スタートレック ジェネレーションズ

2026年02月09日 月曜日

デヴィッド・カーソン監督、ロナルド・D・ムーアブラノン・ブラーガ脚本、パトリック・スチュワート主演の1994年のアメリカ映画「スタートレック ジェネレーションズStar Trek Generations)」
スタートレックシリーズの映画としては七作目ではあるけれど、六作目までの映画はテレビドラマ「宇宙大作戦(TOS)」のその後を描いたモノだったのに対し、この映画からは「宇宙大作戦」から百年弱未来を舞台にしたテレビドラマ「新スタートレック(TNG)」のその後を描いたモノになっている一作目。
ただ、「宇宙大作戦」からの人達も登場する。

2293年。U.S.S.エンタープライズBの初航海に招かれたジェームズ・T・カーク一行だったが、救難信号を送って来た宇宙船の救助にエンタープライズBが向かう事となり、謎のエネルギーリボンと遭遇してエンタープライズBも危機に陥る。
カークは船を救う為に奔走するがエネルギーリボンが直撃し、それによって死亡してしまったと思われた。
それから78年後の2371年。ジャン=リュック・ピカードが艦長を務めるU.S.S.エンタープライズDが観測基地からの救難信号を受け救助に向かうと以前エンタープライズBに救出されたエル・オーリア人のトリアン・ソランがいた。
ソランは調査に来たエンタープライズDの乗組員のジョーディ・ラ=フォージを人質に取って逃亡。
ピカードは同じエル・オーリア人であるエンタープライズDのバーテンダーのガイナンから、エネルギーリボンの中は理想が叶うネクサスと言う世界になっており、ソランはネクサスに行く為に何を犠牲にしてでも行こうとしていると聞かされる。
ピカード一行はソランを止める為に見つけ出そうとする。

インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目から順番に見始めて六作を見終わったら今度は「新スタートレック」の方の映画四作も公開されていたので見てみようと思い見た。

元々は「新スタートレック」のその後を描いた映画のその後を描いた「スタートレック:ピカード」を見ようと思ったけれど、どうせ見るなら「新スタートレック」を見てからと思い、それなら全部見た事が無かった「宇宙大作戦」を見てからと思い、「宇宙大作戦」を全話見て、「新スタートレック」も続けて見てはいたのだけれど、何やかんやしている内に2000年代までのスタートレックシリーズのテレビドラマを配信していたNetflixが1月8日に配信を全部終了してしまった為に「新スタートレック」はシーズン6の途中で中断してしまい、本当ならシーズン7の最後まで見てから映画を見たかったのだけれ最早何処でも配信していない様だし、「宇宙大作戦」の方の映画六作もYoutubeでの配信が終わっているので「新スタートレック」の方の映画も配信が何時終わるのか分からないので、以前CSで放送していた時の録画を引っ張り出して来て何話かを見てからのこの映画。

「新スタートレック」がテレビの地上波で放送していたのを見出してスタートレックシリーズにはまり、この映画も公開時に見に行ったはずで、大体の内容は覚えていた。
ただ、その時は「宇宙大作戦」やその後の映画を見ていなかったので、カークが出て来ても知ってはいたはずだけれど、多分「そういう事なのね…」位にしか思っていなかったはずで、今回「宇宙大作戦」とその後の映画を全部見てからだとカークに対して思い入れが入って、そこでもおもしろかった。

始まりから新型のエンタープライズBがドックから発進するなんて、映画一作目の「スター・トレック」の新型エンタープライズAの引用っぽいし(その映像を使い回した「スタートレックII カーンの逆襲」も)、発進して直ぐに救難信号を受けて救助に向かうのも映画でのあるあるだし、危機に瀕して口を出したいけれどぐっと抑えるカークは映画二作目っぽいしで、ここの始まりだけでも楽しめてしまった。

ここでのブリッジの奥に「スタートレック:ヴォイジャー」のトゥヴォック役でお馴染みティム・ラスが士官役でいるのだけれど、パッと見て「あ!トゥヴォック!」と思ったら耳が尖がっていないのでヴァルカン人ではない地球人?の士官らしく、どうやらトゥヴォックではないらしい。
「ヴォイジャー」のシーズン3の2話目「伝説のミスター・カトー」でトゥヴォックはこの23世紀の時代では既に宇宙艦隊の士官で、ミスター・カトウの指揮するエンタープライズBと同型のエクセルシオール級のU.S.S.エクセルシオールが初着任だったと言う話が出て来るので、まあややこしい。
この映画の撮影の約六か月後に「ヴォイジャー」のパイロット版の撮影があったようなので、この映画でティム・ラスはトゥヴォック役が決まったのだろうか?
ティム・ラスは「新スタートレック」と「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」各一話ずつ出演しているそうで、一度出演した役者を後から重要な別役で登場させるって「新スタートレック」でやりがち。
そう言えば、このエンタープライズBのブリッジの士官で「24 -TWENTY FOUR-」のアーロン・ピアース役でお馴染みグレン・モーシャワーもいた。

で、そこから「新スタートレック」の方になるんだけれど、「新スタートレック」を見ていない人が一本の映画として見たらよく分からないと思う「新スタートレック」からのそのままの「新スタートレック」をやっていて、「新スタートレック」を見て来た人にとってはお金のかかった「新スタートレック」ではあるので楽しめる内容。
展開も一作目の映画ではあるのでレギュラー陣をある程度満遍なく見せるのかと思ったら、今回はカークが登場する事もあってピカード中心回にして、そこにデータの人間性を足した内容で、この主の話に脇の小さい話を合わせるという構成は正に「新スタートレック」。

ただ、ピカードは「新スタートレック」ではあれ程冷静沈着だったのに、分かるとは言え身内の不幸で動揺し過ぎ、うろたえ過ぎではあり、まあこれもネクサスに囚われそうになる事への振りではあるので、ちょっと脚本にピカードという人物像が振り回され過ぎた感じがあった。

敵となるソランの行動原理は分かるものの、人物の背景がほとんど描かれないので感情移入が出来る敵役としては弱く、最後の戦いは微妙。

だからなのか、何故かソランとクリンゴンが手を組んでいて、そのクリンゴンがルーサベトールのデュラス姉妹という濃い所を持って来て、エンタープライズが落とされるという派手な場面まである。
エンタープライズDってデュラス姉妹が落としたんだったのかと認識。
クリンゴンとして色々と名を残すなぁ、デュラス姉妹は。
ここら辺の、恒星を破壊出来てしまう技術を本来の目的とは違って兵器として奪いたいクリンゴンと言うのも、「スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!」のジェネシス計画を奪おうとするクリンゴンっぽい。

それにしても映画になるとエンタープライズを壊したがるのは映画の伝統か。
エンタープライズAは映画三作目でだったけれど、エンタープライズDは映画になった途端って、ちょっとどうなの?とは思ってしまった。
まあ、エンタープライズDの破壊は「新スタートレック」で七年も見たから映画の一作目ででも感傷はあったけれど、映画になったので…の心機一転感は物凄い。
でも、製作の話を見てみると、テレビ画面の「新スタートレック」から映画になると細かい所まで見えてしまうのでエンタープライズDも結構手直ししたらしいので、それなら今後の映画の映像的にも新たな船を作ろうという事になったのかしらん?
最後にピカードとウィリアム・ライカーが壊れたエンタープライズDから転送で去って行く場面が終わりになっていたのは良かった。

エンタープライズDで気になったのは、「新スタートレック」でのエンタープライズDの見た目は白いのに実際に売られているエンタープライズDの模型等を見ると全体的に色が青っぽいと思っていたのだけれど、この映画での分離した円盤が青く、これは元々意図していたエンタープライズの色に作り直したそうで、これが模型にも行っていたのかと思った。
あと、演出の意図としてなのかエンタープライズの中が暗いのも気になった。
全部屋薄暗く、窓からの光が強く入って来るのに違和感。
この薄暗さだと皆目が悪くなりそう。
明かりの下でテレビで見る「新スタートレック」ではなく、映画館の暗い中で見る映画だからの見た目なのか?

ネクサスに行っていよいよカークが登場するのだけれど、やっぱりカークとピカードが並ぶと不思議な感じ。
カークだけが映ると「宇宙大作戦」で、ピカードだけだと「新スタートレック」になっていて、本来なら会わないエンタープライズの船長と艦長が会うのは感慨深かった。
二人の対比もおもしろく、ネクサスから出ようとする理由もピカードは責任感や義務感からで、カークは何か本物ではない、楽しい感じがしない、冒険を取るというやっぱりなカークで、「宇宙大作戦」と映画を見てからのこのカークを見ると「これこそカーク!」と楽しくなってしまった。
そしてソランとの対決もカークとピカードでの殴り合いって、「新スタートレック」からしたら「それはない…」なんだけれど、「宇宙大作戦」からしたら「これこれ!」とやっぱり楽しい。
それより前にピカードが珍しく現場に赴いてソランと殴り合うって「新スタートレック」からしたらまずないけれど、これもカークへのオマージュなんだろうなぁ。

カークの結末も「宇宙大作戦」ならカークが少々傷付いてもネクサスに帰って行くという結末になりそうなのに本当に死んでしまい、この映画がカークとしての最終回なのか。
この映画でも何があっても手放すなと言って、あれだけエンタープライズに対する愛(執着)があったカークだけにエンタープライズで死なせてあげても良かったのでは?と思ったのだけれど、見ていた時には全く気付かなかったけれど最後カークが橋の下敷きになって死んでしまったのって「艦橋のブリッジ」とかかっていたと何かで見て成程とは思った。

演技では断然パトリック・スチュワートなんだけれど、画面上の華やかさで言えば歳を取ってもウィリアム・シャトナー
「新スタートレック」を見て慣れているし、どういう人物かは分かってはいるけれど、見栄えだとパトリック・スチュワートは地味な感じ。
それにウィリアム・シャトナーはどうしても生え際が気になって目が行ってしまうし。
特に横にいるのがパトリック・スチュワートだし。

そう言えば、ピカードって「宇宙大作戦」の人達と結構会っている。
今回のカーク。
「新スタートレック」のシーズン5の7・8話「潜入!ロミュラン帝国」でロミュラン帝国の首都ロミュラスでスポックと会っているし、シーズン6の4話「エンタープライズの面影」では転送バッファから復活したチャーリーと会っているし、マッコイとはシーズン1の1話「未知への飛翔」ではデータとしか顔を会わせてはいなかったけれど、流石にエンタープライズDに来て艦長とも顔を会す事が無かったとはないはずで多分マッコイとも会ってはいるんだろうで、主要人物達を多く会い過ぎなピカード。

ネクサスに入ってからのピカードやカークを見ていたら凄く怖くなってしまった。
ネクサスが現実ではない事が分かりつつも自分の理想が叶って非常に心地良い世界って見ていると恐怖を感じ始め、これって人は自分が思い描く理想に引っ張られ続けるけれどそこには辿り着く事は決して無く、その理想でさえ虚構でしかない事が分かってしまい、更に現実には理想は無くて虚しさやそこにいるだけの感じしかないと分かってしまうとネクサスが怖くなり、それにスタートレックを見ている事自体がネクサスを覗き込んでいる感じもしてしまって、このネクサスはわたしにとっては結構な恐怖体験だった。

Youtubeでの配信は日本語吹き替えだけだったのだけれど、この映画公開時は近年みたいに映画館で吹き替え版がある事が多いみたいな事もなく、長期に渡って吹き替えで放送していた「新スタートレック」の映画版でさえ字幕だったので、公開時に見た時には吹き替えで見たかったはずで、それが今吹き替えで見れるのは嬉しい所。
ただ、少し違和感を感じたのはデータの吹き替え。
この映画ではデータがエモーショナルチップを入れた事で感情を表に出していたけれど、それ以前の今までのデータの時から吹き替えの大塚芳忠が大袈裟な感じ。
感情を出したデータは大袈裟過ぎた感じがしてしまった。
それに一番の悪手が、ピカードがネクサスで見た自分の家族の奥さんの吹き替えが一城みゆ希だった事。
その声で「え、ピカードが思い描く理想の家族の妻って、ビバリー・クラッシャーだったの!?」と思ったら全然別人。
吹き替え版の制作費が少なくて他に声優を用意出来ないのは分かるけれど、この役は一城みゆ希では駄目だろう…と思った。

あと、音楽がやっぱり映画になるとテレビでのメインタイトルを使わないも伝統なのかな?
これまでの映画でも「宇宙大作戦」の音楽は鳴らず仕舞いだったけれど、この映画でも「新スタートレック」の音楽が鳴らないのは物足りない。
でも、音楽担当のデニス・マッカーシーが「DS9」や「ヴォイジャー」の音楽も作っていたからか、途中で物凄く「DS9」や「ヴォイジャー」のメインタイトルっぽい部分があった。

この映画、多分スタートレックを知らない人にとっては?が多過ぎるんだけろうけれど、「宇宙大作戦」からの映画からの「新スタートレック」を見たわたしはおもしろった。
ネクサスから戻ると少し前の時間に現れる所は有耶無耶で強引な感じではあったけれど、「新スタートレック」のそのままの続編でもあり、「宇宙大作戦」からの映画の終わりでもありで、様々な物を繋ぐ話としてはとても良かったと思います。

☆☆☆★★
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン123
   映画スタートレックIIIIIIIVVVI
   新スタートレック シーズン12345

スタートレックVI 未知の世界

2025年12月29日 月曜日

ニコラス・メイヤー監督・脚本、ウィリアム・シャトナー主演、レナード・ニモイ製作総指揮・原作・出演の1991年のアメリカ映画「スタートレックVI 未知の世界Star Trek VI: The Undiscovered Country)」
テレビドラマ「宇宙大作戦」のその後を描いた映画五作目。
 
クリンゴンの母星クロノスの衛星プラクシスが過剰な鉱物採掘で爆発してしまい、その影響はクロノスにも及び、クロノスは後五十年で滅びてしまうとされた。
クリンゴンは軍事費が多い為に対処が困難だと判断し、長年敵対していた惑星連邦との和平交渉を行う事にした。
交渉の為にクリンゴン帝国総裁ゴルコンが中立地帯までやって来るので、その迎えとしてジェームズ・T・カークが指揮するエンタープライズが向かう事になった。
カークはクリンゴンに息子を殺されたので恨みがありつつも、それを隠しながらクリンゴンを迎えるが、送迎途中で誰も指示していないのにエンタープライズから魚雷が発射されてクリンゴン艦に命中。
クリンゴン艦に何者かが乗り込みゴルコン総裁を殺してしまった。
カークとレナード・マッコイが状況を確認して説明する為にクリンゴン艦に乗船するが捕縛され、クリンゴン人達によって裁判にかけられて流刑惑星に送られてしまった。

インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦(TOS)」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目から順番に見始めての「宇宙大作戦」の最終話になる六作目

これまでドラマでも映画でも描かれて来たクリンゴンとの対立が、「宇宙大作戦」から数十年後の世界の「新スタートレック」の時代には惑星連邦とクリンゴンがある程度仲良くやっている関係になっている所への繋がりの始まりを描いた内容で、「宇宙大作戦」のまとめとしてや最終回としても良い題材だし、後へと繋がるという部分でも良い要素が多くておもしろくは見れたのだけれど脚本が緩くていまいち感ばかり。

突然の衛星の爆発って何してたんだ?とは思うけれど、クリンゴンの行き成りの危機に対して惑星連邦との和平を取るってクリンゴンって実は非常に現実主義だし、戦い以外の部分での面子に対してはこだわらないのかと思う興味深い所から始まり、これまでの映画ででは登場させた割にカークの息子という役回りを活かせていなかったと思っていたデビッド・マーカスをここで遂に上手く活かし、息子の死でカークははっきりとクリンゴンを嫌っている、憎んでいるけれど与えられた指令に対して忠実に実行し、エンタープライズが攻撃をしていないのに光子魚雷を発射した時は直ぐに降伏して冷静な判断をする姿を描いたり、エンタープライズの乗組員達とクリンゴンの食事会のギスギスした会話劇等、人を描く部分ではおもしろく見ていた。

ただ、それ以降の撃っていないはずのエンタープライズ側の捜査の部分が雑過ぎ。
誰よりも冷静で論理的なスポックが捜査を始めるのが遅過ぎ、大して何もしないままで裁判を皆で眺めているんだ。裁判までに証拠を集めろよと。
ブーツを探せと言う話になるけれど、まずコンピューターの記録やシステムをチェックしないの?だし、何らかのセンサー等で調べずにエンタープライズの下に遮蔽したクリンゴン艦がいると言う推測だけで話が進み、その後のこのクリンゴン艦の詳しい説明も無いし。
何故か捜査が始まってから結構時間が経ってから突然クリンゴン艦に行った実行犯を殺害し、しかもその死体を通路のど真ん中に置きっ放しの意味も分からないし、犯人も当然の様にヴァレリスという捻りも無いし。
ハリウッド映画って、こういう突如出て来た身内が実は裏切り者だった…をやたらとする印象なんだけれど、これって今までいた馴染みの人が裏切り者なら意外性があるけれど急に出て来た人なら意外性は無いし、題名にもなっている「未知の世界=未来」に行く為に次の世代に繋いで行くというまとめを言っていたのに、その優秀な次の世代のヴァレリスが惑星連邦の理想とは逆を行く人物でした…。理想を行ったのは引退間近のエンタープライズの面々でした…って良いの?だし。

この暗殺計画についても、やっぱり超能力なスポックの精神融合で簡単に説明されるけれど、クリンゴン側の和平交渉をしようと思い、公表した所から惑星連邦のクリンゴンが嫌いなはずの強硬派の提督とクリンゴンの惑星連邦が嫌いな強硬派の将軍がどうやって連絡を取って実行出来たのかはさっぱり分からないし、更にそこにロミュランまで関わっていたとかどうやって密談したんだ?だし、そもそもこの人達が計画を立ててから実行するまでにそんなに時間の猶予があったの?だし。

これまでは全員でエンタープライズで一緒に行動していたのに、この映画では何故かミスター・カトウだけがエクセルシオールの艦長になっていて、最後にエンタープライズの危機に登場して助けに入りはするんだけれど、これが結構微妙な感じ。
見ている方が忘れていた所にジャジャーンで現れてカッコ良くエンタープライズを助けるなら待ってましたの納得のエクセルシオールの艦長なんだけれど、何度もミスター・カトウの話が出て来て、何度も宇宙艦隊の命令を無視して助けに行っているのが出て来て、エンタープライズを助けに来てもぬるっと登場してエクセルシオールが被弾するだけという展開としても映像としても大して盛り上がらない存在で終わってしまった。
何でミスター・カトウだけわざわざ別の船の艦長にしたんだろう?
それにミスター・カトウって操舵士だったけれど、操舵士から昇進したら副長とかの経験が無くとも数年で艦長になれるものなのか。

あと、残念なのは、これが「宇宙大作戦」の最終回で、未来に繋がるクリンゴンとの和平の始まりを描いているのは良いんだけれど、それは既にこの映画の公開時には「新スタートレック」のシーズン5が放送中で、「新スタートレック」では既にクリンゴンとは関係性は良くなっている、その未来の時代に合わせに行っている訳だし、エンタープライズの中も転送室やワープドライブ室は「新スタートレック」のエンタープライズDの方のセットをほとんどそのまま使っていたしで、「新スタートレック」があってのこの映画になっていたのが寂しい。
それに結局映画では「宇宙大作戦」のあのメインタイトルの曲が流れる事が無かったのも残念。

色々とこの映画について調べていたら、「スタートレック:ヴォイジャー」のシーズン3の2話目「伝説のミスター・カトー」でこの映画のミスター・カトウ側の事が描かれていると知って、Netflixでのスタートレックシリーズの配信が終わってしまうのでその前にこの回だけ見てみた。
この回は当時「宇宙大作戦」から三十周年記念での「宇宙大作戦」と関わる回で、しかしヴォイジャーはデルタ宇宙域にいるし、八十年前の出来事なので、苦肉の策としてトゥヴォックが幻想を見始めて、それを治す為に鬼艦長ことキャスリン・ジェインウェイと精神融合して協力して過去の記憶のトラウマを押し戻す中で、実はトゥヴォックはミスター・カトウ艦長下のエクセルシオールが初赴任で、その当時の記憶の中でエクセルシオールのミスター・カトウが登場するとなっていた。
以前にこの回を見た時は「宇宙大作戦」もこの映画も見た事が無く、「スタートレック:ヴォイジャー」を見始めての流れの一話だったので「ふ~ん」位だったけれど、この映画を見てからだと映画の裏話、補足としておもしろかった。
映画の初めにあったミスター・カトウが飲む紅茶のカップが振動で揺れて床に落ちた場面では、実はあの紅茶はトゥヴォックが入れた物で、その紅茶を入れる場面でエクセルシオールの乗組員とのやり取りがあり、その相手は「宇宙大作戦」から映画にも登場していたグレース・リー・ホイットニー演じるジャニス・ランドだったり、トゥヴォックのトラウマのきっかけになった髭の士官ディミトリ・ヴァルテインとのやり取りがあったりと、映画の人物を掘り下げた部分でおもしろかった。
当然ミスター・カトウの活躍も、もしかすると映画以上に描かれているし、「宇宙大作戦」的論理で堂々と宇宙艦隊の誓いを破ったりもするしで、ミスター・カトウを見るならこっちも。
仲間の為に誓いを破るミスター・カトウに対して論理的に抗議するトゥヴォックに対して、トゥヴォックが正しいと言うあのジェインウェイ艦長を見ていると、「宇宙大作戦」時代の人々ってジェインウェイ以上だったのかとも認識出来る意味でもこの映画から「伝説のミスター・カトー」は見ると非常におもろかった。

この映画、惑星連邦とクリンゴンの和平へのきっかけという題材はおもしろいのにそれ以外の脚本の詰められてなさで、見終わると何かつまらなかったとなってしまい、未来へと言うならカークの活躍もそこそこに若手も活躍させないとと思うのにやっぱりカーク万歳!で終わるので、まあこれが「宇宙大作戦」らさしと言えばそうかなとは思う映画でした。
ちなみに映画六作を見て一番おもしろかったのは、スタートレック的SF部分では大分いまいちだったけれど見たかったカーク・スポック・マッコイのトリオ漫才をこれでもかとやっていた「スタートレックV 新たなる未知へ」でした。

☆☆★★★
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン123
   スター・トレック(1979年)
   スタートレックII カーンの逆襲
   スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!
   スタートレックIV 故郷への長い道
   スタートレックV 新たなる未知へ

スタートレックV 新たなる未知へ

2025年12月25日 木曜日

ウィリアム・シャトナー監督・原作・主演の1989年のアメリカ映画「スタートレックV 新たなる未知へStar Trek V: The Final Frontier)」
テレビドラマ「宇宙大作戦」のその後を描いた映画五作目。
 
前作で大佐に降格となり、新たなU.S.S.エンタープライズAを与えられたジェームズ・T・カークだったが、旧式の船を改装した為に修理に入ったエンタープライズが乗れないのでスポックとレナード・マッコイと三人で休暇を取っていた。
そこに司令部からニンバス3号星で惑星連邦、クリンゴン、ロミュランの大使が人質に取られたので助けに行けとの命令が入りエンタープライズAで発進した。
ニンバス3号星に行くと大使達を人質に取ったのはヴァルカン人のサイボックで、サイボックはスポックの異母兄弟だった。
サイボックはカーク達も人質に取り、エンタープライズを乗っ取り、彼が神がいると信じる惑星シャ・カ・リーへと向かった。

インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦(TOS)」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目から順番に見始めての五作目
この映画シリーズの中では四作目の「スタートレックIV 故郷への長い道」だけは以前に見た事があったけれど、一応再確認と思って見直してからの五作目。

序盤や中盤までは結構おもしろく見ていたのに終盤になると急激につまらなくなってしまった。
始まりの休暇での特に何かが起こる訳でもなく、真面目過ぎでボケになっているスポックに激しく突っ込むマッコイと、間を取り持ちつつ二人に乗っかったり突っ込んだりするカークの会話劇が抜群におもしろく、今までの映画を見て来て思っていたこの三人のトリオ漫才がもっと見たいというのをやってくれて嬉しくなって見ていた。
その後も、ポンコツなエンタープライズAに色々と文句も言いつつ、交渉もせずにサイボックの所に自ら乗り込んで行って力で解決しようとするカークは歳を取っても変わらないやっぱりのカークだし、そこでの派手な銃撃戦やもっちゃりではあるけれどのカークのアクションを見せたり、三人が捕まってからもまたトリオ漫才が始まったりと、見せ場もあるし王道なハリウッド映画になっていてウィリアム・シャトナー結構やるじゃんと思って楽しく見ていた。
ただ、流石にウラの裸踊りは何だこれ?とは思ったけれど。

そこからサイボックの話になって行くとここからが急激に何じゃそりゃ?が多くなって覚めて行った。
サイボックの話を聞くと洗脳?解放?されてサイボックの言う事を聞く様になったけれど、この特殊能力については詳しい説明も無く、これが何なのかよく分からず、一人一人結構時間をかけてカウンセリングをやって行ったの?だし、その間他の人達は黙って待っていたの?だし、同じ様にしたスポックとマッコイは何でサイボックに従わなかったの?これが友情の力?だし、この力で皆を従わせないとエンタープライズをサイボックの思う通りに動かせないので他の人は強制的に支配下に置くという事で悪役になっていたのに、船の支配で一番重要だろうカークは何故か除外して妙に話が分かる人でもあったりと、サイボックが敵役としても、そんなに悪い人でもなくて単に自分の考えで突っ走っているという人物だとしても立ち位置が中途半端で身が入って行かない。

突如出て来た銀河の中心だと言うシャ・カ・リーとか、それを取り巻く通行不可能なグレートバリアとかそれ何?だし。
この超えた人がいない未知のグレートバリアの様なモノが「宇宙大作戦」にも出て来た様な気がしたので調べてみたら、このグレートバリアってこの映画が初出だった。
だったらもっと説明が必要なのにそこら辺は結構適当。
サイボックが言うシャ・カ・リーに神がいるからで皆が納得している感じだけれど、ほとんどの人はサイボックの洗脳?解放?能力で従っているはずで、ここら辺の描写が中途半端なので皆が急にシャ・カ・リーに興味を持っている説明が弱い。
それに銀河の中心だと言っていたけれど、ロミュランとの中立地帯近所にある銀河の中心って何?だし、誰も越えられなかったグレートバリアをポンコツエンタープライズがどうやって超えたの?だし。

シャ・カ・リーにいた謎の生命体も当然神や創造主でないのは分かっている事なんだけれど、この神の様な圧倒的な存在に翻弄されるって「宇宙大作戦」で何度も出て来たし、映画の一作目「スター・トレック(1979年)」やこの前作の四作目でも宇宙を航行する巨大な何かではあったけれど太刀打ち出来ない様な存在は映画でも既にしているのにまた?という既視感ばかり。
「宇宙大作戦」で何度もしていたのでてっきりジーン・ロッデンベリーがこういうのがお好きだったのかと思ったら、この映画での発案はウィリアム・シャトナーだったそう。
逆にジーン・ロッデンベリーはこの話に反発したそうで、それは実現しなかった映画の企画と似ていたという事もあったらしい。
この神の様な存在(名前としては「God」になっている)も、神の様な存在の割には最後にサイボックと掴み合いの取っ組み合いになったり、そんなに大きくはないクリンゴンのバード・オブ・プレイの銃撃で消滅したりと、まあしょっぱい。

カークを追って来ていたバード・オブ・プレイのクリンゴン艦長もクリンゴンの大使による説得でエンタープライズとの戦いにならないのは良いのだけれど、どうやって、何の理由で説得出来たのかを全く描かないので急にクリンゴンと仲良くしているのも全然納得出来なかった。

結局、この映画はカーク、スポック、マッコイや他の乗組員達を描く割にそれ以外がおざなりなので何じゃこりゃ?になっていた様な気がしてしまった。
それならいっその事、事件らしい事件が起こらずにトリオ漫才と乗組員達の日常コメディでも良かったのにと思ってしまった。

良かった部分では、これまでの映画でもまだエンタープライズの装置がオンオフスイッチだったのが後のLCARSっぽいデザインになっていて複雑な大型艦の機器として現実感が出ていた所。
これはこの映画が1989年公開で、既に「新スタートレック」が始まっていて、そっちのデザインが気に入ったウィリアム・シャトナーが「新スタートレック」のプロダクション・デザイナーだったハーマン・ジマーマンを連れて来たからだそう。
そう思うとスタートレックと言えばのデザインを作ったハーマン・ジマーマンは凄いし偉い。
更にこの映画のエンタープライズAの通路は「新スタートレック」のエンタープライズDの通路をそのまま使っていたそう。

「新スタートレック」からと言えばこの映画での曲も。
元々は一作目の映画の新たなメインタイトルとして作られ、何故かその曲をそのまま「新スタートレック」のメインタイトルにして、「新スタートレック」がもうシーズン2に入っていて、毎週放送される「新スタートレック」の曲として馴染んだ時に一作目以降使っていなかったのにこの映画で再びメインタイトルとして持って来る意味がよく分からなかった。
一作目でこの曲を作曲したジェリー・ゴールドスミスが戻って来たからという理由なんだろうけれど、それにしても多分この映画公開時のスタートレックファンもこの曲は既に「新スタートレック」のメインタイトルになっていたと思うのに、「宇宙大作戦」の映画の五作目で復活させるってどう思ったのだろう?

ウィリアム・シャトナーが連れて来たであろうで言えば、カークに航海日誌を持って来た下士官(役名は無く「Yeoman(アメリカ海軍の事務係下士官)」が結構目立つ様な所にいたので調べてみたら、この女性はウィリアム・シャトナーの娘のメラニー・シャトナーだった。

あと気になったのは、この映画シリーズでのクリンゴンは「宇宙大作戦」のクリンゴンから変わった額に突起のある方のクリンゴンで、この映画でもそうなのに、ロミュラン人の大使のケイスリン・ダーには額に突起があるロミュラン人では無かった事。
ロミュランは後のロミュランの見た目には合わせずに「宇宙大作戦」のままにしたのねん。
それでも何故かロミュラン人の特徴の尖った耳は何かで隠し続けたままだし、妙に明るい感じで全然ロミュラン人っぽくなかった。

この映画、カークとスポックとマッコイのトリオ漫才が楽しめると言う点で凄く良いし、おもしろかったのだけれど、SFの部分ではまるで「宇宙大作戦」かの様に映画でも何度も繰り返される同じ様な設定の話で飽きたし、唐突だったり説明が少なかったりと出来が良くなく、何とか最後に三人のキャンプで終わらせはしていたけれど、最初はあんなに楽しかったのになぁ…で終わってしまった映画でした。

☆☆★★★
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン123
   スター・トレック(1979年)
   スタートレックII カーンの逆襲
   スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!
   スタートレックIV 故郷への長い道
   スタートレックVI 未知の世界

スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!

2025年12月20日 土曜日

レナード・ニモイ監督・出演、ウィリアム・シャトナー主演の1984年のアメリカ映画「スタートレックIII ミスター・スポックを探せ!Star Trek III: The Search for Spock)」
テレビドラマ「宇宙大作戦」のその後を描いた映画三作目。

前作でスポックが自らの命を犠牲にしてU.S.S.エンタープライズを救った。
帰路に就くエンタープライズだったが、レナード・マッコイの精神が不安定になっていたので休養を取る事となった。
しかし、ジェームズ・T・カークを訪ねて来たスポックの父親サレクによるとヴァルカン人は肉体は死んでも魂は生きており、スポックは死を覚悟した時にマッコイへ自分の魂を託していたのでマッコイの精神が不安定になっており、スポックの肉体と魂が合わさればスポックは復活するし、マッコイも元に戻ると言う。
カークはスポックの遺体を送り出したジェネシス計画で誕生した惑星に行こうとするが、その惑星はジェネシス計画の装置を作り出したカークの息子デビッド・マーカス達だけが立ち入りを許可されており、カーク達でも許可はされなかった。
カーク一行は廃船間近のエンタープライズで強行突破してジェネシスの惑星へと向かうがジェネシス計画が強大な兵器だと認識したクリンゴンもジェネシスの惑星へと向かっていた。

インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦(TOS)」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目から順番に見始めての三作目

二作目「スタートレックII カーンの逆襲」がまるで一作目の「スター・トレック(1979年)」が無かったかの様に心機一転の映画で、その二作目の直後から始まる続編。
二作目の出演に乗り気ではなかったレナード・ニモイがスポックが死ぬならで出たという話を見たのに、その続編はノリノリの様でレナード・ニモイが監督までしてこの映画丸々一本使ってスポックの復活を描く内容で、映画内の最後には更に続編もするよ!と予告も出て来て、レナード・ニモイのこの心変わりは何だったのか?と思う映画。
二作目でレナード・ニモイを納得させる為と映画での意外性の為にスポックを死なせたのはいいのだけれど、その続編となるとどうしてもそれに縛られてはしまい、スポックの復活だけで行くとなると一本の映画としては中々きつい感じがしてしまった。
確かに見せ場も多くあり、これまでの映画でちょこっとだけは登場していたクリンゴンがいよいよ本格的に敵として登場して、しかもクリンゴンのバード・オブ・プレイの初登場や遮蔽装置の使用があったり、新型艦のエクセシオールの登場や宇宙艦隊から逃げ出すカーク一行がお馴染みの人達だけでエンタープライズを動かし、エンタープライズの自爆で最後を迎える等、二作目以上におもしろい要素を盛り込んで結構飽きさせない。
しかし、話の本筋はスポックが復活するという事で、今見ると当然スポックが復活するのは知っている事だし、この当時でもやっぱりスポックは復活しませんでした…にはならない事は分かってはいただろうから、これだけ引っ張ってする事なのか?と思ってしまった。
まだ、テレビドラマのシーズン最終話でスポック死亡のクリフハンガーをして、次のシーズンプレミアでその復活を描くなら如何にもな展開でおもしろく見れたと思うのに、映画だと何だか無駄に水増しした感じを受けてしまった。

そのスポックの復活も、マッコイに魂を残していたから問題無く、肉体の方はジェネシスで遺体の細胞から蘇った?と何でもありで、強引に生き返らせていたので乗っては行けなかったし。

それにカークと息子のデビッド・マーカスも二作目よりも交流も会話も無いままで父と子の関係はさっぱり描かれず、なのでカークの息子へ思いも大して響かない。
前作でこのデビッドを息子として出したは良いけれど結局上手く扱い切れなかったという印象しか残らなかった。

それとそのデビッドとの関係が深まりそうでやっぱり薄いままだったサーヴィックもいまいちで、しかも初登場した二作目の役者から行き成り交代しているし、その役者は前の人とは似てもいないし、やっぱり初登場の時の方が印象が強くなるのでこのサーヴィックは印象が弱くなってしまった。

この映画で一番おもしろかった場面は、最後のカーク対クリンゴン艦長クルーグの対決。
二作目ではカークと敵のカーン・ノニエン・シンが直接顔を合わせる事が無いまま終わったのに対して、その続編ではカークとクリンゴンが直接殴り合って決着を付けるなんて、如何にもハリウッド映画だし、如何にも「宇宙大作戦」っぽくて笑ってしまった。
しかも、これ以降でもお馴染み戦闘種族クリンゴンだけど動きがもっちゃりに加え、ウィリアム・シャトナーも動きがもっさりで、まあ迫力の無い戦い。
最後にはカークが「地獄に落ちろ!」と崖を掴んだクルーグを蹴り落すって、物凄くカークっぽくて笑ってしまった。
これがジャン=リュック・ピカードだったら助けたんだろうなぁ…と思って見てた。
後から調べて知ったのだけれど、このクリンゴン艦長クルーグってクリストファー・ロイドだったのか。

他でもおもしろかったのが、クリンゴンのバード・オブ・プレイの存在。
制作企画段階では元々この映画での敵はロミュランだったらしいけれど、それをレナード・ニモイがクリンゴンに変更したそうで、その為元々ロミュランのバード・オブ・プレイだったのがそのままロミュランのバード・オブ・プレイをクリンゴンが盗んだという話になり、その設定が無くなったけれどバード・オブ・プレイの名前はそのまま残り、「宇宙大作戦」でクリンゴンとロミュランが一時的に同盟を結んでいたという設定もあったのでクリンゴンの遮蔽装置があるバード・オブ・プレイが誕生したという事らしい。
そういう制作側の都合の二転三転で後々までクリンゴンに続いて行くのはおもしろい裏話。
一方でそのバード・オブ・プレイの遮蔽を見抜くのが目視なのはどうにも…。
二作目でも星雲の中での船の移動が目視っぽかったけれど、今回はスクリーンに映る映像を見て「あそこ歪んでないか?」で見抜くって流石にSFとしてどうなの?
センサーを使った何とか波とかのSF用語で見付けないと余りにしょっぱかった。

見ていて意外だったのがエンタープライズの最後。
確かに、宇宙艦隊はもうエンタープライズを修理しないとは言っていたけれど自爆させてしまうんだ…とは思った。
この映画シリーズでは毎回スポックの死やエンタープライズの破壊とか何らかの意外性ある事をしないと気が済まないのか。
新スタートレック」のギャラクシー級のエンタープライズDも映画「スタートレック ジェネレーションズ」で大破したけれど、映画でお馴染みのエンタープライズが壊れるのはここからの伝統になったのか。
ただ、これってドラマで何度も登場して色んな危機を乗り越えて来た船だから壊れてしまうのは衝撃だし哀しくもあるんだけれど、それをシリーズのまだ三作目のしかも初めの方でエンタープライズをぶっ壊す「スター・トレック BEYOND」って、やっぱりどうなの?と思ってしまった。

この映画、連続する話の真ん中で、主軸はスポックが復活するという分かり切ってはいる話なのであんまりおもしろくはないのだけれど、それ以外のいよいよ登場してきたクリンゴンやエンタープライズの最後等がおもしろくて、そっちでは見れてしまう映画でした。

☆☆★★★
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン123
   スター・トレック(1979年)
   スタートレックII カーンの逆襲
   スタートレックIV 故郷への長い道
   スタートレックV 新たなる未知へ
   スタートレックVI 未知の世界

スタートレックII カーンの逆襲

2025年12月17日 水曜日

ニコラス・メイヤー監督・脚本、ウィリアム・シャトナー主演の1982年のアメリカ映画「スタートレックII カーンの逆襲Star Trek II: The Wrath of Khan)」
テレビドラマ「宇宙大作戦」のその後を描いた映画二作目。

宇宙艦隊の士官候補生の訓練艦となったU.S.S.エンタープライズではスポックが艦長となって若者達を教えていた。
訓練航行の査察としてジェームズ・T・カーク提督が同乗する事となったが、航行中に実験宇宙ステーションのレギュラー1にいるカークの元恋人の科学者のキャロル・マーカスからの通信が入り、自分達が研究しているジェネシス計画の装置をカークの命令を受けてU.S.S.リライアントが引き渡せと言って来たと抗議をして来た。
何も知らないカークだったが、ジェネシス計画の調査を行っていたリライアントが惑星セティ・アルファ5上でかつてカークによって追放されたカーン・ノニエン・シンが仲間の優生人類達と共に厳しい環境で生き残っていたのを見つけ、カーンはカークへの復讐を果たす為、リライアントの艦長と乗組員だったパヴェル・チェコフを洗脳してリライアントを乗っ取ってレギュラー1に迫っていた。

インターネットで色々調べていたらYoutubeで「宇宙大作戦(TOS)」の映画が無料で公開しているという情報を見つけ、一作目の映画「スター・トレック」を見たので続けて二作目も見てみた。

一作目が興行的には良かったので二作目制作となったけれど、一作目が内容的には余り評判が良くなかったらしく、それを受けてジーン・ロッデンベリーが外されて、宇宙船の見せ場を増やしたり、分かりやすい悪役の登場等映画的なおもしろさを取った映画にしたみたいで、それが確かに効果的で一作目よりもおもしろくなっていた。

始まりは、後年他のシリーズでも時々話題に出て来るコバヤシマル・シナリオからで、映画の意図としてはどんでん返し的な掴みの盛り上げ場面ではあるけれど「コバヤシマルはこれが初出かぁ…」と寧ろ感慨深く見てしまった。
コバヤシマルの話は知っているのでカークの攻略法も知っていて、引っ張ってのカークのやった事の意外性は無し。
しかし、この映画ではコバヤシマル・シナリオの描写が薄いので何がどういう状況でどうなっているのかが良く分からないので、お馴染みの乗組員達が死んでしまうという事位しか面白みが無かった。
それに、カークは二度挑戦して三度目でプログラムを変えたって、これって良く取ればカークが「正解が無いのでは…?」と気が付いたという事だけれど、単に「これ難し過ぎるからプログラム変えちゃえ!」だったら頭の良い馬鹿な悪ガキで、確かに若い時のカークってそんな感じもありそうではある。

各人の設定は一作目の映画から続いているはずなのにカークはまた地上勤務に戻っていたり、チェコフ以外の乗組員は訓練艦となったエンタープライズで訓練官となってそのまま残っているという前提で話が進んで行き、一作目のその後の説明が全然無い。
まあ、カークは危機に対する一時的な現場復帰だったんだろうけれど、スポックはヴァルカンでの修行止めて何で訓練官になっているの?だし、あれだけ現場復帰を嫌がっていたマッコイもすんなりいたり、何故チェコフだけ別の艦に乗っているの?とかの説明が一切無いのは凄い違和感。
展開でも宇宙船を暫く離れて地上勤務になっていたカークが久々にエンタープライズの指揮を執るのは一作目と同じだし、レギュラー1に行く為にエンタープライズが発進する場面は一作目とほぼ同じと言うか、本当に一作目のカットをそのまま使い回していたり、若い新たな乗組員のサーヴィックがいたりとか、この序盤のエンタープライズの展開ってまるで一作目が無くて、ここから新たな「宇宙大作戦」のその後を描く映画の始まりかの様。
何だか二作目にして映画シリーズのリブート、リスタートの様な感じがしてしまった。

この映画での敵は「宇宙大作戦」の「宇宙の帝王(Space Seed)」の一話だけに登場したカーン・ノニエン・シンを持って来ていて、この持って来方に関心した。
その後のスタートレックシリーズで育った身としては、やっぱり敵と言えばクリンゴンやロミュランになるかと思ってしまうけれど、そこに一話だけしか登場しなかったカーンを出すとは意外。
このカーンの選出って当時の「宇宙大作戦」を見ていた人達はどういう反応だったのだろう?
監督脚本のニコラス・メイヤーが「宇宙大作戦」を見た事が無くて全部見たらしいけれど、確かに気になるだけの存在感はカーンにはあったか。

そのカーンはただカークへの復讐だけで突っ走るので「宇宙の帝王」よりも分かり易い悪役にはなっているけれど強烈な存在ではあり、でも復讐に突っ走るので簡単にカークの挑発に引っ掛かってしまってしょっぱくもありで、凄く人間らしくなっていた。
カーンで疑問に思ったのは、あの洗脳出来る虫はあの星にはカーンに従う優生人類しかいないのに何で洗脳出来ると知ったのか?と、最後エンタープライズを巻き込んで自爆して復讐を果たそうとしてけれど、リライアントが爆発する前にカーンが死んでしまったっぽいので、カーンは「カークに復讐出来た!」で死んでしまって、カーンとしてはめでたしめでたしの死になったんじゃないの?という事。
カーンの最後に関しては、映画として最後までカーンを悪役として、その悪役を倒すのを描くなら、カーンが死ぬ前にスクリーンに映ったエンタープライズがワープして飛んで行って、カーンの「そんなぁ…」でリライアント爆発でカークとしてはめでたしめでたしになるんじゃないの?と思ったのだけれど、そこら辺のカーンの最後の描写が曖昧なので凄く中途半端に思ってしまった。
カーンで良かったのは、ハリウッド映画だったりカークだと最後に敵と殴り合っての決着に行きがちだけれど、この映画ではカークとカーンはスクリーン上では話をしていたけれど実際に顔を会わせる事が無かった事。
これだけ強烈な敵がいて、とにかく敵を殴って倒しがちだった「宇宙大作戦」のカークを思うと直接の対面が無いのはおもしろかった。

カークの変化で言えば、歳を取った話も出て来て、敢えて誕生日を出して歳を感じてしまうとか、老眼鏡を出したりと歳を強調していた。
一作目から三年後の映画とは言え、カークと言うか、ウィリアム・シャトナーが一作目から更に老けている感じはあったし、カークは一作目と比べると大分落ち着いた感じになっていたし。
一作目のカークがエンタープライズへの執着が強くて、本来の艦長になるはずだったウィラード・デッカーとやたらと張り合ってマッコイに説教されていた事を思うと急に大人になった感じ。
そもそも一作目のカークが権力使ってとにかく自分がエンタープライズの艦長をするんだ!と出しゃばる駄々っ子ぽさに違和感を感じたけれど、この映画での周りの人達が艦長はカークが相応しいと譲っても「いやいや」と断るカークの方が全然良い。
一作目の話も結構いまいちでカークの人物描写も思うと、やっぱりジーン・ロッデンベリーが外されて正解だった様な気がしてしまった。
新スタートレック」もジーン・ロッデンベリーの関わりが減って来た辺りからおもしろくなって行ったし。

他の人物はカーンの個性や存在が強いからかマッコイの活躍も余り無いし、スポックは行き成り特に前振りも無く死んでしまうし、カークとスポックとマッコイの漫才感が薄かったので物足りなかった。
スポック行き成り死んじゃうの?と思ったら、どうやら演じるレナード・ニモイが元々二作目に出演する気が無く、スポックが死ぬんならするよで出たらしく、それで突然死ぬ展開になったらしい。
だからスポックの活躍場面が余り無いのかと思ったし、一方で映画がシリーズ化になってやる気満々のウィリアム・シャトナーに合わせてかカークはやる気がドンドン出て行くけれど、そんなに乗り気じゃなかったレナード・ニモイのスポックが死んで終わりなのかとも思ったし。
でも、結局何だかんだでスポックは最後の六作目までで続けるんだけれどね。

新たな人物のサーヴィックは活躍しそうで大してせずで、良さそうな存在だったのに少々勿体無い気がした。
それにヴァルカン人なのに最後に泣いたけれど良いの?だったし。
ヴァルカン人って泣かないと思ったので調べてみたら、このサーヴィックって映画の中では全く出て来なかったけれどヴァルカン人とロミュラン人の子供という設定らしく、撮影前の脚本ではスポックの台詞での説明があったらしい。
だから時々驚いたり戸惑ったりした様な感じがしたのかも。

カークの恋人だったとして出て来たキャロル・マーカスって、この人もカーンみたいに「宇宙大作戦」から持って来た人だったっけ?と思って調べてみたらこの映画が初登場だった。
更にそのキャロル・マーカスとカークの子供デビッド・マーカスまで出て来たけれど、このデビッドの扱いも微妙。
カークがもしかして自分の子供かも?と思う様な描写はほとんどないし、父と子の対立を見せるのかと思いきやデビッドは単に研究の事で艦隊の人間を信用していないだけだし、カークとの和解も何だかよく分からない感じだったしで、何でわざわざカークの息子を出して来たんだろう?
他でもカーンとジェネシス計画や、そこに急なスポックの死とか、上手く噛み合っていない感じがしてしまったのだけれど、元々別々の脚本で企画されていた事を幾つか合わせたらしいのでこういう感じになっている所に、更にデビッドを出しての父と子の関係をやろうとしたけれど上手く描き切れなかっただけなんだろうか。

映像では、エンタープライズとリライアントの戦いは結構良かった。
「宇宙大作戦」では流石にここまで特撮や模型やCGなんて出来なかったので中々迫力はあったし、確かそれまで宇宙艦隊の船同士の戦いも無かったのでそこでもおもしろかった。
ただ、星雲の中で戦いの時、特に何の説明も無くエンタープライズがリライアントの真後ろに付けられるのは何で?とは思った。
説明が無いので何ともだけれど、あれだと映りの悪い映像を目視で確認して移動していたって事?
ここら辺はよく分からないSF用語で索敵して見つけられての移動が描かれていたらもっとおもしろかったのにとは思ってしまった。
互いに見えない同士で宇宙船で戦うのは「宇宙大作戦」でロミュラン相手におもしろくやっていたのになぁ。

あと、制服も一作目が無かったかの様に新たな制服になっていたけれど、こっちの制服は「宇宙大作戦」以降の制服として他のシリーズで見た事があったと思うので馴染みがあった。
一作目のやっぱりな寝間着感や地味な感じからするとこっちの方が断然良い。

この映画、まるで映画一作目が無かったかの様にカークのエンタープライズの艦長復帰と敵との対決になり、それを宇宙船戦での映像的にも見せていて、一作目無しでこっちから映画シリーズの始まりでも良い様な中々おもしろかった映画でした。

☆☆☆★★
 
 
関連:宇宙大作戦 シーズン123
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