宇宙大作戦 シーズン1

2023年04月17日 月曜日

日々うんこの様な事がマリマリなので、アマゾン プライムビデオを見て何かおもしろいモノはないかな?と思って探していたら、「スタートレック:ピカード」が目に入り、そう言えばこれは全く見ていなかったので見てみようかな?と思ったのだけれど、「スタートレック:ピカード」の主人公であるジャン=リュック・ピカードが登場した元々のドラマ「新スタートレック」は大分前に深夜にテレビで放送していたのを途中から見始めたので何処から見出して最後まで見たの分からないので、まず「新スタートレック」を見ようかと思ったけれど、それならCS放送無料の日に数話だけしか見ていない大元の「宇宙大作戦」をまず見てからと思い、Netflixで「宇宙大作戦」を見始めた。

わたしはスタートレックシリーズでは「新スタートレック」「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」「スタートレック:ヴォイジャー」「スタートレック:エンタープライズ(途中まで)」を見た程度のファンで今回本格的に「宇宙大作戦」を見たのだけれど、ある程度スタートレックシリーズを見ていて、かつ「宇宙大作戦」が1966~1969年の低予算テレビドラマだと分かっていても中々きつい部分が多かった。
セットや小道具が安っぽいのはまだ飲み込めるのだけれど、話がいまいちおもしろくない。
もっと詰められそうな部分で変な間延びがあったりするのは1960年代のドラマだからというのはあるのだろうけれど、気になる部分が投げっ放しでよく分からないままとか、まだシーズン1なのにネタの使い回しの様な感じの回が多いというのがあって話に乗って行けず。

投げっ放しで驚いたのが5話の「魔の宇宙病」で、話はクルーが病気でおかしくなってしまうというモノなんだけれど、最後になって突然タイムワープし始めて過去に戻ったと言い出し、そこから直ぐに現在に戻ってそのまま終わってしまう回で、見ていても何これ?でポカ~ン…。
余りに意味不明なので調べてみたら、元々は20話の「宇宙暦元年7・21」での過去に戻る話をする為の導入として作られ、前後編にするつもりだったのが二つに分けられたかららしい。
ただ、それでも別の二話に分けたなら最後のタイムワープはいらないのに残したのがよく分からない。

それよりも酷いと思ったのが9話の「400才の少女」で、これでは地球から大分離れた惑星に降りたら、そこは何故か1960年代のアメリカっぽい街だったのだけれど、この部分は特に解明する事も無くほったらかしのまま、この星では大人になると病気で死んでしまうという話に移ってしまって何故地球の町になっていたのかは全く不明のままで投げっ放し。
何も説明せずに終わったので、え~!!でびっくり。
こういう一番の引っ掛かりが投げっぱなしジャーマンでほったらかしって当時のアメリカドラマでは結構普通だったのだろうか?

使い回しも結構多く、クルーがおかしくなる。同じ人の別人が現れる。神の様な存在に振り回されるという展開が序盤に結構何度もあり、そこら辺で既視感と言うか、まだシリーズ1なのにネタ無いの?と感じたりで結構興味が折れてしまった。

あと、これも低予算だからなのか、登場する人物は地球人が多く、スタートレックと言えば色んな宇宙人が出て来ての楽しみが少なかった事や、エンタープライズ内部だけでとかセットだけで済んでしまう話も多くて宇宙モノなのに宇宙でのエンタープライズの活躍が少なかったのも物足りなさ過ぎた。

低予算とは逆にNetflixではデジタルリマスター版での配信で、このリマスター版って製作費があったからなのかエンタープライズ等の特撮場面はCGになっており、これが寧ろお節介。
わざわざ1960年代のSFドラマとして「宇宙大作戦」を見ているのだからオリジナルの特撮でいいじゃん。オリジナルの特撮が見たいのに。

驚いたのは、スタートレックシリーズでお馴染みのロミュランやクリンゴンはこのシリーズ1では1話だけしか登場していなかった事。
もっと出ていたから人気種族になったのかと思っていた。
これも低予算だからかロミュランもクリンゴンも額のでっぱりが無くてほぼ地球人と変わりがなくて違和感だし、クリンゴンのクリンゴン感の無さはだからウォーフも触れて欲しくないのか。

レギュラー陣もジェームズ・T・カークとスポックとレナード・マッコイは毎回出ているけれど、レギュラーだと思っていたモンゴメリー・スコット、ウフーラ、ヒカル・スールーがいたりいなかったりの回があるのも不思議。
これも製作費が関係しているのだろうか?

この「宇宙大作戦」では23世紀が舞台で、「新スタートレック」以降の24世紀以降が舞台のスタートレックシリーズの方がよく知っていると、百年近く前だから知っている惑星連邦や宇宙艦隊とは何か違う違和感を感じると言うより、「新スタートレック」が作られた1980~1990年代と「宇宙大作戦」が作られた1960年代の価値観等々の違いから来る違和感が結構あって、カークはゴリゴリに自分の価値観で相手を変えようとするし、スポックは論理的に今殺しておけと言って結構暴力的だったり、他のクルーも結構暴力的攻撃的で直ぐフェイザーをぶっ放すしでクリンゴンと大して変わらない様な感じだし、クルーは精神が結構不安定で直ぐおかしくなるし、上官が喋っている途中で割って入って反論批判したり、皆が情報共有せずに自分だけで何とかしようとしたりと、結構野蛮だし混沌感がある。
これって1960年代っぽさなのか、単に脚本の展開が先行して人物描写が適当なだけなのか。
まあ、毎回の様に死者が出ていればクルーは皆こんな感じにはなるか。
あと、エンタープライズが攻撃を受けてコンソールが爆発する伝統は既にこの時からか。

登場人物は確かに魅力的で役が立っていて、カークは強引で独善的ではあるけれど魅力たっぷりで英雄的な感じ。
ただ、カークが上官だと問題は絶えなさそうで、あんまりついて行きたいとは思わない艦長。
スポックは後のヴァルカン人からすると結構感情的だし非論理的に見えるしで、ここら辺が地球人とのハーフだからで魅力なのか。
驚いたのがマッコイで、見た目からしてカークよりも大分年上に見え、ほとんどおじいさんの年齢だと思っていたら演じているデフォレスト・ケリーはこの時46歳。
ケルヴィン・タイムラインの方の映画シリーズでレナード・マッコイを演じているカール・アーバンが50歳だと思うと、このデフォレスト・ケリーの老け感は凄いな。
レナード・ニモイも35歳には見えない老けっぷりで、ウィリアム・シャトナーとは同い年で誕生日が4日違いって、この時代の役者の老け感って凄い。

日本語吹き替えは、多分以前にも見た事があるからだと思うけれど非常にしっくり来るんだけれど、日本での「宇宙大作戦」の最初のテレビ放送の時に放送時間の都合でかカットされた部分があるらしく、そこは当時の吹き替えが無いので後から追加で吹き替えが収録されたそうで、これが物凄く違和感。
始めの放送から三十年位経ってからの追加収録なので仕方が無いのでしょうがないんだけれど、声優も歳を取っているので声が変わっていたり、既に鬼籍に入っていたりで声優が変わっているので、カットが変わると突然カークの声がおじいさんになっていたり、同じ場面でも次の台詞になると登場人物の声が別人になったりと見ていると結構クラクラして来る。

日本版のオープニングでも気になる部分があり、若山弦蔵のナレーションが終わり切る前に曲が始まってしまうのが毎回物凄く気持ち悪い。

おもしろかったのは1話目のカークが船長ではなくクリストファー・パイク船長が主役のパイロット版「歪んだ楽園(The Cage)」
見る前に色々調べてから見たので、この「歪んだ楽園」は初めには見ずに2話目から見始めて12話目の「タロス星の幻怪人(前編)」の前に「歪んだ楽園」を見てみた。
そうすると慣れたカークの物語ではなくカーク以前の船長だったクリストファー・パイクの物語が前日譚としておもしろく、しかもこのパイロット版を使ってその後を描いた「タロス星の幻怪人」もおもしろく見れ、色々と興味深かった。
カークの方で慣れていると後から見て前日譚をパイロット版でしている事とか、クリストファー・パイクが船長で士官としてスポックがおり、スポックのメイクもまだ前段階で違っていて若い感じだし、副長に女性のナンバー・ワンがいて、このナンバー・ワンが結構冷静沈着でやたらと役が立っていて、このクルーの物語がもっと見たくなってしまった。
と思ったら、アメリカではこのクリストファー・パイク以下のクルーによるドラマ「Star Trek: Strange New Worlds」が始まっているのね。
予告編を見てみたら、今時のお金をかけている感じで「歪んだ楽園」の雰囲気は無い感じだけれどこれはこれでおもしろそう。
ただ、クリストファー・パイクって最後は「タロス星の幻怪人」での意識はあるけれど何も反応出来ない体になって箱に詰められ、ランプの点滅回数だけでしか答えられない存在になり、そこから少しでも幸せであろう幻影の世界に去って行くという結末になると思うと物凄く切ない。
「Star Trek: Strange New Worlds」ではクリストファー・パイクの最後をプライム・タイムラインと同じにするのかどうするんだろう?
「歪んだ楽園」「タロス星の幻怪人」の流れで見るとクリストファー・パイクにはまってしまう。

1話目で言えば「宇宙大作戦」が不思議なのはドラマとしての1話目が無い事。
カーク船長でのパイロット版である「光るめだま」も、「宇宙大作戦」の1話目になる「惑星M113の吸血獣」も、「歪んだ楽園」でもクルーが集まって初めてエンタープライズが出航して宇宙に飛び出すみたいな事が特に無く、どの時点でももう既にエンタープライズでの生活が続いているという状態で、1話目らしい始まりが存在していないのって何故なんだろう?
「宇宙大作戦」が特殊なのか、この時代のアメリカドラマってこういうやり方が結構あったのだろうか?

違和感は制服も。
24世紀の方のスタートレックシリーズを見慣れているとブリッジの士官の制服が黄色なのがどうにも違和感。
黄色の制服と言えばマイルズ・オブライエンを代表とする様に技術系の士官という印象が強過ぎて船長のカークが黄色なのがどうにも馴染めない。

あと、制服は下に黒いシャツを着て、その上にそれぞれの色の服を着ているのかとずっと思っていたけれど、この制服は首付近の黒い部分が色の服に縫い付けてある仕様なのも意外だった。
カークが戦いで服がビリビリになって首回りの黒い部分が縫い付けてあるのが分かったけれど何で首周りだけ別でなのか?とか、あの服一枚だけで素肌に着ているのが正式で一枚だけって気持ち悪くないのか?とか思ったりした。

今見るとピンと来ないのは「宇宙大作戦」の先見性や先進性が当時はどんな感じだったのか?という部分。
転送は今でもSFだけれど、シャトルで惑星に上陸するとその分特撮や撮影でお金がかかるからの転送と言う発想だと知ると、SFと言うよりも寧ろ低予算から転送を思い付いた方に感心してしまう。
通信機もトランシーバーの延長線上にあったからそれ程目新しくないのかと思うし、個人で通信機を持っているのに船内だと館内放送が入るとわざわざ壁に付いている通信機まで行ってスイッチ押して答えているのって、当時から通信機持ち歩けばいいじゃん!だったのかがよく分からず。
ウフーラが耳にはめている機器が単なるイヤホンなのか、見た目がマイクロフォンっぽいのでマイクも付いているのか分からないけれど、これも当時のSF感からすると進んでいたのかあるあるだったのかもピンと来ず。
登場人物達が何かを書いているらしいタブレット端末みたいな物も、それにカメラが寄らないので何なのかはっきりせず、見た目だと電子機器っぽくなく、しかも下士官が持って来てそれに何か書き込んで下士官が持って行くので、バインダーに挟まった紙に鉛筆で書いている感しかしなく、これも当時としてはSF感はあったのだろうかとピンと来なかった。

今回本格的に「宇宙大作戦」を見始めてシーズン1を見終わったけれど、どうにも微妙な話が多く、結構ながら見状態になってしまう事も多かった。
シーズン2・3と見るけれど、「宇宙大作戦」以降のスタートレックシリーズを見ないで行き成り「宇宙大作戦」から今「宇宙大作戦」を見ると大分きついと思ってしまい、もしわたしがスタートレックシリーズをある程度見ていないで新たにスタートレックシリーズを見ようと何も知らない状態で「宇宙大作戦」を見ていたら多分シーズン1の途中で止めていたと思ってしまった。
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン2
   宇宙大作戦 シーズン3
   スタートレックIV 故郷への長い道
   新スタートレック シーズン1234

WWEとUFCが合併するみたいだけれどよく分からない話

2023年04月14日 金曜日

WWEは以前は毎週の「This Week in WWE」を見て、WWEを放送していたCSのJ SPORTSは契約していなかったけれど毎月第一週目の日曜日のCS放送無料の日に「RAW」や「SmackDown」を録画して見ていた位ではあったけれど結構昔から見ていたのに、何時頃からかつまんなく感じて「This Week in WWE」だけを流し見位になってしまっていた所にWWEが本格的に日本から撤退し始め、「This Week in WWE」の地上波も2022年で終わってしまって、最近は大分溜まっていた「This Week in WWE」をちょこちょこ見ている状態で、ほぼAEWYouTubeで見るばかりになっていた。
多分、そのAEWに新たに登場したプロレスラーが誰なのかさっぱり分からない事があって、その人を調べたらWWEにいた人だったからの繋がりでなのかWWEの情報もちょこちょこ知ってはいて、ビンス・マクマホンが性的な不適切関係のもみ消しに口止め料を払った事がばれてWWEの会長を辞めさせられたというWWEのストーリーみたいな事をやっていてちょっと笑ってしまったけれど、この四月になって数年前にUFCを買収した会社エンデバーがWWEも買収して、WWEとUFCを合併した新会社を立ち上げるというニュースを見て、へ~…ってなった。

ただ、この情報だけで「何でWWEは売りに出されたの?」とか、「WWEとUFCを合併した新会社って何?」というそもそも的な部分が気になってアメリカのニュース記事も見てみたけれど、このなぜ?と言う疑問に対する答えがはっきりせず、物凄くモヤモヤ。

WWEって調子が良くて経営が厳しいみたいな話も無いようなのに身売りって何?と思って調べてみても理由はよく分からず。
ビンスが引退して数ヶ月後には取締役に復帰した時から買収の計画が進んでいたようで、ビンスが買収しようと企んでいたみたいで話によってはビンスが資産を増やす為とか言われているみたいだったり(結果実際株価が上がってより資産は増えているみたい)、復帰の時に取締役会からビジネス上復帰は良くないと警告されていて自分が作り上げたWWEをビンスは自由に出来なくなっていて、WWEを売り出す事によってビンスがWWEでの権力を得ようとしたとか(実際新会社でビンスは取締役となりクリエイティブ部分に口が出せるようになるという情報がある一方、取締役会での決定権は無いという情報等も)、結局何でかは分からず。

ビンスももう77歳で自分自身の終わりも考え、ビンスがWWEの前身団体を父親から買収して巨大企業にしたのでWWEを壊すのも終わらせるのも自分だ!という意図もあるのだったら、本当に「RAW」の放送内で「WWEは今回で終わりです!」とかやったらおもしろそう。

と言うか、ビンス引退後にCEOになっていた娘のステファニー・マクマホンがビンス復帰でCEOを辞めたとか、ステファニーの夫のトリプルHが現場の指揮を執っていたけれど、それもこの買収とビンスでどうなるのか?で、マクマホン一家のWWEでの本当の愛憎劇ってWWEよりもおもしろい。
多分後々映画にはなりそうだけれど、他の実際の話を映画化した映画だと結構フィクションにしてしまうので、それよりも関係者によるインタビューで構成されたドキュメンタリーでここら辺の実際の内輪話を見てみたい。
ただビンスの死後でないと皆口が堅いだろうし、WWEでの今後も考えると取材受けてもそれ程突っ込んで語らないかなぁ。

もう一つ、WWEとUFCの合併新会社もよく分からない。
合併した所でWWEとUFCのどちらもが何か影響を受けて内容が変わる訳でも無いだろうし、多分UFCを辞めた人がWWEに来易くなる位だと思うけれど、それも合併会社でなくとも同じ傘下の会社なら別に問題は無さそうだし、二つを合併したら何なのだろう?
アメリカだとWWEとUFCを見る層が結構被っていて同じ会社になった方が色々と得なんだろうか?
配信プラットフォームを一緒にして値段はこれだけとかがやりやすいとか?
多分、どちらも商売上の理由。お金の問題とかなのかなぁ。

ざっと調べてみた感じではビンスがいなくなった後のWWEの方が評判が良いみたいで、ビンスがまた権力を握ったらどうなるのだろう?だし、わたしはUFCは全然知らないのでUFCにいた人がWWEに来ても「そうなの…」程度で盛り上がらないし、UFC繋がりでまだブロック・レスナーが推されっ放しなら本当に…だしで、この買収でWWEっておもしろくなるんだろうか?が一番気になる所。

第57回スーパーボウル

2023年02月22日 水曜日

NFLは毎年レギュラーシーズンから見ていて、その総決算となるスーパーボウルは本来なら一年を締めくくる楽しみになっていたのに、今シーズンのスーパーボウルは過去一で興味が全然湧いて来なかったし、試合もつまらなかった。
理由はスーパーボウルに勝ち上がったフィラデルフィア・イーグルスとカンザスシティ・チーフスがわたしはどちらも興味が無いと言うか、むしろ楽しみに見ないチームだったから。

イーグルスって、カーソン・ウェンツがクォーターバック時代にレギュラーシーズンで強くて、そこではおもしろく見ていたけれど最終盤でカーソン・ウェンツが怪我をして控えのニック・フォールズがそのままスーパーボウルで勝った事が何か微妙で乗って行けず、ニック・フォールズは実力もあったのにその後の不遇さもあって、イーグルスって何か微妙…だったのが、若林がやたらとイーグルスのファンの治安が悪いって言うから段々とイーグルスの印象が悪くなってしまっていた。
日本でもプロ野球で優勝するとゴロツキや馬鹿が集まって来て暴動を起こしながら川に飛び込んだりする醜態の映像をヘラヘラ笑いながら見ている番組出演者とかを見るとゲロ吐きそうになって、そういうファンの治安が悪いチームって勝って欲しくないって思ってしまうのと同じでイーグルスも勝たなくていいよ…と思って見てしまっていた。

一方のチーフスもQBがアレックス・スミス時代は結構好きな方だったはずなのにパトリック・マホームズになってからは何故なのか余り好きではなくなり、他のチームだと面白がるトリックプレーもチーフスがすると何故かイラッとしてしまい、気付くといつの間にか好きではないチームになっていた。
それに加えて、ただでさえ鼻に付くアナウンサーがチーフス!チーフス!でウザいのにチーフスが勝つと更にウザくなるのでチーフス勝たなくていいよ…になったのがあるのかもしれない。

その両チームが第1シードで勝ち上がってのスーパーボウルなので、そりゃ興味は無く、結構ほったらかしで見ないままでやっと重い腰を上げて見てみれば、どっちかと言えばイーグルス勝てで見ていたのにチーフスが勝ってしまい、最後の方はウツラウツラで半分寝てしまっていた位興味無いまま終わってしまった。

ただ、やっぱりハーフタイムショーは見入ってしまった。
最近のアメリカ音楽に疎いので毎年ハーフタイムショーに出ている人が誰なのかよく知らず、曲も全然知らないけれど、舞台装置やカメラワークや演出や踊りで全然楽しく見れちゃう。
ハーフタイムショーはバッチリ目が覚めて集中して見入ったけれど、試合は前半後半何度も眠気に襲われ、眠気に負けながら、時々別の事をしながら、最終的には早送って見てしまった。

M-1グランプリ 2022

2022年12月19日 月曜日

やっぱり「M-1」ってお笑いの大会の中でも頭抜けておもしろい。

「M-1」だけは今もワクワク感があって、ここ数年は見た後の笑い疲れた感じとか、満足感とかがあって好き。

今年も全組おもしろく、ウエストランドが決勝に出ると知って、まさかとは思ったけれどの優勝で楽しかった。
ウエストランドが最終決戦に残った時は、別に「ぶちラジ」リスナーでもないけれど「ウエストランド行け!」と思ってしまったし。
ウエストランド応援している自分がいたのは長年の「カーボーイ」リスナーだからかな。
最終決戦も続けてウエストランドのあのネタだと後の人のネタが如何にもネタしている感でちょっとかすんでしまったかもで確かにウエストランドが一番おもしろく感じた。

ここ数年の東京勢が勝っているのもおもしろい傾向だし、キュウもそうだけれど、ついにタイタンが来たのもおもしろい。

あと、審査員は大吉先生は漫才に対しての見方でオール巨人の後釜な感じが少ししたし、山田邦子ってもっとかき乱すのかと思ったけれどそんなでも無かったし、結局出ている芸人がM-1で勝つ為と評価の為に松本人志の好みに寄って行かなくてはと思うならナイツ塙が言っていてみたいに審査員は毎年別の人で非常に流動的な方がおもしろいんじゃないかしらんとも思って見ていた。

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

2022年12月18日 日曜日

マイケル・ドハティ監督・脚本、カイル・チャンドラー主演の2019年のアメリカ映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズGodzilla: King of the Monsters)」
ゴジラ映画としては2014年の「GODZILLA ゴジラ」の続編の二作目。
モンスター・ヴァースとしては三作目。

一作目から五年後。
世間に巨大怪獣の存在が知られると世界各地に休眠状態の巨大怪獣が何体も発見され、その監視を秘密組織モナークが行っていた。
モナークの一員であるエマ・ラッセル博士は怪獣と交信出来る装置オルカを開発し、孵化したばかりのモスラの行動をオルカを使って制御した。
そこに謎の部隊が入って来てエマ・ラッセルと娘を拉致しオルカも奪った。
これを知ったモナークの芹沢猪四郎博士はエマ・ラッセルの夫マーク・ラッセルの下に行き拉致された家族を助け出す為に協力を得た。
エマ・ラッセルを探す芹沢猪四郎とマーク・ラッセル一団は五年間静かだったゴジラが行動し始めた事を知る。
謎の部隊はエマ・ラッセルを連れて南極に氷漬けになっているモンスター・ゼロをオルカを使って復活させようとし、ゴジラも南極へと向かい始めた。

Amazon プライムビデオで配信が終わりそうだったので見てみようと思い、一作目は確か見たはず…と思ってこのブログを調べたら五年前に見たと出て来たけれど五年前なので忘れているし、かつ一作目が全然だったので記憶が薄くなっているのかと思って改めて一作目を見てからこの映画も見てみた。

一作目がゴジラの初登場なのにゴジラよりもムートーの方が出番も説明も多いとか、芹沢博士はどれだけ人が死のうが「ゴジラを信じろ」だけで進めてしまう意味不明さとか、人間側の話のつまらなさとかでつまらなかったけれど、その続編はそれ以下のつまらなさだったかもしれない。

ゴジラは相変わらず何故他の怪獣と戦うのか?何故人間側についている感じなのか?とかはよく分からず、芹沢博士も相も変わらず「ゴジラは人間の味方」「ゴジラは自然の調和を取る」とかそれが何故なのかの理由も説明も無いままに押し切り、あれだけ町を破壊し人々を殺しまくっているにも関わらずゴジラを良い者にしたがる芹沢博士は終始ゴジラ狂信者にしか思えずついて行けず。
しかも、キングギドラや他の怪獣を復活させて町を破壊させて人々を殺して世界を浄化!と言っている敵側と、ゴジラが世界を救う!と言う芹沢博士が言っている事ややっている事が大して違わないので主人公側の正義の人であるはずの人物に共感出来もしないままで話が進んで行ってしまい、更に息子を殺されてゴジラを憎み、それでも何とか生きて来たマーク・ラッセルが何だか理由もよく分からないまま芹沢博士に共感して「ゴジラは良い者だ!」となって、誰にもついて行けず。

モナークの人々って、大勢の生死よりも怪獣様を信じなさい!ってこんな人間ばかりだから、そりゃあ世界各地が壊滅するよなぁ。
もしかしてこれって、自然や科学技術の脅威に対して馬鹿が管理するとトンデモない事になるよ!トンデモない被害を出した馬鹿でも称えれば英雄だよ!って言う皮肉なんだろうか?
だとしたら、この映画後の新型コロナ禍の日本や世界を予知していて凄い…という訳じゃあないか。

怪獣に関しても、ゴジラは前作から登場していたので飲み込めはしたけれど序盤のキングギドラが出て来た所で一気に安っぽくなって白けてしまった。
わたしは昭和ゴジラシリーズは全部見て、その時はその時代性や子供向け怪獣映画として怪獣も「まあねぇ」で受け入れられたけれど、これだけお金をかけて、結構大人向けにしている内容であの造形のキングギドラが出て来て、更に宇宙怪獣という話まで出て来るとどうしても安っぽ過ぎて駄目だった。
見て行くとゴジラとモスラが共闘したり、他にも怪獣が出てきたりと、ああこれは昭和ゴジラシリーズの中期以降の怪獣集合の怪獣プロレスをやっているのかと分かり、そのパロディ的な映画としてならおもしろい?のかもしれないけれど、それでもパロディ的ではなく多分真面目に大人も見れる大作映画として作っているのだろうと考えると結構きつかった。
もう、最後の方は出ている役者が真剣に演じれば演じる程何だか気の毒になってしまった。
モンスター・ヴァースとしてまだまだ続編は作る気だろうに、この早い段階でモナークの中心人物だった芹沢博士が死んでしまった時には「ああ、渡辺謙、これ以上やっても損すると思ってこのシリーズに見切りをつけたんだろうなぁ…」って思ってしまったし。

その渡辺謙は一作目でも思ったのだけれど英語が下手なので演技が下手に見えてしまう。
これって、日本人役だからわざと下手な英語と言うかディフォルメした日本人英語で喋っているんだろうか?
そうだとしたら例えばアメリカ人が英語で喋っている時は普通の演技なのに多分その場の指導で覚えた下手くそな日本語で喋ると一気に演技が下手にしか見えなくなるのと同じで、演技よりもまず英語でしょと思い続けていた。

怪獣部分もこの真剣な雰囲気を作っておいてゴジラが熱線吐いたり、キングギドラが雷線吐いたりしたら見た目の派手さはあるけれど子供向け昭和ゴジラシリーズと何が違うの?で雰囲気はどっかに行ってしまうし、キングギドラが謎能力で他の怪獣を制御したり、キングギドラに勝ったゴジラに他の怪獣が跪くとか、もう白けまくり。
やるんだったらキングギドラはM宇宙ハンター星雲人が操っていたとか、サングラスをかけただけの伊武雅刀が「私がX星人です」とか言わせないと流石に笑えもしない。

あと、音楽もよくなかった。
オリジナルの伊福部昭のゴジラのテーマの編曲版が使われていたけれど、何で二作目からで急にだし、使うなら一作目でだしでゴジラのテーマが流れて来ても燃えなかったし、怪獣大集合なんだから怪獣大戦争マーチの方だろとも思ってしまった。
モスラの歌も出て来たけれど、わざわざ双子設定なんだからチャン・ツィイーに「♪モスラヤ~モスラ~ ドゥンガンカサクヤン インドゥム~」って歌わせないと。

この映画、人間側は誰にもついて行けずに置いてけ堀で、全体的に真剣な雰囲気なのに怪獣達のノリだけは昭和ゴジラシリーズなのでチグハグ。
怪獣プロレスも物足りずで結局何も楽しめずにお終い。

☆★★★★
 
 
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