燃えよデブゴン10 友情拳

2026年09月26日 土曜日

サモ・ハン・キンポー監督・脚本・出演・武術指導、カサノバ・ウォン主演の1978年の香港映画「燃えよデブゴン10 友情拳(贊先生與找錢華 Warriors Two)」

両替商で働いているファーは、両替商の主人が手下を集めて町長を暗殺して町長になって町を乗っ取る計画を話しているのを聞いてしまう。
ファーに計画を知られたと分かり、両替商の主人は手下を使ってファーを襲うが、ファーは何とか逃げ出せた。
手負いのファーは知り合いのデブ春に助けられ、デブ春の詠春拳の師匠ツァンの下へ運ばれて手当を受けた。
両替商の主人は手下に町長を襲わせて町長代理となり、手下にファーを見つけ出させようとしてファーの母親を殺害。
それを知ったファーは復讐に行こうとするが、今のままでは勝てないとデブ春に止められ、ツァンの弟子となり修行を始める。
しかし、ツァンが手下に襲われて死亡し、ファーはデブ春とツァンの娘と共に復讐の為に敵の下に乗り込んで行った。

古い香港映画を見る流行が来ていて、その中でサモ・ハン・キンポーの映画を古い順に見ようと思い調べていたら、配信の中にデブゴンシリーズの「デブゴン10」と「デブゴン7」があったので、これだけシリーズが続いているなら順番に見て行った方が良いのかと思って調べたら、映画「燃えよデブゴン」が当たったので、それ以降のサモ・ハン・キンポーの映画は何も関連性も無いのに邦題を勝手に「デブゴン」と付けて行ったそうなので、関係無いならという事で製作年代が古い方から見たこの映画。

映画の初めにツァンとファーのカンフー映像と共に紹介台詞があって、この二人が原題の贊先生と找錢華の事なので、この二人が主役なんだろうとは思って見始めると初めはサモ・ハン・キンポーのデブ春の話ばかり。
その後デブ春がファーと出会って本題が始まって行くので、誰が主人公なのか分からないままで進んで行って結構混乱したままで見ていた。
この時代位の香港のカンフー映画って、やたらと脇役や敵役の行動に時間を割いて、主役のはずの人が全然出て来なくなって暫くしてから主役の話に戻ってという事がよくあり、それがこの映画でもなので主役のファーの印象が薄く、笑い担当で、しかも動けるデブのサモ・ハン・キンポーの方が印象が強いし、師匠ツァンは出番は多くないものの拳法の動きの理由をちゃんと説明しながら拳法を見せるのでこちらも印象は強く、中盤辺りまで誰が主人公なのか分からなくなって来る。
最後はファーとデブ春と娘で乗り込むので、まあファーとデブ春の物語なんだろうとは思うのだけれど。
それだと原題はよく分からなくなって来るし。

展開としては最後に乗り込む人がファーとデブ春なのは分かるし、殺された師匠の娘がいるのは分かるのだけれど、この娘の存在は微妙。
娘は序盤で出て来てはいたけれど出番はほとんど無く、最後になって急に主要人物に格上げされた感じ。

何だそれは?と思うのは他にもあって、そもそも敵の主人は町長になるのが目的ではあるけれど町長になってどうするのかを言わないし、描かないので敵が曖昧な存在のまま。
町長になって更なる高利貸しで暴利を貪るとか、町長の権利で町の運営を自分に有利にするとかも無く、表向きの顔は非常に良い人で多くの人からの人望が厚いのでそのままで良いのに何がしたいのか分からなく、この人は何が目的なの?とずっと思っていた。

一番の不可解だったのが、最後の戦いで敵の主人が突然顔に手をかけたと思ったら今までの白髪や白い髭は実は仮面で、下の本当の顔は黒髪で若い人物だった!となる事。
これは何の前振りも無いので、正体は実は…!をやる意味が分からない。
しかも、この本性を表す事に対してこの後にも何の説明も無い。
確かにこの主人は若い人が演じているのに白髪というのが不自然ではあるけれど、この時代の香港映画だと若いのに年寄り役というのが結構あるのでそのまま見ていたので不自然さはそれ程無かったけれど、ここら辺はよく言われている台本が無かったという香港映画だからか、大筋だけ決めて、その場で思い立った事、最後に驚きを入れたかったからかなぁとは思う。
それとも若い人が年寄り役をする事に対する皮肉か何かだったのだろうか?

話は、この時代の香港カンフー映画で多発する、悪者が主人公側の財産を狙ったり、顔を潰す為に嫌がらせを続けるけれど主人公側がそれに耐え、でも結局は最後に主人公が敵を皆殺しにするというお馴染みの展開なので大しておもしろくはなかったけれど、中盤の師匠の下での修行はおもしろかった。
ちゃんと師匠がこれはこうだからこういう動きになるとか、この訓練によってこうなるとかを全部一々説明してくれる。
こういうカンフーモノだと特に説明せずにとにかくやれでやらせて、それが後にこういう動きを学び、訓練する為のモノだったと分かるのが多い中で、非常に理論的に拳法を説明するのは関心してしまった。
その分か、最後の戦いであの訓練がこれになったというのは弱かったけれど。
それに、修行方法もおもしろく、多分師匠発案の自動でこちらに迫って来て、押し返せると止まる木人とか、棒を使って輪っかの向こうにある玉を付くとか、棒で種を割るとかの修行は無茶苦茶と現実味が合わさっていて、ニヤニヤしながらも納得して見れた。

この映画、「デブゴン」と思ってサモ・ハン・キンポー目当てで見るとサモ・ハン・キンポーが主役という訳でもないので微妙だし、話は典型的だし、カンフーはそんなに目を引く訳でないのに結構多めで飽きる部分はあるけれど、中盤の説明付きの修行場面は関心を持って見れて、そこはおもしろい映画でした。

☆☆★★★

少林寺怒りの鉄拳

2026年09月23日 水曜日

サモ・ハン・キンポー監督・脚本・主演・武術指導の1977年の香港映画「少林寺怒りの鉄拳(三德和尚與舂米六 The Iron Fisted Monk)」

伯父の店で働いていたチョンは店に現れた満州人のチンピラによる暴行で伯父を亡くした。
その場にいた三徳和尚がチンピラを追い払い、三徳和尚の勧めでチョンは少林寺に入って武術の修行をする事となった。
しかし、復讐に焦るチョンは修行途中で下山してしまった。
三徳和尚を頼り、三徳和尚が住む町に行くとそこでも満州人が幅を利かせており、それに反抗したチョンは目を付けられる様になる。

古い香港映画を見る流行が来ていて、その中でサモ・ハン・キンポーの映画を続けて見てみた。

サモ・ハン・キンポーの初監督で初主演映画で、話は当時によくあった、悪者が好き勝手して主人公側の工場や財産を乗っ取ろうとして、それに耐えて最後に皆殺しという粗製乱造された展開の話で別におもしろくはなく、後のサモ・ハン・キンポーの笑いへの方向があるのにやたらと陰惨な内容を見せ付けたりと、方向性がバラバラでも特に気にしていなかった当時の香港映画らしい映画。
内容としてはおもしろくはなく、そこよりも何故か陰惨な場面を長く見せるので非常に不快だった。

悪者が悪い事するのは典型なのでいいのだけれど、この悪者の描き方が楽しく見れるカンフー映画ではない。
道端で遊んでいる子供にちょっかいを出して髪の毛を切る時点でも結構引いていたのに、イラッとすると刀で刺し殺そうとして非常に引いた。
そのすんでの所でサモ・ハン・キンポーが介入しては来るけれど、この悪者はお金を狙う様な悪い人間とは違い、完全に何かの精神的な病気にしか思えなかった。
更にその上司は人の家に押し入って強姦をし、その相手が三徳和尚と仲の良い労働者ジンリョンの妹で、ジンリョンが妹に相手を問い詰めて妹は自殺してしまう。
更にその後、敵は今度はジンリョンの妻を強姦して、その場にいた母親も死んでしまう。
そこに敵に攻撃されて死にかけのジンリョンがやって来て、その後死んでしまうという展開。
何で同じ事を二度もするのかが分からない。
しかも、ちゃんと女性の裸を見せ、素っ裸の女性の股間に敵の頭が来て画面上で隠したり、強姦場面を長く見せたりと非常に悪趣味。
しかも、ジンリョンは妹が死んだ暫く後にサモ・ハン・キンポーと共に売春宿に行って喜んでいる話になり、登場人物の考えや行動が壊れており薄ら怖かった。
これって映画会社としてはまだ新人のサモ・ハン・キンポーでは引きが無いと思ってエロ要素を入れる様に言われたのかと思いはするけれど、1970年代のカンフー映画を幾つか見た中でこんなに直接的にしつこく描いた映画を見た事がなかったので、ここまで強姦場面を長く見せたり、更にもう一度となると、もうこれは監督・脚本のサモ・ハン・キンポーの趣味じゃないの?と穿ってしまった。
ここで付いて行けず、終盤は流し見。
悪者が工場の乗っ取り工作を仕掛けるけれど失敗すると皆で押し寄せて作業員を皆殺しにするという、これまでは何だったんだという頭の悪さでサモ・ハン・キンポーと三徳が敵の下に乗り込むなら前段はいらないし。

それに、やっぱりこの当時の香港映画の、主人公をはっきりと出しているのに周りの人物や敵側の話に時間を割き、主人公が全然出て来ない時間が来て、最後の方になってそう言えばサモ・ハン・キンポーが主役だったと思い出す様な構成も変わらずある。

最後の戦いは、そこまでに死んだジンリョンとサモ・ハン・キンポーや三徳との関係性がそんなに描かれないので悪者の行動に怒っただけに見えてしまったし、相手を殺しても「南無阿弥陀仏」と言えば済んでしまうと思っている三徳の狂気が怖かったし、映像がカンフーが凄いんだぞと見せる為にあからさまに早回しにして素早く戦っている様に見せるので、まるで1.2倍速、1.5倍速で見ている様なチャカチャカと動いて見辛い。

この映画、悪役の描き方で引いてしまい、まあ楽しくはなかったし、おもしろくもなかった。
サモ・ハン・キンポーの映画を色々見てからサモ・ハン・キンポーの初監督初主演だから見てみようで見るとサモ・ハン・キンポーへの評価が悪い方へ大きく変わってしまう様な気がしてしまった映画でした。

☆★★★★

スカイホーク 鷹拳

2026年09月21日 月曜日

チェン・チャンホー監督、関徳興(
クワン・タッヒン)
主演の1974年の香港映画「スカイホーク 鷹拳(黃飛鴻少林拳 The Skyhawk)」

黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)は旧友の還暦祝いの為に弟子のフェイフェイを連れてタイまでやって来た。
その道中、道場破りをした為に道場主から追われていたシャオシーズをウォン・フェイフォンが助け、シャオシーズも同行する事となった。
旧友は倉庫を経営していたが賭博場や密輸等を行う悪党のグー一味から狙われており、ウォン・フェイフォン一行もグー達からの嫌がらせに巻き込まれてしまう。
更にはグーはシャオシーズを追い掛けて来た道場主も味方につけ、ウォン・フェイフォン一行を襲って来た。

古い香港映画を見る流行が来ていて、その中でショー・ブラザーズの映画を色々と見たのでゴールデン・ハーベストの映画も見てみようという事でサモ・ハン・キンポーの映画を検索していて見つかった中で一番古い映画だったので見てみた。
この映画ではサモ・ハン・キンポーは弟子のフェイフェイ役で、かつ武術指導もしている。

話は香港映画のカンフー映画でよくある、悪者が主人公側の工場や財産を乗っ取ろうとしてちょっかいをかけて来て、主人公側がそれに耐えて最後に敵を皆殺しにするという何度も見た展開なのでそんなモノではあるのだけれど、よく分からないのが舞台設定と時代設定。
何でウォン・フェイフォンがタイに来る必要性があるのかがさっぱり分からない。
調べてみてもウォン・フェイフォンがタイに行ったという実際の話は無いみたいだし、わざわざウォン・フェイフォンという題材でタイでの撮影の意味は何なのかと思うと、タイでの撮影にお金かける意味は見た目が一風変わるとか、話題性とかの映画会社の都合だったんだろうかとは思う。
でも、最後の戦いは何故かタイでの撮影からの急にスタジオでの撮影になったりしているし、ここら辺の都合がよく分からなかった。

それに時代もよく分からず、ウォン・フェイフォンは清の時代の人で1925年に亡くなっているのに、この映画のタイでの撮影では遺跡を見せて何時の時代かを曖昧には見せているものの、町や家やタイの人々の服装等は1970年代そのまま。
ウォン・フェイフォンや弟子も皆辮髪でもないし、まるでウォン・フェイフォンが当時の現代のタイに現れたかの様な見た目しかなく、クラクラして来る。
もう、ウォン・フェイフォンがタイに行く!という企画が決まっただけで、そのまま突っ走って撮影してしまっただけの様な気がした。

よく分からなかったのは主役のウォン・フェイフォンを演じるクワン・タッヒンもで、世代的にウォン・フェイフォンと言えばジェット・リーことリー・リンチェイの印象が強く、若いウォン・フェイフォンの印象が強い所におじいさんのウォン・フェイフォンなのでまず違和感が先行。
ゴールデン・ハーベストがショー・ブラザーズを追い抜け追い越せでやっていた時代の映画の主役がこのおじいさんなの?と思ってしまい、疑問に思ったので映画を見ながら色々調べてみたら納得。
このクワン・タッヒンはウォン・フェイフォンを題材にした映画の中で一番初めに作られた1949年の映画「黃飛鴻傳」でウォン・フェイフォンを演じた人で、この映画以降七十作以上もウォン・フェイフォンを演じていて、ウォン・フェイフォンと言えばクワン・タッヒンだったみたい。
しかし、1970年頃にはウォン・フェイフォンの映画の製作が終わって、クワン・タッヒンは半引退状態で武術学校を開いていたりした中、ゴールデン・ハーベストが久々にクワン・タッヒンにウォン・フェイフォンを演じさせたという映画だった事が分かった。
こういう状況だと当時の香港の人はクワン・タッヒンのウォン・フェイフォン映画に盛り上がっただろうし、このおじいさんのウォン・フェイフォン映画で集客が見込めたのか。
しかも、クワン・タッヒンはこの当時69歳で、この当時のこの年齢を考えると非常に若く見えるし、カンフーもちゃんとしていて、この年齢には見えないので当時見た人は「おー!」となったんだと思う。
しかし、やはり歳ではあるのでクワン・タッヒンのアクション場面は多くはなく、サモ・ハン・キンポーやカーター・ワンが多め。
そのサモ・ハン・キンポーは当時22歳と若いので動きは切れが良いし、これ以降の陽気な人という要素も入っていて、サモ・ハン・キンポーを見るにしても結構おもしろかった。

この中ではサモ・ハン・キンポーを知っているので、どうしてもサモ・ハン・キンポーを中心に見てしまったのだけれど、そうすると誰が主役なのか分からなくなり、サモ・ハン・キンポーを差し引いても主役となる人物に話を絞り切れていない感じが強かった。
群像劇と言えば良いけれど、どの人物にも時間を割き過ぎで主役が誰なのかが分からず話は散漫。
中盤辺りまでウォン・フェイフォンはそれ程焦点は当たらず、初めに強さを見せたシャオシーズがウォン・フェイフォン一向に途中加入したのでこの人が主役になるのかと思いきやそうでもなく、サモ・ハン・キンポーも結構目立つし、この時代の香港のカンフー映画で多い、敵側の話に時間を多く割くのがこの映画でもあり、結局誰を主人公に何を見せたいのか分からない。

ウォン・フェイフォンも敵の嫌がらせに対して弟子達にやたらと我慢する様に言うのだけれど、これが自分達が友人の所で世話になっているから揉め事を起こすななのか、武術の精神として手を出してはいけないなのかがよく分からなかったし、結局ウォン・フェイフォンが何もしないので友人達は次々と殺されて行くし、結局ウォン・フェイフォンは敵を皆殺しにしてしまうしで、何だかなぁ…。
悲劇を描くにはしょっぱい感じばかり。

あと、何故邦題が「スカイホーク 鷹拳」なのかもよく分からない。
別に映画内で鷹拳なんて出て来ないし。
多分、何らかの理由で英語の題名を「The Skyhawk」と付けたので、そこから「スカイホーク 鷹拳」にしたのかも?

この映画、謎の当時のタイを舞台にウォン・フェイフォンがいるという不可思議な設定、かつ誰を主役に見せたいのかよく分からない展開に、悪党がずっと嫌がらせを続けるだけの面白味の無い展開とおもしろくはない映画だったけれど、クワン・タッヒンという人を知れ、そのクワン・タッヒンの眼力凄まじいウォン・フェイフォンを見れたという部分だけでも良かった映画かもしれません。

☆☆★★★

Vivaldiの「バックグラウンドのタブでリンクを開く」で訪問済みリンクの色を変える方法

2026年09月06日 日曜日

わたしが使っているブラウザ「Vivaldi」は色々と自分好みに出来て使い勝手が良いのだけれど、元々の設定で勝手にアップデートする様になっていて、それもアップデートを自動でダウンロードしてブラウザを再起動すれば最新版になるのは便利ではあるものの、そのアップデート後のバージョンが今までとは挙動が違う事が時々あり、今回もまた微妙な不便さが出て来てしまった。

日々の作業の中で幾つも並んだリンクを全部クリックして見るのは面倒なので、右クリックの「バックグラウンドのタブでリンクを開く(L)」でキーボードの「L」を押してリンク先を新しいバックグラウンドのタブで出しておいて、それをタブを右クリックして「右側のタブをすべて閉じる」で一気に全部閉じるとリンクの色が変わって何処まで確認しましたが分かるので便利だった。

ただ、今回のアップデートで、この「バックグラウンドのタブでリンクを開く」でリンクを開いてもリンクの色が変わらなくなってしまった。
どうにもならないので、一々リンクをクリックして新しいタブで見た瞬間にタブを閉じて行ったけれど、これが微妙に不便。

どうにかならないモノかと、こういう条件が多い調べ物は対話型生成AIプログラムでという事で調べてみたら、Chromium ベースのブラウザで導入されたプライバシー保護のため訪問履歴をサイトごとに分離する「Partition the Visited Link Database」の機能が有効になったらかららしい。
これはユーザーの閲覧履歴を悪用したプライバシー侵害を防止する為の策らしく、仕方ないみたい。

しかし、やっぱり不便なので更に対話型生成AIプログラムに尋ねてみると、

・アドレス欄に「chrome://flags」を打ち込む。

・検索欄に「Visited」または「Partition」と入力。

・「Partition the Visited Link Database」と「Partition the Visited Link Database, including ‘self-links’」の欄を「Disabled(無効)」に設定。
・Vivaldiを再起動。

と出て来たのだけれど、「Visited」や「Partition」で検索しても何も出て来ない。
どうやら何時しかの時点で「Partition the Visited Link Database」が削除されたらしく、これでは無理だった。

更に尋ねてみると、

・Vivaldiを終了させ、Vivaldiを起動させるショートカットを右クリックして「プロパティ」を出す。

・「リンク先」のアドレスの後に半角スペースを入れてから「–disable-features=PartitionVisitedLinkDatabaseWithSelfLinks」を追加する。

・Vivaldiをそのショートカットから起動。

と出て来たのでしてみると、「バックグラウンドのタブでリンクを開く」でリンクを開くとちゃんとリンクが訪問済みで色が変わる様に戻った。

上記でも駄目な場合は「リンク先」のアドレスの後に「–disable-features=PartitionVisitedLinkDatabase,PartitionVisitedLinkDatabaseWithSelfLinks」を入れてみれば良いと出て来もした。

アップデートは良いけれど、それで挙動が変わると今までの様にしたいので情報を探して試してみないといけないのは御勘弁。

北京原人の逆襲

2026年08月31日 月曜日

ホー・メン・ファ監督、ダニー・リー主演の1977年の香港映画「北京原人の逆襲(猩猩王 The Mighty Peking Man)」。

興行師のルーはヒマラヤの奥地で発見された巨大な北京原人の存在を知り捕獲して香港に連れて来て一山当てようと考え、知り合いのチェン・チェンフォンと共に北京原人捜索隊を組んで出発した。
途中の道の険しさや野生動物の襲撃によって同行人達が次々と死んで行き、ルーは一人で帰ってしまうがチェンは一人で奥地へと進んだ。
やがてチェンは一人の欧米人女性アウェイと出会い、彼女が子供の時に飛行機が墜落し、両親が死んでしまった為一人で生きて来た事を知った。
そこに巨大な北京原人が現れるがアウェイと共に暮らして心を交わしており彼女の言う事を聞いていた。
チェンはアウェイと恋仲になり、アウェイに頼んで北京原人を香港まで連れて来るが、ルーが北京原人を見世物として酷い扱いをし、更にはアウェイに迫った為怒った北京原人は街中で暴れ始めた。

何度目かの昔の香港映画に興味が湧いた時期が来たので幾つか古い香港映画を見ていて、配信が終わりそうだったので見てみた、「中国超人インフラマン」に続くショウ・ブラザーズ製作かつダニー・リー主演の特撮映画。

自分達も「キングコング」を作ってみよう!という意図が分かるけれど、中盤は人間の色恋沙汰ばかりになるので余りおもしろくはなく、最後に北京原人が香港で暴れる所とやたらと実際の動物と触れ合う部分位しかおもしろくはなかった。

始まって北京原人が登場するまで二分という素早さで感心して興味が湧いたのだけれど、後から考えると実際に北京原人と遭遇するまでに探検の時間を長々と取るので、まず頭で掴んでおかないといけないのでという理由だったかと思う始まり。

そこからはよく分からない、余り必要も無い話がずっと続く。
香港からヒマラヤの奥地に行くのだけれどインド?パキスタン?まで行き、何故かここでは現地撮影をしていて、ここに予算かけるのだったら他にお金をかければ良かったのにと思えた現地撮影。
そこから山に入って行くのだけれど、何故か象や虎等、やたらと野生動物が襲って来る。
何の理由で暴れているのか一切理由も見せずに象の群れが押し寄せ、さっさと逃げれば良いのに主人公達は銃を撃ちまくって殺そうとする。
逃げないので同行人が象に踏み殺されるのだけれど、皆何も思わずに先に行ってしまう。
更には虎に襲われて足を噛み千切られてしまう同行人が出ると興行師は彼を銃で撃ち殺してしまい、主人公は悔しがるだけ。
ここまでで「この人達おかしい…」と付いて行けない。
山の奥地を目指しているのに急に水辺の崖を登っていたりして、行程は無茶苦茶。
ここら辺の話を長々とするんだったらもっと北京原人の話に割けばいいのにと思える見ていても退屈する話が続く。

やっと北京原人の住処に付くと、今度は女ターザンの様なアウェイと主人公の恋愛話になり、これもいらないと言えばいらない話で、これも長いので退屈して来る。
ただ、ここが見所だったのが、やたらと虎や豹と直に触れ合っている事。
ちゃんと飼育調教された虎や豹だったのだろうから問題はなかったのだろうけれど、ダニー・リーやアウェイ役のイヴリン・クラフトがさっと虎や豹に寄って行って強く撫で回していたり、凄かったのはプロレス技のタワーブリッジの如く肩辺りに豹を抱え上げてグルグル回転したり、豹の前足脇辺りを抱えてぶん回したりと見ていても怖い事を平気でしていた。
これ、撮影時に調教師に大丈夫だからやってと言われても相当根性ないと出来ない。
イヴリン・クラフトは全体的に非常に頑張っていて、この豹との撮影もそうだし、香港の街中でも常に乳首が見えかけのジャングル衣装でいるし、香港の道路も裸足で走りまわっていて足の裏に何か刺さっての怪我を心配してしまう位。
イヴリン・クラフトはスイス人だった様だけれど、何で香港映画のお金かかった特撮映画に抜擢されたんだろう?
経歴を見ているとイタリア映画やドイツ映画に出演していて、そこからこの映画って色々不思議。

北京原人が香港にやって来てからいよいよ北京原人の話になるかと思いきや、主人公の弟と出来ていた主人公の恋人と主人公の話になり、その関係を知ったアウェイが悲しむと言う人間の痴話になり、北京原人を出せ!になって来る。
不思議なのはあんな北京原人が現れたら香港の街はまず北京原人で沸くだろうし、テレビ局が出て来るのに北京原人の取材撮影に行っている雰囲気も一切無い事。
そして、急に人で溢れ返る北京原人会場になり、その後北京原人が暴れないといけないのでその振りだけなんだろうけれど、何故か観客が北京原人に物投げ付けたり、北京原人を囲む人々の北京原人に対する扱いが馬鹿にして攻撃的なのも不思議。
誰一人として怖がる様子を描かなかったのは何でなんだろう?

で、北京原人が暴れるのだけれど、ここも見所。
香港の狭い街に高い建物が並んでいるのを再現していて、ここの香港の街を練り歩いて壊して行く北京原人の場面は非常に良く出来ている。
そして「キングコング」の如く高いビルディングに登って攻撃を受けるのだけれど、攻撃がまあ苛烈。
バンバン銃撃を北京原人が受け、でも何故か北京原人にはそれ程効いている節は無い。
まあ、日本から特撮班を雇って呼び寄せて、手間暇かけて作ったからには長めに見せないとという事もあったのだろうとは思う。
この不死身の北京原人を言い出すと、そもそも北京原人なのに何であんなに巨大なの?という話にはなってしまうし。

結局北京原人は炎上落下して死亡してしまい、主人公がアウェイを抱き抱えてビルディングに空いた穴から香港の景色を見ている後ろ姿で終わる映像は非常に良いのだけれど、アウェイは生きていたのか、死んでしまったのかはよく分からないまま終わってしまった。
ビルディングの屋上があれだけ爆発炎上したのに、その直ぐ下にいた主人公が全然平気なのもいい加減なんだけれど。

この映画、北京原人の造形はでっかい類人猿なので引きはないけれども、最後の北京原人が暴れる所の特撮は周囲のミニチュアの建物等々良く出て来て見応えはあるものの、話自体は最後の北京原人が暴れるまでは間延びしておもしろくはなく、前半の一番の見所が豹をぶん回している所だった映画でした。

☆☆★★★