スタートレック ジェネレーションズ
2026年02月09日 月曜日デヴィッド・カーソン監督、ロナルド・D・ムーアとブラノン・ブラーガ脚本、パトリック・スチュワート主演の1994年のアメリカ映画「スタートレック ジェネレーションズ(Star Trek Generations)」
スタートレックシリーズの映画としては七作目ではあるけれど、六作目までの映画はテレビドラマ「宇宙大作戦(TOS)」のその後を描いたモノだったのに対し、この映画からは「宇宙大作戦」から百年弱未来を舞台にしたテレビドラマ「新スタートレック(TNG)」のその後を描いたモノになっている一作目。
ただ、「宇宙大作戦」からの人達も登場する。
2293年。U.S.S.エンタープライズBの初航海に招かれたジェームズ・T・カーク一行だったが、救難信号を送って来た宇宙船の救助にエンタープライズBが向かう事となり、謎のエネルギーリボンと遭遇してエンタープライズBも危機に陥る。
カークは船を救う為に奔走するがエネルギーリボンが直撃し、それによって死亡してしまったと思われた。
それから78年後の2371年。ジャン=リュック・ピカードが艦長を務めるU.S.S.エンタープライズDが観測基地からの救難信号を受け救助に向かうと以前エンタープライズBに救出されたエル・オーリア人のトリアン・ソランがいた。
ソランは調査に来たエンタープライズDの乗組員のジョーディ・ラ=フォージを人質に取って逃亡。
ピカードは同じエル・オーリア人であるエンタープライズDのバーテンダーのガイナンから、エネルギーリボンの中は理想が叶うネクサスと言う世界になっており、ソランはネクサスに行く為に何を犠牲にしてでも行こうとしていると聞かされる。
ピカード一行はソランを止める為に見つけ出そうとする。
インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目から順番に見始めて六作を見終わったら今度は「新スタートレック」の方の映画四作も公開されていたので見てみようと思い見た。
元々は「新スタートレック」のその後を描いた映画のその後を描いた「スタートレック:ピカード」を見ようと思ったけれど、どうせ見るなら「新スタートレック」を見てからと思い、それなら全部見た事が無かった「宇宙大作戦」を見てからと思い、「宇宙大作戦」を全話見て、「新スタートレック」も続けて見てはいたのだけれど、何やかんやしている内に2000年代までのスタートレックシリーズのテレビドラマを配信していたNetflixが1月8日に配信を全部終了してしまった為に「新スタートレック」はシーズン6の途中で中断してしまい、本当ならシーズン7の最後まで見てから映画を見たかったのだけれ最早何処でも配信していない様だし、「宇宙大作戦」の方の映画六作もYoutubeでの配信が終わっているので「新スタートレック」の方の映画も配信が何時終わるのか分からないので、以前CSで放送していた時の録画を引っ張り出して来て何話かを見てからのこの映画。
「新スタートレック」がテレビの地上波で放送していたのを見出してスタートレックシリーズにはまり、この映画も公開時に見に行ったはずで、大体の内容は覚えていた。
ただ、その時は「宇宙大作戦」やその後の映画を見ていなかったので、カークが出て来ても知ってはいたはずだけれど、多分「そういう事なのね…」位にしか思っていなかったはずで、今回「宇宙大作戦」とその後の映画を全部見てからだとカークに対して思い入れが入って、そこでもおもしろかった。
始まりから新型のエンタープライズBがドックから発進するなんて、映画一作目の「スター・トレック」の新型エンタープライズAの引用っぽいし(その映像を使い回した「スタートレックII カーンの逆襲」も)、発進して直ぐに救難信号を受けて救助に向かうのも映画でのあるあるだし、危機に瀕して口を出したいけれどぐっと抑えるカークは映画二作目っぽいしで、ここの始まりだけでも楽しめてしまった。
ここでのブリッジの奥に「スタートレック:ヴォイジャー」のトゥヴォック役でお馴染みティム・ラスが士官役でいるのだけれど、パッと見て「あ!トゥヴォック!」と思ったら耳が尖がっていないのでヴァルカン人ではない地球人?の士官らしく、どうやらトゥヴォックではないらしい。
「ヴォイジャー」のシーズン3の2話目「伝説のミスター・カトー」でトゥヴォックはこの23世紀の時代では既に宇宙艦隊の士官で、ミスター・カトウの指揮するエンタープライズBと同型のエクセルシオール級のU.S.S.エクセルシオールが初着任だったと言う話が出て来るので、まあややこしい。
この映画の撮影の約六か月後に「ヴォイジャー」のパイロット版の撮影があったようなので、この映画でティム・ラスはトゥヴォック役が決まったのだろうか?
ティム・ラスは「新スタートレック」と「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」各一話ずつ出演しているそうで、一度出演した役者を後から重要な別役で登場させるって「新スタートレック」でやりがち。
そう言えば、このエンタープライズBのブリッジの士官で「24 -TWENTY FOUR-」のアーロン・ピアース役でお馴染みグレン・モーシャワーもいた。
で、そこから「新スタートレック」の方になるんだけれど、「新スタートレック」を見ていない人が一本の映画として見たらよく分からないと思う「新スタートレック」からのそのままの「新スタートレック」をやっていて、「新スタートレック」を見て来た人にとってはお金のかかった「新スタートレック」ではあるので楽しめる内容。
展開も一作目の映画ではあるのでレギュラー陣をある程度満遍なく見せるのかと思ったら、今回はカークが登場する事もあってピカード中心回にして、そこにデータの人間性を足した内容で、この主の話に脇の小さい話を合わせるという構成は正に「新スタートレック」。
ただ、ピカードは「新スタートレック」ではあれ程冷静沈着だったのに、分かるとは言え身内の不幸で動揺し過ぎ、うろたえ過ぎではあり、まあこれもネクサスに囚われそうになる事への振りではあるので、ちょっと脚本にピカードという人物像が振り回され過ぎた感じがあった。
敵となるソランの行動原理は分かるものの、人物の背景がほとんど描かれないので感情移入が出来る敵役としては弱く、最後の戦いは微妙。
だからなのか、何故かソランとクリンゴンが手を組んでいて、そのクリンゴンがルーサとベトールのデュラス姉妹という濃い所を持って来て、エンタープライズが落とされるという派手な場面まである。
エンタープライズDってデュラス姉妹が落としたんだったのかと認識。
クリンゴンとして色々と名を残すなぁ、デュラス姉妹は。
ここら辺の、恒星を破壊出来てしまう技術を本来の目的とは違って兵器として奪いたいクリンゴンと言うのも、「スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!」のジェネシス計画を奪おうとするクリンゴンっぽい。
それにしても映画になるとエンタープライズを壊したがるのは映画の伝統か。
エンタープライズAは映画三作目でだったけれど、エンタープライズDは映画になった途端って、ちょっとどうなの?とは思ってしまった。
まあ、エンタープライズDの破壊は「新スタートレック」で七年も見たから映画の一作目ででも感傷はあったけれど、映画になったので…の心機一転感は物凄い。
でも、製作の話を見てみると、テレビ画面の「新スタートレック」から映画になると細かい所まで見えてしまうのでエンタープライズDも結構手直ししたらしいので、それなら今後の映画の映像的にも新たな船を作ろうという事になったのかしらん?
最後にピカードとウィリアム・ライカーが壊れたエンタープライズDから転送で去って行く場面が終わりになっていたのは良かった。
エンタープライズDで気になったのは、「新スタートレック」でのエンタープライズDの見た目は白いのに実際に売られているエンタープライズDの模型等を見ると全体的に色が青っぽいと思っていたのだけれど、この映画での分離した円盤が青く、これは元々意図していたエンタープライズの色に作り直したそうで、これが模型にも行っていたのかと思った。
あと、演出の意図としてなのかエンタープライズの中が暗いのも気になった。
全部屋薄暗く、窓からの光が強く入って来るのに違和感。
この薄暗さだと皆目が悪くなりそう。
明かりの下でテレビで見る「新スタートレック」ではなく、映画館の暗い中で見る映画だからの見た目なのか?
ネクサスに行っていよいよカークが登場するのだけれど、やっぱりカークとピカードが並ぶと不思議な感じ。
カークだけが映ると「宇宙大作戦」で、ピカードだけだと「新スタートレック」になっていて、本来なら会わないエンタープライズの船長と艦長が会うのは感慨深かった。
二人の対比もおもしろく、ネクサスから出ようとする理由もピカードは責任感や義務感からで、カークは何か本物ではない、楽しい感じがしない、冒険を取るというやっぱりなカークで、「宇宙大作戦」と映画を見てからのこのカークを見ると「これこそカーク!」と楽しくなってしまった。
そしてソランとの対決もカークとピカードでの殴り合いって、「新スタートレック」からしたら「それはない…」なんだけれど、「宇宙大作戦」からしたら「これこれ!」とやっぱり楽しい。
それより前にピカードが珍しく現場に赴いてソランと殴り合うって「新スタートレック」からしたらまずないけれど、これもカークへのオマージュなんだろうなぁ。
カークの結末も「宇宙大作戦」ならカークが少々傷付いてもネクサスに帰って行くという結末になりそうなのに本当に死んでしまい、この映画がカークとしての最終回なのか。
この映画でも何があっても手放すなと言って、あれだけエンタープライズに対する愛(執着)があったカークだけにエンタープライズで死なせてあげても良かったのでは?と思ったのだけれど、見ていた時には全く気付かなかったけれど最後カークが橋の下敷きになって死んでしまったのって「艦橋のブリッジ」とかかっていたと何かで見て成程とは思った。
演技では断然パトリック・スチュワートなんだけれど、画面上の華やかさで言えば歳を取ってもウィリアム・シャトナー。
「新スタートレック」を見て慣れているし、どういう人物かは分かってはいるけれど、見栄えだとパトリック・スチュワートは地味な感じ。
それにウィリアム・シャトナーはどうしても生え際が気になって目が行ってしまうし。
特に横にいるのがパトリック・スチュワートだし。
ネクサスに入ってからのピカードやカークを見ていたら凄く怖くなってしまった。
ネクサスが現実ではない事が分かりつつも自分の理想が叶って非常に心地良い世界って見ていると恐怖を感じ始め、これって人は自分が思い描く理想に引っ張られ続けるけれどそこには辿り着く事は決して無く、その理想でさえ虚構でしかない事が分かってしまい、更に現実には理想は無くて虚しさやそこにいるだけの感じしかないと分かってしまうとネクサスが怖くなり、それにスタートレックを見ている事自体がネクサスを覗き込んでいる感じもしてしまって、このネクサスはわたしにとっては結構な恐怖体験だった。
Youtubeでの配信は日本語吹き替えだけだったのだけれど、この映画公開時は近年みたいに映画館で吹き替え版がある事が多いみたいな事もなく、長期に渡って吹き替えで放送していた「新スタートレック」の映画版でさえ字幕だったので、公開時に見た時には吹き替えで見たかったはずで、それが今吹き替えで見れるのは嬉しい所。
ただ、少し違和感を感じたのはデータの吹き替え。
この映画ではデータがエモーショナルチップを入れた事で感情を表に出していたけれど、それ以前の今までのデータの時から吹き替えの大塚芳忠が大袈裟な感じ。
感情を出したデータは大袈裟過ぎた感じがしてしまった。
それに一番の悪手が、ピカードがネクサスで見た自分の家族の奥さんの吹き替えが一城みゆ希だった事。
その声で「え、ピカードが思い描く理想の家族の妻って、ビバリー・クラッシャーだったの!?」と思ったら全然別人。
吹き替え版の制作費が少なくて他に声優を用意出来ないのは分かるけれど、この役は一城みゆ希では駄目だろう…と思った。
あと、音楽がやっぱり映画になるとテレビでのメインタイトルを使わないも伝統なのかな?
これまでの映画でも「宇宙大作戦」の音楽は鳴らず仕舞いだったけれど、この映画でも「新スタートレック」の音楽が鳴らないのは物足りない。
でも、音楽担当のデニス・マッカーシーが「DS9」や「ヴォイジャー」の音楽も作っていたからか、途中で物凄く「DS9」や「ヴォイジャー」のメインタイトルっぽい部分があった。
この映画、多分スタートレックを知らない人にとっては?が多過ぎるんだけろうけれど、「宇宙大作戦」からの映画からの「新スタートレック」を見たわたしはおもしろった。
ネクサスから戻ると少し前の時間に現れる所は有耶無耶で強引な感じではあったけれど、「新スタートレック」のそのままの続編でもあり、「宇宙大作戦」からの映画の終わりでもありで、様々な物を繋ぐ話としてはとても良かったと思います。
☆☆☆★★
関連:宇宙大作戦 シーズン1・2・3
映画スタートレックI・II・III・IV・V・VI
新スタートレック シーズン1・2・3・4・5