ロボコップ

2014年03月20日 木曜日

ポール・バーホーベン監督、ピーター・ウェラー主演の1987年の映画「ロボコップ(RoboCop)」。

大企業オムニ社によって警察も運営されている近未来のデトロイト。犯罪捜査で死亡した警官アレックス・マーフィーは記憶を消され、ロボコップとして蘇った。

これまで何度も見て来たはずだけれど、細かい所はあんまり覚えておらず、久々に見直してみるとこれが非常におもしろいし、B級SF映画なので話も粗いかと思いきや意外とちゃんと出来ている。当時から犯罪都市だったデトロイトの再建を大企業が公共サービスまで手掛ける様になり、その大企業内での若手の伸し上がりの権力争いからロボコップが生まれるというロボコップの設定だったり、主人公のアレックス・マーフィーは無残に殺されたけれど、なりたくもないロボコップにされてしまい、徐々に記憶を取り戻しながらもすでに家族は無い事を知り、更には仲間のはずの警官から一斉射撃を受けて逃げなくてはいけないという、ロボコップは実は哀しい人間と機械の間に存在しているヒーローモノという事を改めて認識したし、それがポール・バーホーベン作品の毎度の皮肉な笑いと悪趣味感の変な感じの混ざり合いで、切な過ぎず笑いに走り過ぎずで非常に良い具合で描いている。
ポール・バーホーベンの演出は、ロボコップとして再生させる所は走査線が見える当時のテレビ映像でアレックス・マーフィー目線で描き続け、死から蘇った得体の知れない恐怖や人間を機械として作り出す人々に対する恐怖を演出で見せ、ここは非常にゾクゾクする場面で非常に上手い。それに機械に対するポール・バーホーベンの演出も良くて、ED-209の様な二本足のロボットは階段が苦手で階段でズッコケてしまうとか、二足歩行のロボットを出すとファンタジーになってしまうモノが多い中、意外に現実志向のロボットの演出していて感心。
一方でポール・バーホーベンの悪趣味もきちんと出ている。アレックス・マーフィーは銃で手を吹っ飛ばされ、グチャグチャに撃たれて殺され、その後残った片腕もロボコップになる時に切り落とされたり、敵が意味も無く溶けいったりとか、血がビュービュー吹き出したり。これって、ポール・バーホーベンなりの観客を楽しませる為の仕掛けなのか、単なる彼の趣味なのか…。いまいち分からない。
更にポール・バーホーベンの特徴でもある社会批判も多い。時々入るテレビのニュース番組では、世界中でアメリカが戦争を起こしていたり、市民を巻き込んで暗殺を行なっていたり、ニュース内の宣伝でも「やられる前にやれ」という玩具を出したり、ロボコップも大企業内の権力争いで生まれ、市井の人々は権力者や金持ちに好きにされてしまうという皮肉を入れ、ポール・バーホーベンがバンバンに尖っていて、この皮肉も上手く絡んで良い。

ピーター・ウェラーをロボコップに選んだのも上手い配役。登場したピーター・ウェラーは痩せぎすの大きくない男性だからこそ、ロボコップ時の分厚くデカい体の強さの象徴が活きて来るし、マスクを取った時の哀しい顔も非常に良いし。やっぱり、ロボコップはピーター・ウェラー。
クラレンスの部下役で「ER」のロバート・ロマノ役でお馴染みポール・マクレーンが、髭生やし悪者役していて、何かそこばかりに目が行く。更に彼がドロドロに溶けるし、結構良い役。

今年何故今なのか分からないリメイク映画「ロボコップ」が公開されたけれど、予告を見た限りはやっぱり「これじゃない!」感は強い。ロボコップが黒いとかの問題ではなく、ロボコップが軽い。新しいロボコップはやたら動きまくり、動きが早く、結局は近年こればかりなCGアニメーションによるアクション映画でしかない。ロボコップって、この映画で見る「銃で撃たれてもゆっくり動き、全くひるまず、常にどっしりしている重厚感」こそがロボコップなのに。映画「ロボコップ 3」でロボコップが空飛んだのを見た時も、確かにおもしろいとは思ったけれど、何か残念な感じに思ったし。
それに、黒いロボコップがバイク乗ったり、ティム・バートン版の映画「バットマン」のブルース・ウェイン役だったマイケル・キートンや、クリストファー・ノーラン版の「バットマン」シリーズのジェームズ・ゴードン役だったゲイリー・オールドマンが出ていたりと、バットマンを連想させる感じも何か違うし…。

「ロボコップ」が当たったのは当時の社会情勢や、重厚感のロボコップ、ピーター・ウェラーのあの哀しい顔、ポール・バーホーベンの個性が出た作品感が混じり合った結果だったと改めて思う。1987年なので今のCGアニメーション映画と比べると安い所はあるけれど、映画としては非常におもしろいし、上手い。

☆☆☆☆☆

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