Sponsored Link

WWE ロイヤル・ランブル 2017

2017年02月18日 土曜日

年々わたしのWWEに対する興味が落ちてしまっているのが大きな原因ではあるんだけれど、でも今年の「ロイヤル・ランブル」もつまらなかったかなぁ…。
それにWWEって、儲かってはいるけれど色々ヤバい様な気もしてしまった。
 
 
第一試合

シャーロット・フレアー VS ベイリー

最近は男子選手よりも女子選手の試合の方がおもしろかったりするんだけれど、この試合はいまいち。
ベイリーがあんまり上手くない感じで、そもそもベイリーのおばちゃんロバ的な顔があんまり好きではないので真剣に見ていなかった。

シャーロット・フレアーはサーシャ・バンクスとの一連の抗争がおもしろかったし、この二人でケージマッチやらアイアンマッチしたりと、試合内容も良かったし、何より会社が押すだけの理由もあったけれど、今回のベイリーはそこでもいまいち。
 
 
第二試合

ケビン・オーエンズ VS ロマン・レインズ

上空の檻の中にクリス・ジェリコが入れられていて、彼が強調にもなっていたからではないけれど、そこそこおもしろかった試合。
ただ、この試合もこの後のWWE世界王座戦もそうだれど、単調で上手くはないプロレスをするベビーフェイスが主役ではあるものの、ちゃんとプロレス出来る、見せるヒールがいるから成立している試合であって、ロマン・レインズのプロレスの伸びの無さは如何ともし難い。
 
 
第三試合

リッチ・スワン VS ネヴィル

「へー、ネヴィルはヒールターンしたんだ…」位しか思わなかったし、クルーザー級王座戦にしてはやっぱりWWE的スポーツ・エンターテイメント。全然TNAのXディヴィジョン方が激しくてプロレスとしておもしろい。

TNAで言えば、このPPVで一番驚いた事でもあるけれど、オースチン・エリーズが実況席にいた事。
オースチン・エリーズもWWEに来ていたとは知らなかった。
オースチン・エリーズもそうだし、AJ・スタイルズもそうだし、スティングだってそうだし、今年のホール・オブ・フェイムに決まったカート・アングルだって、TNAでの主力選手だったのにWWEに来てしまうって、TNAの現状ってどうなの?良い選手に見離されているのか、TNAが切らざるを得ない程の財政なのか…?
 
 
第四試合

AJスタイルズ VS ジョン・シナ

この試合もAJスタイルズだから良い試合まで持って行っているけれど、やっぱりジョン・シナはスポーツ・エンターテイメントとしては正解なのかもしれないけれどプロレスとしてはつまんない。
それにジョン・シナの16回目の王座獲得も、もういいよな…。それだけ主役を張れる人がずっといないという事もあるし。「No More Cena」かな。

もはやジョン・シナもパート・タイマーだし、俳優や芸能人としての仕事が多くなり、俳優の格的にはザ・ロックよりもハルク・ホーガンだけれど、WWEの格的には17回目の王座を獲得させて引退、もしくは半引退になるんじゃなかろうと思う。
 
 
第五試合

今年は特に始めからブロック・レスナーゴールドバーグアンダーテイカーらの大物の出場が予告されていた事もあって、驚きの有名選手の登場が無かっただけに顔ぶれとしてはおもしろくなかった。

現役選手は皆小者感一杯だったし、現在のトップであるセス・ロリンズの出場は無し。驚きの選手の出場が無いまま最後の30番手は誰かな?でロマン・レインズの登場だから何時も以上のブーイングと、見せ場が無かった。

ブロック・レスナー、ゴールドバーグ、アンダーテイカーの終盤での登場は会場は盛り上がっていたけれど、リング上は他の選手が多く寝っころがってグダッとした雰囲気だったし、この三人による次々と選手を投げ落として行く展開も薄いし、人も多い事もあって三人共動きがグダグダしていたしで、もっと整理整頓した状態で見せた方が良かったでしょう。
特にこれでゴールドバーグとアンダーテイカーの因縁でレッスルマニアするのかと思ったけれど、アンダーテイカーとロマン・レインズの因縁っぽくなっているし、結局それまでワイアット・ファミリーに放り込まれてパッとしない位置にいたランディ・オートンを優勝させて押し出すとか、全体的にバラバラしてまとまりが無い感じだった。

このロイヤル・ランブル戦を見て感じたのは、往年のスターで今パート・タイマーのブロック・レスナー、ゴールドバーグ、アンダーテイカーは全然良い動きしていなくて、かつての栄光に頼り過ぎだし、AJスタイルズにしろ、ケビン・オーエンズにしろ、王座戦に絡んでいるのは元々WWE生粋ではない外様の選手だったり、一番WWEが押し出しているロマン・レインズは何時まで経っても人気が上がらず、同じ元シールドのディーン・アンブローズCMパンクとか、ストーンコールド・スティーブ・オースチンの様な路線でも人気が爆発仕切れないし、人はいるのにスターがいない状態ばかりを感じてしまった。

今回のロイヤル・ランブル戦でのわたしのMVPはザ・ミズ
新たに入って来た選手の必殺技を、まあきっちり受け続けて、こういうやられ役をちゃんとしている人が好き。デカい事ばかり言うけれど、常にやられまくってのしょっぱいギミックを追求すれば良いのに。

まあ、今年の「ロイヤル・ランブル」もそうだったし、今年の「レッスルマニア」もそうだろうし、これから先のWWEも別に何か凄い事期待して見るべきではないんだろうなぁ。
現状の体制でWWEが企業としてドンドンと業績を上げているんだから、わざわざ現状の路線を崩す訳も無いし、この感じで続けて行けば良いだろうし、それに面白味を感じないのだから今まで通り惰性で見続けるだけか…。

第51回スーパーボウル

2017年02月07日 火曜日

ここ数年は12月31日が年末ではあるものの、期末という感覚が無く、期末はスーパーボウルが終わった時になってしまった。

2016~2017シーズンのNFLも開幕から見ていたけれど、やっぱりおもしろかった。

昨年のスーパーボウル・チャンピオンのデンバー・ブロンコスペイトン・マニングが引退し、レギュラー・シーズンでは衰えが出まくったペイトン・マニングより穴を埋めたクォーターバックのブロック・オズワイラーの方が全然良いじゃん!と思っていたら、まさかのヒューストン・テキサンズへ移籍。
テキサンズもプレーオフまで行ったものの、テキサンズファンのオードリー若林にまで「微妙」と言われるオズワイラー。やっぱりチームで合う合わないがくっきりと出てしまうんだなぁ。
ブロンコスのQBになったトレバー・シーミアンも微妙で、チームも結局上がらなかったし。

昨年のスーパーボウルのもう一方のカロライナ・パンサーズは去年の勢いが全く無く、まさかの地区最下位。この急落は何なんだろう?

QBでは何でかチームのダラス・カウボーイズも人気があり、評価は高いトニー・ロモは毎年爆発しないままですっとパッとしないQBだったけれど、今シーズンは怪我で早くも交代したら、その替わった新人のダック・プレスコットが爆発。カウボーイズを一気にカンファレンス1位まで持って行ってしまい、このはっきりとした結果による選手の交代劇もスポーツのおもしろい部分。

最後は怪我で勿体無かったオークランド・レイダースデレク・カーとか、ワシントン・レッドスキンズカーク・カズンズとかの若手が育って来ておもしろかったし、パッとしなかったフィラデルフィア・イーグルスからミネソタ・バイキングスに移ったサム・ブラッドフォードがシーズン序盤でまさかの爆発したのに結局後半でパッとしない位置に戻ったりと、色々おもしろい部分があった。

けれど、やっぱりカンファレンス・チャンピオンシップに残ったのは経験のあるQBのチームばかりで、スーパーボウルに行ったのは史上最強のQBトム・ブレイディニューイングランド・ペイトリオッツと、攻撃力が半端無いQBマット・ライアンアトランタ・ファルコンズ
近年はベテランのポケットパサーQBのチーム対若手モバイルQBのチームという対戦や、攻撃型対守備型という対戦が続いた中では目新しいどちらもベテランQBの攻撃型チーム同士の対戦で、ワクワクがあった所。
 
 
実際の「第51回スーパーボウル(Super Bowl LI)」の試合と言えば、わたしが見た中のスーパーボウルでも最低で最高の試合だった。

試合最序盤は、どちらも攻撃型なのでバンバン点を入れ合って追い付け追い越しの展開かと思いきやディフェンス合戦でおもしろかったけれど、ファルコンズが一気に三本タッチダウンを取ってからが、まあつまらない。
わたしはどっちが勝て!とか、何処かのチームの熱心なファンでもなく、単に「おもしろい試合が見たい!」「凄い試合が見たい!」なので、この一方的な試合展開や、これまであれだけ強かったペイトリオッツが全然良い所無いのが結構自分達の失敗が多いので、試合最序盤の盛り上がりが一切無くなってしまった。何と言ってもここまで離される一方的な展開は、レギュラーシーズンの試合でもつまらないし。
ずっと3ポゼッションも離れて、「このまま特に見るべき展開も無く、ファルコンズの一方的な勝ちになるのか…。つまらない試合だなぁ…」と第4クォーターの中盤までそう思って、何度も早送りしようかどうか迷っていた。

しかし、第4クォーターの中盤からのトンデモない展開に興奮で震えてしまった。
ペイトリオッツの負けが濃厚な中、一つタッチダウンを返し、またもやタッチダウンし、しかも2ポイント・コンバージョンまで決め、ここら辺から「まさか、同点?逆転行く?」という雰囲気が会場や解説陣にも現れ、それがまさかの実現して、最後の最後で同点に。
スーパーボウル初のオーバー・タイムまで行き、最終盤での勢いを保ったペイトリオッツが疲れの見え始めたファルコンズを一気に押し切っての大逆転勝利。
本当に「何じゃ、こりゃ!!」なトンデモない展開。
第4クォーターまで、多分見ていた人のほとんどがペイトリオッツの負けを確信していたはずなのに、そこからの劇的過ぎる逆転劇って、映画や漫画だと馬鹿馬鹿しいご都合主義的なやり過ぎ脚本だけれど、それが現実で起きて目の当たりにすると、凄い興奮と泣きそうな程の感激。

わたしはペイトリオッツファンではないけれど、スーパーボウルにペイトリオッツが上がって来て欲しいのが、正にこれ。
ペイトリオッツのスーパーボウルでの試合って毎回僅差の勝負になるし、ニューヨーク・ジャイアンツとの試合でのヘルメット・キャッチとか、第49回スーパーボウルの対シアトル・シーホークス戦のずっと追いつ追い越しの緊迫し続ける展開があってのペイトリオッツが負けそうな中での最後のマルコム・バトラーのインターセプトとか、勝っても負けても試合自体がおもしろかったり、後年に伝説として語られる様な劇的な試合が多過ぎるので勝とうが負けようが関係無くペイトリオッツがスーパーボウルに出て欲しいと思ってしまい、今回もこんな試合見せられたらペイトリオッツが勝ち上がれと思ってしまうじゃない。
ペイトリオッツ自体が、ロブ・グロンコウスキーとかダニー・アメンドラとかの主要選手がいなくても勝つし、何より大黒柱のトム・ブレイディが四試合出場停止になっても控えの若手QBのジミー・ガロッポロでちゃんと勝つしで、チーム自体が強いという部分でも興味の行くおもしろいチームだし。

前人未到のQBとヘッドコーチ初の5回のスーパーボウル勝利という歴史を見れたのがこんな凄い試合で、今回も永久保存版。

 
日本での放送は今回は結構良かった。
わたしはBS1の生放送を録画したのを見ていたけれど、レギュラーシーズンではご存じの通り、三時間枠でも50分放送したら10分ニュースが入るというクソ編成は相も変わらずで、スーパーボウルではハーフタイム・ショー前の空き時間にニュース入れたのでまだ良し。
NHKはウィンブルドンの決勝の生放送でも、試合の途中でもニュース入れて来るという本当に酷い局で、どうしてスポーツ中継で緊急性の無いニュースを入れ込まないと気が済まないのかがさっぱり分からない。

今回のスーパーボウルの中継は、確かプレーオフでは何試合も実況担当していて物凄い活躍してたアナウンサー浅井僚馬が担当。この人聞きやすいし、ちゃんと抑えているしツボを押さえた実況で活躍するのも分かる。
NHKのアナウンサーの中にはやる気が無いのか、全然下手糞な実況をする人もいて、例えば確か酒井博司というアナウンサーだったと思うけれど、この人の実況は解説の人に何度も「いや、それは…」とやんわりとながらも訂正されたり、何だか解説の人がイライラしている感じを感じてしまったし、最後の方は解説の人が率先して喋っていたし、画面上の情報さえも読み間違えるし、前々から「この人、NFL興味無いんだろうなぁ…」とは思っていたけれど、この人シーズン序盤の1・2回程で消え去って、それ以降一切実況してなかった。

解説も当たり外れがあって、宍戸博昭という人は多分他のスポーツ解説の中でも最低かと思う解説者。
何がって、解説しない。
プレーが終わってもだんまりを決め、4・5分何も発さないという解説者なのに解説しないという事が結構ある。
解説自体も見たら分かる事を喋るだけでプレーの詳細を解説しないのでおもしろい試合でも数割減にしてしまう効果があり、この人が解説の時はわたしには完全に外れ回。

今回のスーパーボウルの解説陣は輿亮河口正史の二人体制という珍しい形。
輿さんは、レギュラーシーズンでも凄いプレーが出ると「うひょー!」的なはしゃいで興奮して喋るので聞いていても楽しい人。もちろん細かいプレーの解説をするし、良く喋るし。
河口さんは実況席ではなくフィールドの脇からの解説という今までに無い解説で、これが映像では分かり難い部分を近くで見ているので直ぐに色んな事を指摘して、これは効果的だったし、試合後の選手を捕まえてのインタビューも良かったし。
河口さんに関しては、以前の解説で自分が喋り過ぎたと思ったのか、「『河口黙れ』と思っているんではないでしょうか」という発言があって、「河口黙れ!」は悪口や批判ではなく「河口さん乗ってるな!」のヤンヤの囃子詞になってしまって、わたしの中ではニコニコしながらの「河口黙れ!」が出ていた。

今回のスーパーボウルの様に、こんな凄過ぎる試合を見せられたらNFL見続けるに決まっているじゃん。
早くも九月のシーズン開幕まで楽しみだし、ウィンブルドン以外スポーツ見るモノないし。

ハウス・オブ・カード 野望の階段

2017年01月09日 月曜日

アメリカではNetflixが独占配信する為に制作したインターネットドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段(House of Cards)」。
イギリスのBBCで1990年に放送されたテレビドラマ「House of Cards」が基となっている。

アメリカの下院議員で院内幹事のフランシス・アンダーウッドは新たな大統領ギャレット・ウォーカーの下で国務長官に指名されるはずだったが、その約束は突如別の政治家の指名により反故にされてしまう。
野心家で出世欲の塊のフランシス・アンダーウッドはあらゆる人脈を使い、陰謀を巡らせて他人を陥れ、自分の閣僚入りを目指す。

日本でもNetflixでの配信ドラマだけれど、わたしが見たのはBSフジでシーズン1から始まったから。
しかし、不可思議なのは、何でNetflixオリジナルドラマをBSで放送するんだろうか?しかも、このBSでの放送の提供にはNetflixが入っていて、宣伝でNetflixでの配信を宣伝しているし、更にはこの放送を見逃してもフジテレビオンデマンドで配信されるというのだから、もう訳が分かんない…。
このドラマがアメリカのNetflixで製作される、開始されるというのは結構大きな話題になってわたしも知っていたし、Netflixとしてもこのドラマは自分の所の目玉商品なはずなのに、それをNetflix独占じゃあないというのは、日本でのNetflixの加入者数が思ったよりも少ないのでBSから新規加入者を引っ張って来ようと言う事なんだろうか?
更に不思議なのは、調べてみるとこの「ハウス・オブ・カード 野望の階段」って、日本ではまず初めにNOTTVとかIMAGICA BSで配信、放送され、本家のNetflixでは配信されずに2016年3月になってからようやく全シーズン配信を始めたという、訳の分からない戦略。日本でのインターネット動画配信って、権利関係だの、身内での持たれ合いだのでグチャグチャし過ぎ。
わたしはテレビドラマはBSの無料放送だけで十分と言うか、それだけでも毎週結構追い立てられる様に見ているのでNetflixを契約する気は全然無いけれど、こんな戦略で日本で大きくなるのか?と非常に疑問。

さて、ドラマの内容の方だけれど、デヴィッド・フィンチャーが製作総指揮・監督、ケヴィン・スペイシー製作総指揮・主演という大きな看板があるし、Netflixの独自ドラマの目玉ともあれば非常に期待して見たのだけれど、これがあんまりおもしろくなかった。

内容もあるけれど、大きな理由は二つ。ケヴィン・スペイシーとメタ・フィクション。
ケヴィン・スペイシーはわたしは以前からねちっこい濃いスケベそうな顔面が理由なのかははっきりしないけれど何か好かない役者で、このドラマでの野心家でいけ好かない人物としてはぴったりとは言え、ずっとケヴィン・スペイシーを見ていると胃もたれや二日酔い状態の様なムカムカ感が出て来て、段々見るのが億劫になってしまった。
その上、ケヴィン・スペイシーの日本語吹き替えが石塚運昇と言うのが見る気を大きく削ぐ。
石塚運昇の吹き替えって、わたしが一番良く聞いたのは「CSI:マイアミ」でのホレイショ・ケインなんだけれど、このホレイショ・ケインという役は原語では非常に慇懃無礼で非常に抑えた感じで喋る役だったのに、吹き替え版ではやたら高圧的で俺様凄いんだぞ!感が前面に出てしまう明らかに改悪した過剰演技で、見れば見る程この俺様感に嫌気が差し、シリーズの終盤まで来たのでしょうがないから流し見で続けて何とか最後までを目指して見ている状態だったので、今では石塚運昇の印象が悪い悪い。
その苦手なケヴィン・スペイシーが石塚運昇の声で喋るんだから見ていて早々と苦痛になってしまっていた。

それにケヴィン・スペイシーが視聴者に語りかける演出も一話目からうっとおしかった。
元々わたしは映画でもドラマでもナレーションで状況説明や人物の心理描写をやってしまうのが嫌いなのに、このドラマではそれを頻繁にやられるのできつい。
政治の複雑な状況説明や人間関係をその場でお手軽に説明出来てしまって良いのかもしれないけれど、今まで登場人物達と会話劇をしていたケヴィン・スペイシーがそのままカメラ目線で視聴者に語りかけるって、「このドラマは作り物のドラマでしかないんですよ。」と強く思わせるだけ。
しかも一話の中で頻繁に語りかけるので折角現実味を持った硬いドラマとして見ていたのに度々嘘の作り物を意識させるだけで、演出として間違っている様な気がした。
まだコメディならこの演出も笑いになるのに、何でこういうただでさえ現実と乖離があると白けてしまう様な硬いドラマでこれするの?
特に大統領就任式典では現実感を出す為に大勢の人が大統領の方を向いているというのを遠景で撮り、まるで実際のニュース映像的に見せているのに、ケヴィン・スペイシー一人だけその方向とは違うカメラ目線になり、手をこっそり振るとか、もうこれは見ていて白けまくってしまい、わざわざ現実味を削ぎまくって何がしたいんだろう?と思ってしまったし。
この演出が「どう?洒落ているでしょ?」感が鼻に付いて仕方ない。

ドラマの内容的にも、始めは「おもしろいかも?」と思っていたのが二話目にして「つまんない…。」になってしまった。
そもそもわたしは現実の日本の政治でもそうだけれど、テレビで流れるのは「今この様な法案が出ていて…」とか、「この法案のここがおかしいと野党が追及して与党はそれに対して…」とかの生活に関わる実際の法案の詳しい内容や審議よりも、「この政治家がこんな事言いました!」「この政治家が過去にこんなちょろまかす様な事していた事が分かり、進退問題に!」とかのどうでも良い話が大きく取り上げられる事が非常にしょうもないと思うし、その政治家の失言ではその政治家の本音が見え透いているのに取り繕えていない取り繕いで「こんなのが政治家なのねん…」とイライラするだけなので、今ではほぼ報道バラエティさえ見なくなってしまったので、このドラマでも「こんな事言った、言っていないで辞任」「責任取って辞任」とかが全然おもしくない。
しかも、この微妙な発言で進退が変わってしまうという微妙な部分や、入り込んだ人間関係を使って細かい部分での権力闘争を見せているのに、現実のアメリカの政治では好き放題に無茶苦茶な発言や、平気で差別発言する大金持ちの政治家素人じいさんが大統領になってしまうのだから、このドラマがよりただの作り物感しか感じられず、ドンドンと興味が失せてしまった。
現実が茶番みたいだと思ったら、現実味のある政治ドラマは本当に茶番にしか感じられないしなぁ。
フィクションのドラマなので細かい事を積み上げて行って主人公の思った通りの筋書きになる展開は分かるけれど、現実のアメリカ国民の反応がドラマの制作陣が思った以下のコメディドラマみたいな感じになってしまったので、このドラマに限らずホワイトハウス関連の政治ドラマって、これから作り難くなるんだろうなぁ。

人物描写に関しても、フランシス・アンダーウッドはやたらと野心が強いけれど、それ以外の感情が見えて来ず、権力欲バカを延々と見せられても主人公としてピンと来ないしおもしろくはないし、周りにいる奥さんや若手の新聞記者もやたら野心が強いだけで何を思って行動しているのが見えて来ず、神様の脚本家が糸を引いて全ての人間を操っているという都合のいい展開しか見えて来ないし。

何より、そもそもフランシス・アンダーウッドは確実に国務長官になれると思っていたのに、自分よりも能力が劣っていると思い見下していた人々にあっさりと国務長官の約束を破られてるじゃん…という間抜けな前提があるので、フランシス・アンダーウッドが全ての人間を上手い事操り、自分の思い通りに事を進めるトンデモない凄い奴的な描かれ方をしていても、まあ嘘臭いと言うか、だったら初めから何で根回ししていないの?と思うし、始めの設定とその後の展開が全然上手く組み合わさっていないじゃん!と思ってしまい白けたし。

結局シーズン1の最終話まで見たけれどおもしろいと思う事も無いまま。
早い段階から流し見だったので、もっと早くわたしが打ち切っても良かったかもしれない。
 
 
関連:前期見たテレビドラマは「ER」4・5

スパイ大作戦

2017年01月08日 日曜日

1966年から1973年まで放送されたアメリカのテレビドラマ「スパイ大作戦(Mission: Impossible)」
BSジャパンで毎週水曜日と金曜日に、一話だけだったり二話続けて放送したりというヘンテコな編成でシーズン1から放送し始めたので見てみた。

「Impossible Mission Force(IMF)」という表向きはアメリカ政府が関与しない極秘作戦を追行する組織のメンバー達が、対象者から情報を得る為や敵を陥れる為に罠を仕掛けてハメるという、一話完結のスパイモノ。

わたしは子供の時に「新スパイ大作戦」が地上波で放送していて、それを見ていた事や、大人になってから多分深夜帯に「スパイ大作戦」も放送していたので見た記憶があり、「スパイ大作戦」は知ってはいたけれど、始めから見ると意外な事が多くて驚いた。

まず一番の驚きは、リーダーがピーター・グレイブス演じるジム・フェルプスではない事。
「スパイ大作戦」と言えばピーター・グレイブスのジム・フェルプスこそが「スパイ大作戦」の顔だと思っていたし、「新スパイ大作戦」でもリーダーはジム・フェルプスだったし、「スパイ大作戦」と言えば毎回の序盤の「おはよう、フェルプス君。」と言ってテープが消滅する指令なのに、シーズン1でのリーダーはスティーヴン・ヒル演じるダン・ブリックスで、「♪お前~誰だよ!」状態。
しかし、ダン・ブリックスの日本語吹き替えはジム・フェルプスと同じ若山弦蔵なので、声だけはお馴染みの「スパイ大作戦」なので、頭の中がグルグルしてしまう。

しかもこのダン・ブリックスはリーダーで作戦の指揮を取らなくてはいけないだろうに、時々実行されている作戦中に一切登場していないという変な事になっている。
どうやら演じていたスティーヴン・ヒルがユダヤ教徒で安息日の金曜日には撮影はしないという事だったらしく、結局これが原因でシーズン2からはリーダーが変更になったらしい。

それに、「新スパイ大作戦」の印象ではチームの同じメンバーが毎回作戦を追行して行くけれど、この「スパイ大作戦」ではリーダーのダン・ブリックス、シナモン・カーター、バーニー・コリアー、ウィリー・アーミテージのレギュラー陣と何故か毎回ゲスト扱いのマーティン・ランドー演じるローラン・ハンドは毎回登場するけれど、それ以外に一人その回の作戦に応じたメンバーが入り、そのメンバーは毎回変わるというも知らなかった。
この仕組みって、今のテレビドラマからすると非常に不思議な感じがするけれど、確かにその作戦毎に適任な人を集めるのって物凄く納得出来る。

ただ、見ていても昔のドラマだからか全体的にもっちゃりしていて敵を罠にはめての爽快感が薄く、上手い事やるなぁ!感が味わえないので何時の間にか見なくなってしまった。
ピーター・グレイブスのジム・フェルプスが登場するシーズン2になったら再び見出そうかな?
 
 
関連:前期見たテレビドラマは「ER」4・5

前期見たテレビドラマは「ER」4・5

2017年01月07日 土曜日

2016年の10月から10月の三ヶ月に見たテレビドラマは、

CSI:科学捜査班 7
CSI:NY 23
バーン・ノーティス 元スパイの逆襲 7
ER緊急救命室 45

新規に見始めたドラマは、「スパイ大作戦」と、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」。

「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は早い段階からつまらなかったけれど一応シーズン1の最後まで見たものの、「スパイ大作戦」はリーダーがピーター・グレイブス演じるジム・フェルプスではなかった事や、毎週水曜日に二話。金曜日に一話という変則的な編成だった事や、見ても大しておもしろくなかったのに毎週三話はきつかった事で何時の間にか見なくなってしまった。

その「スパイ大作戦」と「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の感想は別記事で。

これまで続けて見たドラマの中では、やっぱりわたしの中の三大ドラマの一つである「ER緊急救命室」が抜群におもしろかった一方、これまで非常におもしろく見ていた「CSI:科学捜査班」が低迷期のシーズン7に入って急につまらなくなったり、「バーン・ノーティス」も最終シーズンなのに急激につまらなくなっていた。
 
以下、感想。
 
 
CSI:科学捜査班 7
 
「CSI」はこれまでずっとおもしかったのだけれど、このシーズン7辺りから低迷期だと思っていて、以前地上波でこの辺りを見た時は特にシーズン8は不動のレギュラーだったはずのサラ・サイドルウォリック・ブラウンが降板となり、しかも丁度全米脚本家組合ストライキの時でシーズン8だけ全17話と少なく、「見るの止めよっかな?」と思った位一話一話がつまんなくなってしまった。
その始まりがこのシーズン7だと思うのは、制作側もマンネリを避ける為なのか、これまでの「CSI」的ではない一話や前後編では解決しないままで引っ張る模型殺人をやった事。
以前に始めて見た時、シーズン・プレミアから「奈落の底へ」が前後編の二話構成なのにも関わらず、後編でも結局は何も解決しないままで終り、その続きを3話目でするのかと思いきや全く違う事件でおくびにも出て来ないので「何じゃ、こりゃ?どうした『CSI』」と思ったのをはっきり覚えている。
その後も違う事件をしていて、急に模型殺人の話を出したかと思うと、やっぱり解決しないまま。
解決するのはシーズン8の一話目で、こんな飛び飛びじゃあ毎週一話毎で一年かかって解決なんて憶えちゃあいない。
まだ放送していたDlifeでは謎の週3本放送という、Dlifeの編成の穴埋め感満載、有名大ヒットドラマを在庫処理に使う放送ではまだ覚えていれたけれど。

それにこのサイコパスの異常な犯罪というのも好きではない。
見ていて悪趣味で気分が悪いという部分ではなく、CSIの人々がアホに見えてしまうから。
サイコパスの異常な犯罪モノのテレビドラマや映画って、常に主人公が犯人に翻弄され続け、寸分違わず犯人が計画した罠やらに上手い事かかって行くという展開ばかりで、これは一回限りの映画とかだったら主人公がアホで済まされてしまうのだけれど、「CSI」でこれまで散々鋭過ぎる観察眼と短期間で事実を導き出して来た捜査官達だったのに、突如このシーズンからは全然事件を解決出来ないわで「今までの賢さは何処行ったの?」

こんな感じだったのでアメリカでの視聴者数も当然落ち、シーズン6までは3000万人越えの2000万人後半で推移していたのに、シーズン7は2000万人前半ばかりで、唯一2500万人を超えたのが11話の「グリッソムの旅立ち」だけという有様。
完全にこのシーズン7が衰退の始まり。
これ以降も落ち込みを続けるのだけれど、やっぱり下手にテコ入れせずに今までの路線を続ければ良かったのにとは思うシーズン。

3話目の「霊安室の声」はシーズンの一話目とかでよくある、何時もよりも多い事件を一話で見せてしまうという回なんだけれど、これが不発過ぎ。
これまでもシーズン5の一話目「ラスベガス狂気の夜」なんかは、レギュラー陣が一人一事件を担当して、四つの事件が同時並行的に展開し、しかも意外な事件の真相やどんでん返しがあり、「これぞ『CSI』!!」的なおもしろさがあったのに、この「霊安室の声」はどの事件も意外性の無いままで事件がすんなり片付いてしまい、どの事件も肩透かししか感じなかった。
結果全ての事件は最後のギル・グリッソムを見せる為の振りの様だったし。

続く4話目の「害虫の群れ」では、最後に皆がロッカールームに集まって今回の事件の社会的な原因を言い合ったり、泣き言言ったり、ギル・グリッソムが説教臭い事を喋ったりと、今までそれは視聴者にぶん投げていて、だからこそ色々思ってしまっておもしかったのに、その良い部分を捨て去ってしゃべくり合うなんて完全に蛇足。

9話「レジェンド・オブ・ベガス」はこれまでの「CSI」の中でも最悪に酷いかった回。
何がって、かつて消えるかの様に突然いなくなってしまったラスベガスの伝説的人物と関わった人達が次々と殺されて行き、犯人の顔はしっかりと防犯カメラに映っているけれど全然別人で困った…という話なのに、犯人を見せている場面もそうだし、CSIの捜査官達が見ている防犯カメラの映像でさえ映っている犯人の顔の肌が不自然で、特殊メイクや変装にしか見えず、何時もは細かい部分までキッチリ気付く捜査官達が誰も一切顔の不自然さに気付かないままで進んでしまうという事。
一瞬で特殊メイクだと分かる安っぽさで、しかも特殊メイクだと分かってしまうと犯人も必然的に誰なのかが分かってしまうというネタバラシにもなっており、色んな意味で駄目駄目。
それにこの回、結局は犯人の自白で事件の詳細を見せてしまい、何時もの「証拠が語る事件の真相」をやらないし、科学分析も大した事無いし。

12話「甘い死体」から15話「最後の仕事」までの数話の間、ボルチモアからやって来たリーヴ・シュレイバー演じるマイケル・ケプラーが登場。
リーヴ・シュレイバーは映画俳優としてお馴染みなので、「おっ!」と思える登場だし、丁度ギル・グリッソムが休暇を取って何処かの大学で講義しに行っている間の補欠要員で出て来るのだから、放送当時見てれば「この人物はレギュラーとなってこれからも登場し続けるのか…?」と思わせる。
ただ、「CSI」ではシーズン1の1・2話に登場したCSIチームに新たに入って来た新人捜査官ホリー・グリッブスもそうだったけれど、何故か大々的に新たにチームに入って来た人物って速攻で死んでしまうよなぁ。
これ以降のギル・グリッソム不在時もギル・グリッソム替わりのチーフ扱いの人物が数シーズンで交代して行くし、結局オリジナルメンバー以降は不安定なまま。
で、マイケル・ケプラーの最後となる15話「最後の仕事」は完全に主役がマイケル・ケプラーで、まるでマイケル・ケプラーを主役のスピンオフ映画みたいな感じに仕上がっている。
特別編としては結構おもしかったけれど、CSIメンバーの脇役感が凄く、あんまり「CSI」を見ている気がしなかった。

20話「模型の鍵」はレギュラー陣の犯罪捜査がほとんど描かれず、ホッジスとCSIラボの分析官達による模型殺人の謎解明話で、終始コメディしていて楽しくはあるものの、良く考えたらこの回って、何時まで経っても解決せず引っ張りまくっている模型殺人のおさらい回で、わざわざ視聴者に分かりやすい様に復習までさせる回を丸々1回も作らなくても…というシリーズ通しての展開だし。

このシーズン7は今までの一気に犯罪捜査を見せ、意外なドンデン展開も見せていた事を思うと、どの回もまったりしていて微妙。
今まで楽しく見ていたのに、このシーズンになって見るのが面倒臭くなっていた。
 
 
CSI:NY 2・3
 
「CSI:NY」の方は変わらずの感じでおもしろく見てはいたけれど、シーズン3になるとドラマ自体なのか、それともわたしの方なのか、結構マンネリして来ながら見ていた。

そう言えば、シーズン1では結構登場していたDNAラボのジェーン・パーソンズって、シーズン2になってから全然出て来ないと思っていたら、終盤の二話だけに急に再登場。
結構個性もあって好きな人物だったのに。

23話ではシーズン1のレギュラーだったエイデン・バーンが登場。
他のフランチャイズでもレギュラーが死亡して退場とかはよくあったり、サラ・サイドルの様に出て行って戻って来るという人物もいたけれど、降板後のシーズン最終盤で被害者となって再登場するのも珍しい形。
戻って来てのゲスト出演なので演じていたヴァネッサ・フェルリトが揉めての降板ではないとは思うけれど、とどめを刺す結末ってどういう意図だったのだろう?

マック・テイラーの部屋にロナルド・レーガンの写真が飾ってあるのだけれど、多分マック・テイラーが海兵隊だったのがロナルド・レーガン政権時代だからなんだろうけれど、マック・テイラーって共和党支持者っぽいよなぁ。ただ、同時多発テロ関連でジョージ・W・ブッシュは大嫌いな感じがする。
実際に演じているゲイリー・シニーズは共和党支持者だし。
「CSI:科学捜査班」のギル・グリッソムは民主党支持者っぽく、「CSI:マイアミ」のホレイショ・ケインは共和党支持者っぽいけれど、ホレイショは「俺様が正義!」で最早政党なんか関係無いか。
 
 
バーン・ノーティス 元スパイの逆襲 7
 
遂にシーズン7で最終シーズンとして製作されたのだけれど、「バーン・ノーティス」ってシーズンを重ねる度に「今は何が目的なんだったっけ?」と分からなくなってしまっていたので、もっと早く終わらせても良かったのかとも思う。
特にこのシーズン7は、マイケル・ウェスティンが仲間に罪を被らせない為にCIAの秘密工作の潜入捜査に加わるんだけれど、今まで敵を殺さず、罠にはめて、脅して問題を解決するというのがおもしろい部分だったのに、捜査に支障をきたさない為にはバンバン人殺すし、毎回の問題を抱えた人々を身の回りにある日常品や機転を利かせて問題解決するという「冒険野郎マクガイバー」や「スパイ大作戦」の様なワクワクする部分も無くなり、完全に今までの「バーン・ノーティス」感が無くなってしまい、最終シーズンでこれだと正直「バーン・ノーティス」を見る意味が無くなってしまった。
それにシーズン6からエンド・クレジットの音楽が変わり、良く映画やドラマである暗い音楽になってしまったのも「バーン・ノーティス」感が薄れてしまっている。

話は終始これまでとは関係無い謎のテロ組織潰しで、基本的にはマイケル一人が作戦追行しているのに、時々仲間に力を借りたと思ったら次の回では仲間に力を借りないとか、今までと比べるとマイケルの人助けの上手さと優しさを見る訳でもなく、仲間との秘密作戦を楽しく見る訳でもなく、常に「バーン・ノーティス」的ではない、どうでもいい話が目の前を流れて行くだけで全然おもしろくなかった。
このテロ組織もCIAは「非常に凶悪だ!」と言っているのだけれど具体的に何しているのかよく分からなかったし、逆にこのテロ組織が実は政府が見過ごす様な事でも自分達が正義だと思ったら何でもやるという方針で、それにマイケルが徐々に賛同して踏み込んでしまうのだけれど、それも組織が具体的にどうしていたのかの描きが弱いので、結局何をやっている組織で、あのマイケルがそんなにのめり込んでしまう理由もいまいち分かり難いままという非常に描き方が悪かったし。

これが「バーン・ノーティス」の最終シーズンだと思う、非常にがっかり。
無理矢理引き伸ばした為に、結果全然「バーン・ノーティス」ではない話や展開になってしまっていて、これだともっと早く終わらせておくべきだった強く思ってしまった。

そう言えば、テロ組織のボスであるジェームズ・ケンドリック役はテレビドラマ「ザ・ラストシップ」のテックス・ノーラン役でお馴染みとなったジョン・パイパー=ファーガソンだったけれど、「ザ・ラストシップ」と吹き替え声優が別人だったので物凄い違和感があった。
 
 
ER緊急救命室 4
 
毎シーズン新たに始まるとジョン・カーターの所属が変わるけれど、シーズン4は外科インターンからERインターンへと出戻り。

毎シーズンあるレギュラーや準レギュラーの出入りも今回も多く、アンナ・デル・アミコはシーズン3の終盤で登場しそのままレギュラーに。
エリザベス・コーデイはシーズン1話目でシラッと出て来てそのままレギュラーへ。
ロバート・ロマノも序盤で登場し、エリザベス・コーデイと合わせて外科の話ばかりで、ERでの話やERの人々と極端に関わり合いが少なくなってしまったピーター・ベントンへの話の膨らませとして出て来た感じ。

そのエリザベス・コーデイは結構ゴリゴリに攻めて来る人で、上司のドナルド・アンスポーへも結構ゴリゴリ行く。あれ、エリザベス・コーデイってこんな強気過ぎる人だったっけ?と思ってしまった。
一方のロバート・ロマノは序盤は個性は強いけれど結構普通な人で、こっちも、「あれ?ロマノっぽくない!」と思ってしまった。

8話でヨシ・タカタが登場。ヨシって穴埋めで来た人だったのか。
その8話で内蔵が反転した息子の父親役の何処かで見た事あるなぁ…?と思って調べたら、「LOST」のマイケル・ドーソン役だったハロルド・ペリノー・ジュニアか。「LOST」でも特別な子供が息子だったな。

9話「公務執行妨害」には「CSI:ニューヨーク」のシェルドン・ホークス役でお馴染みヒル・ハーパーが出ていた。
後にCSIフランチャイズのレギュラーとして出演する人が結構「ER」に登場している。

折角ダグラス・ロスとくっ付いたのにキャロル・ハサウェイの浮気相手として登場した救命士のグレッグ・パウエル役が、「CSI:科学捜査班」のニック・ストークス役でお馴染みジョージ・イーズだった。
始めて登場した時は本当に少しだけだったので、「これで終り?」と思っていたら結構重要な役で再登場し、この少しの脇役だと思った人が結構出て来るのも「ER」の見所の一つ。

そう言えば、看護師の若手?だったウェンディ・ゴールドマンって、シーズン3で終りだったのか。おばちゃんばかりなので目立った存在だったのし、吹き替えが大谷育江なので物凄い可愛らしい人物になっていたし。

それと、アンナ・デル・アミコがレギュラーとなったからか、気が強い女性と言う似た感じの役柄のマギー・ドイルの出演が明らかに減っていて全く見かけない回が続くのだけれど、登場人物達は「ドイルが夜勤」とか話には出て来ていて、この言及はされるのに出て来ないのは何なのだろうか?

シーズン4の目玉は何と言っても1話目の「待ち伏せ」。
これは生放送だったという凄い回。
まだ登場人物が少ないドラマでの生放送なら分かるけれど、レギュラー、準レギュラーの多さに加え、ER内にいる病院関係者や患者達等、他のドラマでは見られない数の登場人物がいる「ER」で生放送をしてしまうのだから凄い。相当リハーサルを繰り返し、全員の動きとカメラの移動を計算しないとここまで出来ないよなぁ。
しかも内容的にも「これぞ『ER』!」と言った悲喜劇とてんやわんやを描いており、この回だけでも相当ゾクゾクする出来。
この回が更に凄いのは、アメリカの国内時差に合わせて東海岸時間と西海岸時間の二回も生放送をしている事。企画のおもしろさと実行力に脱帽。
ただ、見ていたDlifeでは一回の放送しか放送しなかった。「CSI」とかでは別シリーズに前後編と渡るクロスオーバーエピソードは続けて放送していたのに。これは見比べたいからどちらとも放送して欲しかった。

毎回あるER外での外ロケ話は、今回は7話の「父と子」。
ダグラス・ロスの父親の事故死をマーク・グリーンと二人で後始末に行くと言う話で、題名通り古今東西、これからも延々とあるだろう父親と息子の難しい関係を描くロードムービー的回。
ダグラス・ロスの方の親子関係だけかと思いきや、マーク・グリーンの両親が住む家が近いのでとついでにそっちにも寄り、マーク・グリーンの父親との関係も出て来て、その後のシリーズでもこっちのマーク・グリーンの親子関係が深く描かれて行く。
ダグラス・ロスの方は今まで出ていたのでその最後の思いを描いたのはよく分かったけれど、マーク・グリーンの父親との関係が意外だった。マーク・グリーンが穏やかな人なのでもっと穏やかな家庭かと思いきや、父親は軍人で会話も少なく、この家庭でマーク・グリーンみたいな人に育つの?とちょっと疑問に思った。あんまり両親とも似ていないし。
この回はダグラス・ロスとマーク・グリーンのそれぞれの家族感を見せるだけなく、この二人が学生時代からの友人である事もあって、キャッキャ言ってふざけ合ったり、心の深い所を付く言い争いをしたりと本当に仲が良い所を見せつける。パッと見たらこの二人って、親友にならなさそうな位正反対の性格に思えるのだけれど、まあ仲良し。この二人の仲を思うと、ピーター・ベントンは完全に蚊帳の外。
この回以外にも14話「愛を知って」でも外ロケ回で、「父と子」の続きのマーク・グリーンの両親の話。

続く15話「緊急脱出」も外ロケ回なんだけれど、この回はシーズン4でも、シリーズ全体でも屈指の名作回。
初めはエリザベス・コーデイが救急車に乗って化学薬品工場の爆発現場の倒壊しそうな建物の中での救出劇で、ロケになるとスペクタクルになる「ER」でこれだけでも十分外興奮するのだけれど、そこから更に薬品を浴びた患者がERにやって来て汚染され、ER内でケリー・ウィーヴァーが失神して混乱状態に陥った中でカーターがERを冷静に見事に仕切ると言う、まあERを使った見事なスペクタクルを見せて、この回は非常におもしろい。
カーターの見事な手腕に興奮するけれど、これに持って行くまでのこれまでの展開の使い方も上手い。
カーターが外科医を目指すの辞め、ERに戻って来てのこの仕切りっぷり。それも、本来ならERを仕切るはずのケリー・ウィーヴァーが被害者となり、もう一人のスタッフドクターであるマーク・グリーンはロスの父親話の「父と子」から発展した「愛を知って」で両親の為に休んでいて誰も仕切る人がいない中でカーターが仕切らなくてはならないというこれまでが伏線になっていたり、ロスとキャロル・ハサウェイが付き合い始めてちょっと問題が出始めた所でのエレベーターでの閉じ込めだし、この回を目指してこれまで展開させていたのか、それまでの展開を上手い事収束させる様に使ったのかは分からないけれど、どちらにしろ使い方が上手い。

そう言えば、このシーズン4のオープニング・クレジットが物凄いこもって聞こえたのだけれど、これって元からなんだろうか?シーズン5になるとちゃんと聞こえたし。
 
 
ER緊急救命室 5
 
毎シーズン・プレミアは前シーズンからの数ヶ月後の再開なので何かしらERの事情も変わっているけれど、今シーズンは新しい医学生ルーシー・ナイトがERに来る話で、完全に主役はルーシー・ナイト。
このやり方って、今まではジョン・カーターが入って来たり、復帰したりで、ジョン・カーターが新シリーズ再開で新規視聴者への誘いとしての役目を果たしていたのが、流石に五年目になるとそうも行かず、完全な新人がその役目を変わる事となり、これ以降も新規視聴者も観やすくする為の新人導入が増える切っ掛けでもある。
この新人がやって来るのって、新たに見始めた人にはこの新人目線ですんなり入って行けるし、今まで見続けて来た人にとっては若くてまだまだな新人をニッコリ笑えるERのベテラン目線で見れるし、当たり前だった「ER緊急救命室」を新たに見えるという役目も果たしていて、長く続ける為のドラマとしては非常に重要だし、便利な発見。
しかもこのルーシー・ナイトって、始めからレギュラーなんだよね。今までは前シーズンに登場してそのままレギュラーにという昇格の仕方が多かっただけに、新たな試みでもあったのだろうか?

このルーシー・ナイトは非常に大きな役割だし、制作側からも期待された存在のはずで、完全に次のジョン・カーターとなる役として登場させたのだろうけれど、次のシーズン6でああなっちゃっての降板は「ER緊急救命室」側としても演じていたケリー・マーティンとしても勿体無かったよなぁ。
当時はそういう判断が正解だったのだろうけれど、ケリー・マーティンがその後役者としてはいまいちパッとしていない事を考えるともうちょっとルーシー・ナイトを演じてもよかった気はする。

その一方で、シーズン4ではカーターの相手役としてレギュラーでも結構時間を割かれたアンナ・デル・アミコは初回のカーターの台詞だけでERを去ってしまった事が分かるという、これまでのレギュラーが非常に前から振りを入れての降板だったのに比べると物凄く素っ気無さ過ぎる。
シーズン4でもデイヴィッド・モーゲンスターン部長は病気からの復帰でも元には戻らずというキッチリした流れで退場したし。
制作側は次シーズンも続けるつもりだったのに、演じるマリア・ベロが契約を更新しなかった様な感じを受けた。

あと、アメリカの連続テレビドラマで良くある「シーズンが新しく始まると髪型が急に変わっていたり、髭があったのが無かったり、逆に髭を生やしたり」というあるあるがこのシーズンでは顕著。
カーターは髭モジャだし、ケリー・ウィーヴァーの髪の毛は大分短くなったし、ダグラス・ロスの髪の毛も前シーズン終盤は結構伸びていたのが見慣れた短い髪型になっていた。

このシーズンでやっぱり大きいのはダグラス・ロスの退場。
「ER」での大きな柱が去ったけれど、始めからこのシーズンでダグラス・ロスが出て行くという事を知って続けて見ていていると、相当前からダグラス・ロスの暴走ややっとのキャロル・ハサウェイとの関係を丁寧に描き続けていて、そこがちゃんとしている。
中期以降の「ER」だと、シーズン頭や終盤で行き成りの退場が結構ある事を考えると、早い段階でジョージ・クルーニーの契約延長が無いと言う事が分かっていた事もあるんだろうけれど、連続ドラマならこれ位の伏線と結末を見たいし、見てその退場も納得する。
最後のダグラス・ロスの「出て行く」、キャロル・ハサウェイの「残る」のやり取りは、役者本人の意志や製作陣の思いやらが勝手に見えてしまって、こういう画面に現れている物語の台詞や行動以上のモノを思わせてしまうのは大好き。
最後のダグラス・ロスとマーク・グリーンの皆までベラベラ言わずに別れる男の友情の感じは気持ち良い。
しかし、このダグラス・ロス退場までの13~15話の連続する話って、本当に三日位の時間の流れで、大体次の回はドラマ内時間でも次の週なのに比べると珍しい。
一方でその次の16話「地の果てにて」はこの回で二週間以上の時間経過がある、これまた珍しい回が連続する。

4話目の「消え去りし者」では、長年のERでの謎だった「遺体が何時まで経っても運ばれず、ERに置きっ放し」という不思議が解決した。
移送部の部長が「トゥームレイダー」をやっていて真面目に仕事をしていなかったからという事が判明。
それまでは単に「ER」でのちょっとした悪い一笑いだったのが、長期間を経て説明かつ更に展開させた笑いにしてしまう展開が好き。

8話の「闘い終わって」は1シーズンに一つはあるER外での話だったけれど、この回は「事故に合った女の子は珍しい血液型なので父親しか輸血出来ないのに父親は娘を置いて出て行ったしまったのでカーターとルーシー・ナイトが父親を探しに行く」という「ER」では珍しい捜査モノ。
カーターとルーシーの二人が主人公で町を歩き回って情報を辿って行き、これ自体もおもしろい展開なんだけれど、ERに残っている人々も難しい状況下で判断したり血液を探したりと見せ場があり、「ER」では珍しいほぼ一人の患者だけで上手く見せている。
また上手いのが、カーターとルーシーの関係が上手く行っていないという状況での二人での地道な捜索を見せており、「ER」って考え付いたその回の状況や設定に登場人物達をはめて行っていたのか、それとも各登場人物達が置かれた状況に合わせてその回の展開や運ばれて来る患者達を作って行ったのか分からないけれど、登場人物達の現状とその回の患者や治療の組み合わさり方が本当に上手くて感心ばかり。
そして、やっぱり「ER」なのがこれだけ一人の患者に対する登場人物達の情熱を見せても必ずは救われない事。日本のドラマだと、「主人公が頑張ったので患者も助かりました!めでたし、めでたし!」になるんだろうなぁ…と思った。

14話「破綻の序章」でルーシーがカーターを蹴り飛ばした「タエ・ボー」を教えていたのって「ビリーズブートキャンプ」のビリー隊長ことビリー・ブランクスだよね。
日本でも「ビリーズブートキャンプ」が十年位前?に流行ったので「懐かしい~…」とは思わず、最近も大阪の心斎橋でビリー・ブランクスの看板を入り口前に置いたスタジオの前を通り、「あっ、ビリー隊長!」と思ったので、「懐かしい~…」よりは「ビリー・ブランクスって結構前から有名人だったのか…」と思ってしまった。

16話「地の果てにて」はピーター・ベントンが南の田舎町に出稼ぎに行く話で、大抵「ER」ではER外に出て行くと大騒動になるけれど、この回はベントンが田舎町の人々からの疎外から受け入れまでを描く温かいベントン日記で特殊な回。
ダグラス・ロスの退場の次の回がこれで、制作陣はシーズンを通しての構成や見せ方を色々考えているし、挑戦的に作っていたんだなぁと関心。

17話「身代わり」には気の良いプロレスラーが患者でやって来て良い人さを見せて行ったけれど、このプロレスラーの名前が「コーンバーグ」。
禿げ頭に髭の巨漢のプロレスラーでリングネームが「コーンバーグ」となれば、完全にゴールドバーグじゃん!と思ってしまう所。
しかも、ジェリーが「スティンガーとタッグを組まないの?」とか、「ジェリコが…」等々言っており、WCWじゃん!
このシーズン5の放送は1998年なので完全に当時のアメリカのプロレス団体WWF(現WWE)とWCWのガチンコ企業戦争「マンデー・ナイト・ウォー」真っ最中。アメリカのプロレスが一番熱かった時代で、「ER」でも取り入れたのか。
ジェリーとマリクがコーンバーグと会ってはしゃいでいたけれど、物凄く分かる。
調べてみたら、元々はこのプロレスラーの役は実際にゴールドバーグが演じる予定だったらしいけれど、忙しくて出演ならずだったそう。

「ER緊急救命室」は非常におもしろくて次シーズンも見たいのだけれど、またもや意味不明なDlifeの編成で、これまでずっとシーズン5まで続けて毎週五話放送と言う、やっぱり在庫処理的穴埋め編成にしか思えない編成だったのに、シーズン5が終わると突如「ER緊急救命室」の放送が無くなってしまった。
何時からシーズン6以降再開されるのだろうか?
まだ、結構昔のドラマのシーズン1をやって数年間シーズン2をしないという、まあファッキンなクソNHKに比べれば、Dilfeは他のドラマではその後のシーズンを放送しているので、待つか。
 
 
関連:スパイ大作戦
    ハウス・オブ・カード 野望の階段