ダーティハリー
2012年02月18日 土曜日クリント・イーストウッドと言えば、最近だと名監督と言う印象だが、やっぱりガンマン。その印象は初期の西部劇から来ているけれど、やっぱり大きいのはハリー・キャラハン。そのハリー・キャラハン登場の第一作目「ダーティハリー(Dirty Harry)」。
快楽無差別殺人者、電話を使って翻弄させ弄ぶ、犯罪者を裁けない法律等、刑事モノ・犯罪モノの映画・ドラマで今でも使われ、もはや古典的になった題材がふんだいに盛り込まれている。それらはこの映画が当たり、ここから広がって行ったのだと思える。
重めの話なのだけれど、この映画をおもしろく、ワクワクさせるのは、やっぱりクリント・イーストウッドのハリー・キャラハン。普段は言葉数は少なく、しかし決める所ではニヤッとする台詞を吐き、ぶれない姿勢はカッコ良過ぎる。無茶をして行き過ぎても、置かれた周りの状況から全く持って彼を応援する様になる脚本の設定も上手いのだけれど、クリント・イーストウッドの渋み溢れる、大人な人物が上手いし、非常に良い。
それと更に良かったのは、これが吹き替え版で放送され、クリント・イーストウッドが山田康雄だった事。最近見たポワロのデヴィッド・スーシェがばくさんこと熊倉一雄ではないといけない様に、クリント・イーストウッドは山田康雄じゃなきゃどうしても違和感がある。山田康雄無き後に彼が吹き替えたクリント・イーストウッドを見るのには、不思議な感慨あった。
この吹き替え版は、出ている声優の顔ぶれや、富永みーなの名前があったけれど多分子供の吹き替えで子供の時の声だと思うので、1970年代のそのままの吹き替えだと思う。確かにその役者の声優の吹き替えは良いのだけれど、音関係は結構酷い。時々クリント・イーストウッドが本当は何と言っているのか聞こうと思い音声を切り替えて見ていたら、日本語版はモノラルだと気付いた。それに本来の音では、環境音や反響等があるのに対して、日本語音声ではそれらが無くなっていたり、酷いのは本来の音とは違う音、ベルの音や打撃音等を何故かオリジナルとは違う音を勝手に入れていたりも。音楽も同じ音楽の別の部分を編集して流していたりと酷い事になっていた。一番酷いと言うか、間抜けだったのは、叫んでいたバスの運転手を殴って気絶させたのにまだ「ギャー!」って叫んでいた所。昔は声優の演技は上手かったけれど、日本語版の制作はだいぶとアレだったとは。
確かに、ハードボイルドな静かだけど熱過ぎる刑事モノで、これ以降の色々なモノに影響を与えているのも分かるし、この渋くてカッコ良いおっさんの映画は好きな映画。だけれどもこれ、最後非常にきっぱりと、すっきりと上手い事終わっているのにも関わらず、続編が5まで出来ているのはどうなのだろう?続編が見たい所。
この映画を見終わってから調べてみて驚いたのは、44マグナムって拳銃の名前や形式じゃあなかった事。ルパン三世のワルサーP38と並び、全然銃器に詳しくない人でも知っている銃の一つだと思っていたら、弾丸の事だったのか。
それよりも驚いて唸ったのは、この映画で強烈な印象を残す犯人スコルピオを演じていたアンディ・ロビンソン(Andrew Robinson)って、あのガラックだったとは。歳を取った顔見てると「何処かで見た様な…?」と考えていて、フィルモグラフィーの「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」のガラックを見付け、顔が一致した時に驚きで声を上げてしまった。そう、あの仕立て屋。カーデシア人なので本当の顔を知らず見続けていたけれど、今2012年に1971年の映画のスコルピオでガラックを気付くとは。そう言えば、レギュラー陣が何時もの宇宙ステーションではなく、素顔で1950年代のアメリカの設定で話が進んだ「夢、遥かなる地にて(Far Beyond the Stars)」に素顔のガラックて出ていたっけ?