る側が鬱々としてしまう。

特にシーズン中盤で薬に頼るウォリック・ブラウンをニック・ストークスが怒ったりするのだけれど、実際ウォリック・ブラウン役のゲイリー・ドゥーダンが麻薬所持で逮捕されての降板を知っていると、これって制作陣や役者達がゲイリー・ドゥーダンを支えようとしていたのでは?と思えてしまい泣けて来る。
しかし、サラ・サイドルが何時でも戻って来れる様な退場の仕方で実際戻って来た一方で、ウォリック・ブラウンの最終話での退場の仕方を考えると二度と戻って来れないやり方だったので製作側もゲイリー・ドゥーダンを諦めた感じがしてならなかった。
しかも、この最終話は黒幕が突然過ぎでやり過ぎだし、見ていても「え~…」と大分いまいちだった。

上でも書いたけれど、「CSI」では丁度6話「絆に飢えた狼」は同じジェリー・ブラッカイマー総指揮のドラマ「FBI 失踪者を追え!」とのクロスオーバー。
わたしは「FBI 失踪者を追え!」を見た事が無いのでクロスオーバー感が一切無かったのだけれど、この回は「CSI」の科学捜査とFBIの行動パターンからの分析と犯人を追い詰めて行く過程は多分「FBI 失踪者を追え!」的な展開なんだろうと思わせ、何時もの「CSI」とはまた違う展開を見せたので非常におもしろかった。
ただ、この回では犯人は逃げたままで終り、後編が「FBI 失踪者を追え!」で行われた事を知り、がっかり。Dlifeでは「FBI 失踪者を追え!」を放送しておらず、多分一生この結末見る機会が無い…。

7話の「ラスベガスに別れのキスを」でサラ・サイドルがCSIを去って行くんだけれど、これまでのギル・グリッソムとの恋愛から鬱的な落ち込み様を描いての退場って、良く考えられての長期の振りからの退場で納得感はあるけれど、結構早い段階でサラ・サイドル役のジョージャ・フォックスの降板が決まっていたという事か。
中々上手い退場で、グリッソムとの別れと次のシーズン9での再会で感動的ではあるんだけれど、既にシーズン9・10で登場してシーズン11でレギュラーに復帰したのを知っていると、結構茶番。

8話「ラボゲーム」は「CSI」の中でも屈指のお笑い回で、常に笑ってしまうおもしろ回。
デヴィッド・ホッジス曰く思考実験による、仮想のラボの職員の殺害事件の捜査を見せる回。
要するに、「CSI」の準レギュラーであるラボの顔馴染み分析官達を殺して遊んでみよう!のお遊び回で、次々と殺されて行くアーチー・ジョンソンヘンリー・アンドリューズマンディ・ウェブスターウェンディ・シムズ達に大笑い。
やたらと犯人に疑われ、最終的にジム・ブラスに問答無用で撃ち殺される銃器ラボのボビー・ドーソンが一番おいしい役なんだけれど、まあ見事にレギュラー陣でなく一話を作ってしまうのは見事。それだけ脇が育って来た、育てたからこそこの回が出来ている。
それに何と言っても何時もは真面目で時々ふざける役者陣達が、この回ではノリノリでふざけた演技をしているのが楽しい。デヴィッド・フィリップスは何度も言う台詞をアル・ロビンスの一撃ツッコミで制されたり、ジム・ブラスが何時もの厳つい顔してふざけているのとか、まあ普通に声出して笑ってしまった。
「CSI」なので単なる思考実験だけで終わる訳もなく、そのゲームが本当にホッジスが科学捜査ボードゲームを作る為の試しや改良の為だったというどんでん返しがあり、更にそこから前々からホッジスが憧れて気に入ってもらいたくて仕方が無いギル・グリッソムとの一対一での楽しいゲームになるという展開も非常に上手い。
この回だけでなくこの後の展開も知っていると非常に上手く伏線が張られていたとも分かる回で、話の中で現場捜査官に憧れがあると言うウェンディ・シムズは、その後本当に現場捜査官になったり、ホッジスが「このゲーム止めないよね?」とギル・グリッソムに尋ねる件は、シーズン9でギル・グリッソム役のウィリアム・ピーターセンが降板する事を知っていると、このホッジスの台詞はスタッフ達からの台詞でもあると取れるし、単に笑いだけでもない非常に意味深な台詞の多い回でもある。
 
 
X-ファイル

Dlifeではそれまで連続して「X-ファイル」を放送していたのに、何故か最終シーズンであるシーズン9前のシーズン8で中断。
半年以上経った四月からやっとシーズン9が始まったけれど、既にシーズン7辺りから飽き始めており、シーズン8でフォックス・モルダーがあんまり出なくなり、ジョン・ドゲット中心になり始めて完全に飽きてしまった。
話もあれだけ宇宙人話が進んでいたのに再びシーズン1の頃の様な不可思議な事件の捜査になって、「そんなのいいから、さっさと宇宙人話進めろや!」とイライラしていたし。

で、ファイナルシーズンであるシーズン9を見始めたけれど、シーズン8がもう真剣に見ていなかったので初めから「どういう話で終わっていたんだっけ…?」状態。
しかも、モルダー役のデイヴィッド・ドゥカヴニーが完全に降板してしまったので、今までモルダー中心に進んでいた話が一切無くなり、しかもダナ・スカリーもあんまり出て来なくなり、完全にジョン・ドゲットとモニカ・レイエスのバディモノになってしまい、最早何を見ているのか分からない状態。
シーズン9の最終シーズンで今までずっと主人公だったモルダーとスカリーが主人公じゃあなくなるなんて迷走所の話じゃあない。
しかもこのモニカ・レイエスもスカリーと同じく赤毛で顔もちょっと長めなので、時々一瞬どちらなのかを見間違えてしまう。何で今更スカリーっぽい人物を主人公にしてしまったのだろうか?

このシーズン9がつまらないのは最早モルダーとスカリーの「X-ファイル」でもない事に加え、話自体も普通最終シーズンならこれまでの全てをまとめる為にも宇宙人話でガンガン押して来るのかと思ったら、これまで散々やっていた宇宙人話がこれまでのシーズンでほぼ終わってしまっているのでほとんど無くなり、ここに来てどうでもいい不可思議な事件捜査ばかりで非常につまらない。
結局反乱軍はどうなったの?と、反乱軍の話も入植のその後の話も全然出て来ない宇宙人話の投げ捨て振り。
ジョン・ドゲットとモニカ・レイエスが主人公で宇宙人話もしないのだったら、もう「X-ファイル」である必要も無く、完全に終わり時を間違えてしまっている。
モルダー役のデイヴィッド・ドゥカヴニーが降板しても続けられ、最後になってから入って来た新たな登場人物が主役級になり、今までの主軸だった宇宙人話を全然見せもせず、それでも更に引っ張り続けてしまい、アメリカの連続ドラマの良い面でもあり、悪い面でもある「人気があれば続く」という仕組みの悪い面が出まくってしまっている。

15話「英雄に捧ぐ」はローン・ガンメンの三人が主役の回なんだけれど、初っ端から見た事無いローン・ガンメンの映像が出て来たりで「?」
調べてみたら「X-ファイル」のシーズン8と同時期に、ローン・ガンメンの三人が主人公のスピンオフドラマ「ローン・ガンメン」が放送されていて、この15話がそれの続編と言うか、実質的な最終回になっているらしい。…と、いう事を知らないと大分置いてけ堀。
新たに出て来た登場人物も「ローン・ガンメン」で登場したらしく、なので「♪お前~誰だよ!」状態。
しかもローン・ガンメンが振りも無く、あっさりと全員死んでしまうという落ちも何?
映像でははっきりと死亡したとは見せておらず、雰囲気的に何かあって死んでいない感じなのに、そのまま補足も無くスッと死んで終わりって、このローン・ガンメンの最後って必要あった?

16話「ウィリアム」では全身火傷をしているとは言え、背格好も声も全然違う男を皆で「こいつはモルダーじゃあ…?」と思う展開は酷い。
死んでいた事になっていたとは言え、その男がジェフリー・スペンダーだとスカリーが全く気付かないとか、撃たれて死んだはずなのに何かよく分からない理由でジェフリー・スペンダーが生きていたとか、それまでシーズン9の軸の一つとなっていたスカリーの息子も何だか訳の分からない理由で普通の人間の子供になったらしい事になり、あっさりスカリーが養子に出して終わりとか、この回色々大分酷い。

18話「サンシャイン・デイズ」に登場したオリバー・マーティン役のマイケル・エマーソンはドラマ「Lost」のベンジャミン・ライナス役でお馴染みなんだけれど、そのベンの時の吹き替えと同じ牛山茂だった。
このシーズン9から数年後の「Lost」なのに、全く同じ声優が同じ俳優を吹き替えるって、よっぽど役者と声優の声が合っていたという事なんだろうか?こういう一致っておもしろい。
ただこの回、「ゆかいなブレディ家」というテレビドラマを出したり、ジョン・ドゲットが屋根を突き破って飛んで行くとかコメディ色が強く、最終話前の回で何でこんな話をやらんといかんかったのだろうか?宇宙人話をせいよ…と。

19・20話の「真実」が最終話だけれど、モルダーの軍事施設での殺人容疑の裁判で今までの登場人物達が再登場し証言して行くという展開で、今までのシーズンを要約した台詞とフラッシュバックの映像で見せるので、これ見ていたら「X-ファイル」の内容が知りたければこの回だけ見れば良いんじゃないの?と思ってしまった。「X-ファイル」の世界における地球に関連する宇宙人の話は大体分かるし。
ただでさえ話が今までの「X-ファイル」の要約な上、今まで登場して来た重要人物達も死んでいたはずの人達まで続々と登場して来るという同窓会的まとめ回で、相当しょっぱい。何で次々と死んだ人達がモルダーの前に現れているのか?とかの説明も一切無く、ただ「最終回なので登場させました」以外の理由が無いという酷いやり方だし。
今まで延々と小出しにしていたから謎がおもしろかったのに一気にまとめて要約してしまうと非常に安っぽい話だった事を気付いてしまうし、シーズン9ではこれまでほとんど過去の宇宙人話はやっていなかったのに最終話で取って付けた様に一話で一気にまとめてしまって、閉店セールの大売出しかの様な安っぽい事をしてしまったのだろうか?と思ってしまった。
シーズン途中の復習回でこれならまだしも、シーズン9の最終回でこれだと、「『X-ファイル』ってこんなにつまらなかったっけ?」と思ってしまう。
登場人物達がただダラダラ喋るだけで宇宙人話の真実を追求するという今までの「X-ファイル」感は一切無いし、この回自体が非常につまらないし。

それにこの最終回が酷いのはモルダーが戻って来てしまった為に、それまで何とか「X-ファイル」を引っ張っていたジョン・ドゲットとモニカ・レイエスが完全に脇役落ちになり、存在感が薄過ぎ、見せ場も無し、出番自体少ない。この扱いが非常に不憫。
製作者側も視聴者側も「見たいのはモルダーとスカリー!」なんだろうけれど、だったらデイヴィッド・ドゥカヴニーを何としても引き留めるべきだった。

異星人達がマグネタイトで近付けないとか、宇宙船が墜落したとか、もう馬鹿みたいな設定まで出て来る。
多分、磁性のせいだと言う話かと思うけれど、だとしたら異星人達は全く電気を使っていないの?
この「X-ファイル」に出て来る宇宙人って数千年前から恒星間航行する位の科学技術があるのにやたらと部分部分の科学技術が稚拙過ぎる。
あの首の後ろにデカデカと金属埋め込む程の科学技術には爆笑したなぁ。

シーズン9を見て、特に最終回を見て思ったのは「『X-ファイル』って完全に終わり時を間違えたな」という事。
シーズン9は無理矢理引き伸ばす為に水で薄めて何とかしのいだだけで、モルダー役のデイヴィッド・ドゥカヴニーが揉めて降板するとなった時に辞めておくべきだったよなぁ。
そこまで位なら十分おもしろかったと思うけれど、このシーズン9で終わると完全に駄作になってしまった。

まだ救いがあるのは、何故かこのシーズン9から14年経った2016年に「X-ファイル 2016」としてシーズン10が放送された事かな。
しかし、「X-ファイル 2016」はこのシーズン9よりも酷かったりするし…。
 
 
エージェント・オブ・シールド

もう、シーズン2からつまらなくなっていたのでシーズン3は見流し状態。
更に早い段階からゲームしながらのほとんど聞いているだけ状態で、粗筋さえ押さえられれば良いという状態。
終いには早送りしながら別の作業しながら、何となく粗筋を見ている状態までになった。

中盤以降も話はあっちゃこっちゃ行っては散漫で、ずっと人は多いのに絞り切れずにシーズン1からのチームメンバーが大して活躍しない状態が続く。
シーズン2からレギュラーとなったバーバラ・モースとランス・ハンターの元夫妻が現場の中心となって、インヒューマンズの能力が発現し活躍するべきはずの元スカイのデイジーや、これまであれだけ活躍していたメリンダ・メイの存在感が薄過ぎ。デイジーもハッカーだったはずなのにインヒューマンズになったのでハッカーは忘れられたかの様にほったらかしだし。
元々メカニックで技術者だったはずのマック・マッケンジーがメカニックとしての役割が描けないので、やたらと現場に出たり、メカニックなのにフィル・コールソンがS.H.I.E.L.D.の長官代理に任命したりと、最早役割が無くなったのにレギュラーなので無理矢理居場所を与えている感じしかないマック。
活躍していたのに取って付けた様に何だか訳の分からないまま退場してしまうバーバラ・モースとランス・ハンター。
やっぱりシーズン2から登場人物の描き方、役割の与え方が下手くそ過ぎるだろ。
人気があったのかしらないけれど、バーバラ・モースとランス・ハンターはスピンオフドラマ「Marvel’s Most Wanted」の主役となるはずで、その為の降板だったらしいけれど、「Marvel’s Most Wanted」が企画中止となり、もう何の為の降板なのか訳が分からない事になってしまったという非常にお粗末な結果。

退屈な理由の一つはヒドラもあり、「ボスを倒しました!でも、新たな黒幕登場!」で延々引っ張られてもこれまでの繰り返しで飽き飽き。
ヒドラの世界征服も懐古主義的悪役でお腹一杯な上に、インヒューマンズとヒドラを繋げる為にハイブを出してドラマ内で世界を広げれば広げる程世界がこじんまりして行き、少数だけで世界の命運をどうこうしているのはテレビドラマの限界なんだろうなぁ。
ヒドラにしろ、ハイブにしろ、世界征服とか世界の支配とか、何故そうしようとしているのかが分からず、ただ陳腐な悪役でしかないしなぁ。

ハイブが中心となったシーズン後半は、逆に話をハイブだけに絞り過ぎてつまんなくなってしまった。
終盤での延々とハイブとの決着がつかないままダラダラと話が続いて行くのなんか、もうどうでいいからさっさと終わらせろよ…だったし。

気付いたけれど、この「エージェント・オブ・シールド」って、常に追い駆けていた敵から徐々に違う敵にずれ始め、毎回最後のボスがジョン・ギャレット、ジャーイン、ハイブとヒドラが一番の敵だったはずなのに違う相手を倒して、結局ヒドラは縮小して残っているという同じ展開ばかりなのも飽き飽き。
ヒドラも後出しで次々と幹部が出て来るのもいい加減飽き飽き。

それにこのシーズンでも「仲間が敵でした」を何度も何度も繰り返すという一本槍の見慣れた意外性しか描かないのも本当に飽き飽き。このシーズンでもこれ何回やった?この展開ばかりで脚本家達の能無し感しか感じないんだけれど。
それに沢山登場人物を出すけれど物語の展開として使い道が無くなったらどんな重要人物でもあっさり殺すというお払い箱も何度もやるし。
この「仲間が敵」「要らなくなった人物は直ぐ殺す」を多用しまくるという脚本の展開は「エージェント・オブ・シールド」の伝統と化しているけれど、これって物凄い場当たり感、お座なり感しかなく、製作現場の混乱でそうならざるを得ないのかと思うけれど、そうでないなら脚本家はどうかしているし、そりゃあ視聴者数も落ちるのも当然。

このシーズンで一番馬鹿馬鹿しかったのは、散々インヒューマンズで引っ張って来て、そのインヒューマンズ誕生の原因はクリー人の一部が自分達の兵士や奴隷として使う為にわざわざ地球までやって来て地球人を太古の昔に改造したんだけれど、クリー人達は自分達に脅威となったハイブは全然制御出来ておらず、自分達の役に立てる所か逆に反乱されているわ、一方他のインヒューマンズはクリー人のハンターがインヒューマンズを殺しにやって来たら次々と簡単に殺されていてインヒューマンズが何の役にも立っていないとか、クリー人が余りにアホ過ぎ。
クリー人が自分達で制御出来る仕組みも無いままインヒューマンズを作り出して強過ぎるハイブが誕生してしまい制御出来ないのでどっかの惑星に島流しとか、クリー人に倒される弱いインヒューマンズを遥か遠い地球まで作りに来るなら遺伝子操作したクリー人の戦士のクローン作り出せばいいだけじゃん…とか、とにかく遥かに科学技術も進んだはずのクリー人がこれって、酷過ぎるだろ…。

「エージェント・オブ・シールド」はもう見る気もしなくなっているけれど、「マーベルだ!」という点とDlifeで無料で見れるという事と、一度見出した連続ドラマを途中で止める事が誰に文句言われる訳でもないのに自分の中での義務になってしまっており、「まだ、見なくちゃいけないの…?」となっている。スパッと止めればいいだけなんだけれど。
余りにつまらないのでパソコンで何か作業しながら見流しと言うか、聞き流し状態なので、もう見なくてもいいかなぁ…?

てっきり、シーズン4のアメリカでの視聴者数が順調に落ちていたのでシーズン4で打ち切りだと思っていたら、このシーズン3を見ている途中でシーズン5決定の情報を知る。
シーズン4の視聴者数が200万人台。しかもシーズン後半は200~210万人台とか、同じ放送局のABCで打ち切りになった「エージェント・カーター 」のシーズン2以下の視聴者数だし、放送しているABCだったら300万人台位になったら打ち切りの噂が出始め、200万人台序盤なら普通とっくに打ち切りの低視聴率ドラマなのに、何でまだ続くんだろう?
よっぽどABCに損が無い契約になっていて、全てをマーベル側持ちで視聴者数低下によるスポンサーから収入の穴埋めもマーベルがしているとかそういう仕組みになっているんだろうか?そうでないと続けないよなぁ?
シーズン5がどれだけ視聴者数が落ちるのかが結構楽しみな所で、100万人台も切るんだろうか?
 
 
関連:コード・ブラック 生と死の間で
   X-ファイル 2016

ダンジョンシージ3

2017年06月27日 火曜日

2015年11月後半のGames with Goldで無料だった「ダンジョンシージ3」。
ずっとダウンロードしたままでやっていなかったのでやってみた。

わたしはそれまでのシリーズをした事はなく、それまではおもしろかったからの三作目なんだろうけれど、このゲーム、非常に微妙。
微妙な理由は、「一本道」と「短さ」。

ほぼ一本道の森や山道を抜け、町や重要人物が居座る場所に着き、そこでクエストを受けて攻略し、また移動する…の繰り返しでいまいち面白味が分からず。
実績を取る為に、始めは王道のRPGという事で主人公をルーカスでプレイ。二回目は遠距離攻撃の出来るカタリーナでハードコアでやったけれど、全部のクエスト攻略しても11時間程度で終わってしまった短さ。
正直、物足りなさ過ぎる。

敵を倒すと武器や防具を落とし、その武器や防具はランダムな接頭詞が付いた物でハック・アンド・スラッシュの要素もあるのだけれど、始めの内はこの落とした武器や防具を装備して強くして行く楽しさがあったのに、武器や防具を販売する人が出て来ると落とす武器や防具よりも売っている方が断然強く、拾った武器や防具を装備する事も少なくなり、武器や防具を購入する為の資金の為の売るだけの存在になってしまし、装備を探す楽しみは無かった。
それに、武器や防具が強くなっても敵も強くなり、結局何時までも同じ回数攻撃当てないと敵を倒せないのでどれだけ攻撃力が増したのかいまいち分からないし、終盤になると敵が強くなるので攻撃の回数も増え、受けるダメージも増えるので装備が強くなったという実感が湧いて来ず。
一本道で進むだけなので初期の敵と戦う事もないのでどれだけ強くなったのか感じないまま。

攻撃は片手持ち武器や近距離攻撃武器による弱攻撃と、両手持ち武器や遠距離攻撃武器による強攻撃があるんだけれど、弱攻撃は強攻撃よりもボタンを押す回数が増えるので結局強攻撃ばかりになり、弱攻撃用の武器は使わなくなり、それに合わせて弱攻撃のアビリティも使わなくなり、強攻撃のアビリティと回復用のアビリティしか使わなくなり、ほぼ「攻撃 → 回避 → 攻撃受けたら回復」の繰り返しの作業化して、戦闘も面倒臭くなってしまった。

仲間を集めて行く展開で、仲間が増えるとその仲間が自動的に行動する相棒となるのだけれど、自分が操る人物以外三人だけで、これも一回目やった時は時々仲間を交代させて使ってはいたけれど、別に使ったから、使わなかったから経験値が変わる訳ではなく、全員に万遍無く経験値が入るし、時々仲間を交代させるとその時には装備が弱くなってしまっているので仲間全員の装備も買っていたらお金が直ぐ無くなるので、何時の間にか一人だけしか使わなくなった。
二回目は銃で遠距離攻撃のカタリーナを主人公にやったので、仲間は剣での近距離攻撃のルーカスと決め、他の仲間は最後まで使わなかったし。

話的には、悪い支配者によってかつて栄華を誇った騎士団が崩壊し、騎士団の僅かな生き残りを集めて支配者を倒すという、良く言えば王道。悪く言えば使い古された在り来たりな話で、おもしろくはなかった。
特別な存在数人でほとんどの話を回し、特別な主人公が悪を打ち倒すってつまんない。
登場人物の少なさも奥行きの無さを感じてしまう。

展開は二回やって気付いたけれど、途中途中の会話の中のどうするかの選択肢で敵の扱いや騎士団のその後が変わったりするのだけれど、騎士団見捨てて自分が王になるとかの大きな変更にはならず、基本的には同じ結末で、重要な要素でもなかった。

おもしろかったのはこの会話の選択肢で仲間の信頼度が上がるのだけれど、二回目に仲間をルーカスでやった時は選択肢が出たら、人情の無い、決まりは決まりで結構非情な選択を選ぶとルーカスの信頼度が上がった事。
一番公平や正義を象徴しているっぽい騎士団のエースのルーカスが、こんな冷たい行動を取るのが共感を得て正解って…と笑ってしまった。

このゲーム、これだけの量の無さや装備集めの楽しくなさ。奥行きの見えない世界観等、物足りなさしかなかった。
一回目の途中からつまらなさを感じ、少しやっては数日後に少しやりで、「Comic Jumper」の次に始めたから、短いはずなのに終わるまで三ヶ月位かかってしまった。
残る二人を主人公にしてゲームをクリアしないといけない実績もあるけれど、流石にまだするのは嫌だ。

アメコミ・ヒーローの世界~ローラ&渡辺直美 マーベル・キャラクターへの道

2017年06月26日 月曜日

アメリカで製作された「マーベル75年の軌跡 コミックからカルチャーへ!」が非常におもしろかったので、続けてこちらも録画だけしておいて見ていなかった「アメコミ・ヒーローの世界~ローラ&渡辺直美 マーベル・キャラクターへの道」を見てみた。
先に「マーベル75年の軌跡 コミックからカルチャーへ!」を見て、おもしろかったので続けてこっちを見てしまったのが間違い。
こちらはNHK製作だけあって、つまらなかった。
始めの時点で、何処かの人に「アメコミ最高ー!」とか言わせる以前から多用されている映画の宣伝みたいな反吐をつきそうな演出があって、この時点で見る気が失せた。

内容は渡辺直美が日本や香港のマーベル関連のイベントやテーマパークに行き、ローラスタン・リーに会いに行き、ニューヨークのマーベル本社へ行き、最後は二人を基にしたキャラクターを作るというモノ。
町の人やマーベル関係者にマーベル・キャラクターの魅力をちょっと言ってもらうというマーベルをよく知らない人、多分映画も見た事ないけれど最近マーベル・キャラクターを知った様な人向けの番組なので、わたしは別におもしろくはない。

あるモノの魅力を語るって「アメトーーク」みたいに笑いで見せるならおもしろいけれど、「これが魅力なんです!」と正面から語られても、マーベル好きなわたしでさえ「はあ、そうですか…」だった。

興味が行ったのはマーベルの本社位。
以前何かの番組でDCコミックスの本社での取材を見たけれど、それに比べるとマーベルはこじんまりした印象。
DCの方は博物館的にドンとキャラクターの像を置く広い場所があり、編集部も日本の大手雑誌社の様な広いワンフロアだったと思うけれど、マーベルの方は入口から普通のオフィスよりも狭く、各編集やライターの部屋もそんなに大きくない個別の部屋で、コミックスマニアの仕事部屋みたいな感じだった。
これって、単にDCの本社がロサンゼルスの郊外で広い場所を取れ、マーベルがニューヨークのオフィスビルなので広くないってだけなのか?

あと気になったのは、東京での「マーベル展」を見せていて、「マーベル展」ではコミックスの原画やシルバー・エイジのコミックスの展示もあったのだけれど、そのコミックスはコンディションの格付けであるグレーディングがどれも低い事。
映っていた分だけでも、「MARVEL COMICS #1」が3.0(調べてみたら市場価格6万ドル)
AVENGERS #1」が4.5(5000ドル)
AMAZING FANTASY #15」は3.5(1万1200ドル)で、どれも低い。
8~9辺りだと「おお、すげえ!」となるけれど、ここら辺のグレーディングだと微妙じゃない?
多分、輸送や警備、日本の湿気を考えると流石に高いグレーディングのコミックスは持ち出せないか。

それに不可解なのがX-MENがほとんど映って来なかった事。
マーベルの紹介番組なのでマーベル・シネマティック・ユニバースだけに限定する事はないし、実際番組内では「スパイダーマン」や「アメイジング・スパイダーマン」等のソニーの映画も流していたのに、X-MENはほぼ登場せず。
これって、X-MENの勝手な日本での知名度の判断から省かれたのか、それとも20世紀フォックスの権利関係や使用料の問題なんだろうか?

この番組、マーベルに関するドキュメンタリーではなく、マーベルをよく知らない人向けに作られた紹介番組でつまらなかった。
海外のテーマパークとか、二人を基にしたキャラクターを作るとかどうでもいいし。
見た結果、「死ぬまでに一度は Midtown Comicsに行って、コミックス買いまくってみたいなぁ…」という感想だった。