大女侠

2026年05月29日 金曜日

張徹監督・脚本、チェン・ペイペイ主演の1968年の香港映画「大女侠(金燕子 Golden Swallow)」。

女剣士の金燕子は金鞭に助けられて行動を共にしていた。
その二人に悪党を殺して回っている銀鵬の話が伝わる。
金燕子は銀鵬は長らく会っていない弟弟子ではないかと金鞭に話していたが、銀鵬はまさにその弟弟子で金燕子を誘き出す為に悪党を殺した後に金燕子のかんざしを残して行っていた。

古い香港映画を見ようと思い、1960~1970年代の香港映画を盛り上げた映画会社ショウ・ブラザーズが武侠映画やカンフー映画を多く作った先駆けとなった映画「大酔侠」を見たので、その主役だったチェン・ペイペイ演じる金燕子が登場するというので、「大酔侠」の続編的なこの映画も期待を持って見てみた。
しかし、「大酔侠」の続編と思って見たら大分期待外れ。

「大酔侠」の一番良かった所はチェン・ペイペイ演じる金燕子のカッコ良さで、その凛として動じず、顔色一つ変えずに敵と戦って倒して行く強さと美しさとカッコ良さに目が行き、その金燕子がまた登場する映画となればその金燕子を期待するのに、この映画は金燕子は初めは主役かと思っていたらほぼジミー・ウォングが主役で、延々とジミー・ウォングが悪党を特に因縁も無いのに切り殺して行くばっかりで金燕子の登場さえ少なくて非常にガッカリ。
初めから金燕子はにこやかに笑って、キャッキャしながら金鞭とイチャイチャしているという「大酔侠」とは全く違う人物になっており、「大酔侠」に出て来た将軍の娘とかの設定も全く出て来ず、同じチェン・ペイペイ演じる金燕子なんだけれど最早別人。
途中で少しだけ金燕子が戦う場面は出て来て、「大酔侠」と同じ様な二刀流で短剣を頭上に上げての剣劇があるにはあるけれどほんの少しだけで金燕子としては物足りなさ過ぎる。

話は金燕子の事が気になる銀鵬が金燕子に会いたいが為にあちこちの悪党共を殺して回るだけで進んで行くのでおもしろくはない。
一応銀鵬は過去に家族を悪党に殺されて自分も何とか生き残れたので悪党を殺して回っているという話はあるものの、その土地で勢力を伸ばす大きな組織から隣の家が気に入らないので因縁付けて家族を殺した一家まで大小関わらず殺して回るので只のサイコパスな殺人鬼にしか思えず、しかもその殺しの犯人を金燕子に見せかけて行くとなると当然金燕子の方に迷惑所か命の危険もあるのに、ずっと何してるんだろう?で話がつまらない。
そこから銀鵬、金燕子、金鞭の三角関係の話になり、そこまで各人の思いが大して描かれないのでその恋愛話には入って行けず。
結局ジミー・ウォングの大立ち回りで死んで行く見せ場で終わって、只々ジミー・ウォングが目立つジミー・ウォングの映画でしなかない。

そのジミー・ウォングは常にすっとぼけた、何なのその顔?な表情ばかりでカッコ良くはなく、しかも天津木村にしか見えないので終始微妙。
剣劇も剣を大きくぶん回してばかりで、剣をぶん回すと相手が切り殺されるの繰り返しでおもしろくもないし。
敵の中に個性が強そうな感じの人もいるのに直ぐにジミー・ウォングに切り殺されるので個性は出て来ないままな一方、極悪非道の組織の中でも何故か義理堅く自ら死んで行く人を多めに描いたりと、結局何を見せたいのか、何故それを見せたいのかよく分からない事も多く、その分ジミー・ウォングも何だか散漫になり、更にその脇役の金燕子なので金燕子は活きて来ない。

「大酔侠」で人気が出たチェン・ペイペイの金燕子の続編をと思ってショウ・ブラザーズは初めは「大酔侠」の金燕子を基にするつもりだったのが、「大酔侠」の監督だったキン・フーがショウ・ブラザーズを出て行ったので監督が変わり、脚本を何度も手直ししたらこうなったらしく、そこに片腕必殺剣で人気が出たジミー・ウォングを入れたらこうなってしまったという事なのかと思う。

この映画、原題が「金燕子」だし、金燕子が出ている続編として期待して見たら、その金燕子は完全に脇役でジミー・ウォングを頂点とした三角関係の中の一要素位でしかなく、話も何処に向かうのかがずっとおもしろくはないし、分かってからもおもしろくはないし、「大酔侠」の金燕子の更なる活躍が見たかったのに金燕子の戦いすらほとんど無いので非常にガッカリな映画でした。

☆★★★★
 
 
関連:大酔侠

大酔侠

2026年05月27日 水曜日

キン・フー監督・脚本、チェン・ペイペイ主演の1966年の香港映画「大酔侠(大醉俠 Come Drink with Me)」。

盗賊の護送中に仲間達が襲撃して来て助け出し、同行していた長官もさらわれてしまった。
盗賊団は囚われている首領と長官の交換を要求してき、その交渉役として女剣士の金燕子が送られた。
金燕子は首領を返すつもりはなく、金燕子と盗賊団との争いが始まった。

元々はジェット・リーのワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナを見ようかと思って、それならそれ以前の映画を見てからだと思って内容を余り覚えていなかった「阿羅漢」を見直したら、Amazon プライムビデオのお勧めに古い香港映画が現れて来たので急に古いカンフー映画や武侠映画を見たくなって香港映画の歴史等を調べて更に興味を持ち、何か良い映画あるかな?と思ってプライムビデオを見たら「大酔侠」が出て来た。
確か以前も古い香港映画に対する興味が出て来て調べた時には「大酔侠」は無かったはずが何時の間にか追加されのか。
と言う訳で「大酔侠」を見てみた。

この映画は1960~1970年代の香港映画を盛り上げたショウ・ブラザーズが剣劇やカンフー映画を送り出す先駆けになった当たった映画で、確かに当時だと受けた感じが分かる様なおもしろさがあった。
わたしはそんなに香港映画には詳しくないけれど、その後の香港の活劇の先祖的な立ち位置やそれまでの香港映画の色々な影響とかを見るという部分でもおもしろいと思われるはず。

設定が盗賊団が首領と文官の交換をする話し合いの為に送られて来た使者が武芸の腕が立つ女剣士で活躍するという時点で盛り上がる。
この主人公の設定や動き等はその後の香港映画に色々影響を与えたんだろうなぁと思うし、そこから影響を受けた日本の漫画辺りの設定っぽくて良くも悪くも漫画的な部分がある。
その主人公はまあ強くて、一対多数の戦いでも剣をひらりと振り回して涼しい顔で立ち回り、飛び跳ね、後ろから襲って来た敵を見ていなくても気配で一撃で倒してしまうのには香港映画のニヤニヤしてしまう楽しいアクションがある。

ただ、主人公を演じるチェン・ペイペイは雰囲気は非常に良いけれどまだ二年目だからか演技は上手くなく、その場に止まったままやたらと周囲を目で見渡す事が多く、それが何かぎこちないと言うか、わざとらしいと言うかだし、戦いでの動きもいまいち。
全般で戦いの場面はこの時代にしては編集を短く早くしていて魅せる様になっているのだけれど、行動した直ぐ後に相手が傷付いていて、動き始めから結果だけでその行動中の中間部分が抜けている様な何をしてそうなったのか分からない事も多いし、全員の動きもあんまり良くはないのは流石に六十年代の先駆けの映画だからなんだろうとは思った。

また、監督のキン・フーが京劇好きだったからだと思うけれど、音楽は京劇で聞く様な銅鑼とかのジャンジャンする感じで、急に動くとジャンと鳴ったりと人物の動きに合わせて音が入ったりで京劇の影響が強いのかもしれない。

不思議なのが話の構成で、中盤以降も盗賊団と女剣士の戦いではあるんだけれど、序盤で登場した竹竿を持った謎の人物が女剣士を助け出すので、この人物は何かあるのかと思ったら終盤はこの竹竿の男の過去の因縁話になり、ほぼ盗賊団とは関係して来なかった兄弟子が出て来て、その兄弟子との戦いが最後の戦いになって終わってしまい、結局は主人公がこの竹竿の男だった感じになってしまっていた。
題名も何で「大酔侠」なのかずっと気になっていたけれどこの竹竿の男が酒好きだったのでこの題名らしく、この題名だと女剣士は関係無いし、やっぱりこっちが主人公だったという事なのか。
それにしては女剣士の主人公感は強くて、何時の間にか主人公が入れ替わっていた感じだった。

この映画、香港映画の歴史を見る上では成程と思いながら見れたし、各人物も立って存在感は強く、1960年代の武侠映画と考えると中々良く出来ている映画なんだけれど、おもしろい部分は各所であるものの剣劇は流石に時代を感じてしまい、今見てしまうといまいち感は拭えず、最終的に主人公がすり替わって終わってしまうので見終わると肩透かし感が強くなってしまった映画でした。

☆☆★★★
 
 
関連:大女侠

24 シーズン3

2026年05月09日 土曜日

Amazon プライムビデオで「24 -TWENTY FOUR-」の配信がまた始まっていたのでシーズン2から見直していて、ただシーズン2を見ていたのが年末位だったので年末年始で何かと忙しいのは分かっていたから、そのまま続けてシーズン3を見るのは控えていて、他のモノを見ていたらすっかり見るのを忘れていたので数か月振りに見始めたシーズン3。

昔に一回見てはいるので、ジャック・バウアーの弟子的相棒チェイス・エドモンズとか、ラモン・サラザールとかは強い登場人物だったのではっきりと覚えていたし、シーズン2でさえ製作側が存在を完全に持て余していて、いらない子だったキンバリー・バウアーをCTUに入れて何とか存在意義を出していたとかも覚えていたけれど展開はほとんど忘れていたので楽しめた。

シーズン3にもなると今までとは違う展開にはしていて、今シーズンは初めから敵と目的と手段をはっきりと出していた。
生物兵器によるテロで脅迫してラモン・サラザールの釈放が目的と、今までは徐々に明かされていた部分を最初から前面に出して一気に見せる方向性にしていた。
しかし、これもちゃぶ台を引っくり返す為の振りで、実はこの導入は売りに出された生物兵器を確保する為にジャック・バウワーがサラザールの下に潜入する為の極秘作戦だったと結構な序盤で話が一気にガラッと変わってしまうのには興奮したしおもしろかった。
そして、シリーズお馴染みになっている大体半分位の所で今までの話が終わって、また別の敵を追い掛ける事になる後半戦が始まり、ようやくここら辺から何時もの「24」らしい展開にはなって行った。

ただ、以前見た時はこのシーズン3はこれまでの中で一番おもしろかったと思ったシーズンで、そのおもしろかった印象で残っていたけれど、改めて見るとそうでもないと言うか、ここまでで一番おもしろくはないシーズンだった。
前半のサラザール編は今まで雰囲気や展開が違っておもしろくはあるものの話を結構引っ張り過ぎで早く次に進んで欲しいと段々と思って行ったし、あれだけ引っ張って色んな人間関係描いたのに全員死んで終わらせてしまう、ジャック・バウアーの心情も特に描かずにそのまま次の犯人探しに行くし、ニーナ・マイヤーズとの決着も引っ張った割にあっさり過ぎて直ぐに次に行くしで常に尻すぼみ感ばかり。
ここら辺りの話は終盤を過ぎて見終わるとさっぱり忘れてしまっていたし。

一方のデイビッド・パーマーの方は中盤以降もパーマー兄弟の女性問題の対処や揉み消し話なので物凄くこぢんまりしていて、これまでのシーズンに比べると非常にしょうもない話だし、いよいよテロリストと対峙し始めても相手に翻弄されるだけで面白味が無かったし。
しかし、「24」全体でも名場面のシェリー・パーマーの罵り殺しがあるという部分ではおもしろ過ぎる。

チェイス・エドモンズも初めはジャック・バウアーとの一方的な信頼関係やギクシャクする関係から、チェイス・エドモンズがジャック・バウアーを追い掛けてメキシコに行ってしまう健気さとかは良かったもものの、中盤辺りになるとチェイス・エドモンズの影が極端に薄くなり、たまに見かけると、そう言えばチェイスいたな…位まで脇役になってしまっていて、チェイス・エドモンズは初めの設定や勢いは良かったのに中盤以降製作側が上手く使い切れていなかったのが残念。

1話目から全力疾走だし色々と盛り込みまくり。
行き成りシーズン2から三年後になっていて、その間に色々あった様。
シーズン途中かの様なサラザールとジャック・バウワーの関係性。
ジャック・バウワーは既にお馴染みの潜入捜査でサラザールの下で何かしらしていて、しかも分かり易く薬物中毒が抜けないという危機。
トニー・アルメイダとミシェル・デスラーは結婚しているし、シーズン2での持て余し感の半端なさや話のどうでもよさから独立させた話にするとどうしようもないと思ったのかキンバリー・バウアーはCTUの職員になっているけれど端々に見えるうざさは変わらず。
新しい人物も増え、ジャックの相棒でジャックを非常に慕うチェイスは非常に良い奴。
癖のある分析官アダム・カウフマンは何処かで見た事あるなと思ったら、この後の「HEROES」のサイラー役で有名になり、ケルヴィン・タイムラインの別のスポック役でお馴染みになったザカリー・クイントだったのか。
シーズン3は一度見たのにザカリー・クイントが出ていたのは全く覚えていなかった。
それに、今後あれだけ役が成長するとは思ってもみなかったクロエ・オブライエンが初登場。
デイビッド・パーマーの方はシーズン2の最後にあれだけ大風呂敷広げたクリフハンガーで終わらせたのに、ちょっと後遺症はあるけれど健康的には問題無いし、あの犯人は捕まえましたと一行台詞で終わらせてしまったりと、もうシーズン2は終わってシーズン3ですからと言う様なぶった切り感で済ませてしまっていて拍子抜け。
そして今回はこの一話目からアーロン・ピアースは登場。
意外だったのがシーズン2で思った以上に活躍したケイト・ワーナーが再び登場し、どうやらジャックと付き合っていたけれど別れたらしかったり。
本題はやっぱりテロなんだけれど、これまでと違うのはサラザールの釈放というはっきりとした要求があり、これまでよりも敵も目的もはっきりとしてどう展開させるのかと興味が湧き、見所一杯。
本当なら一話目だし、次が見たくなるので続けて二話目も見るんだけれど、この一話目はお腹一杯過ぎて一話でやめてしまった位だった。

9話目でニーナ・マイヤーズ登場。
ニーナが登場するのも覚えていたけれど、改めて見るとこのニーナの登場って都合が良くはある。
急に現れた競売相手の代理人がニーナって出来過ぎ。
まあ、演じていたサラ・クラークがシーズン3限りでという事になったのか、何処かでジャックとニーナの関係に決着は付けておかないといけないので、ここに何とかねじ込んだ感じはあった。

12話で、これまで散々引っ張って来たサラザール編が急に終わってしまう。
敵が死亡するのは結末としてはそうではあるけれど、「24」の特徴として息をつかせずに次の展開に行ってしまうので、これまで色々と描いて追って来た敵が急に無かった事の様に次に行ってしまうのは何だかなぁと思う所。
行ったり来たりするジャック・バウワーとラモン・サラザールの関係をここまでじっくりと描いて来て、それがどちらにも特に何もないままで終わってしまう呆気無さったら無い。
まあ、ここまでじっくりと描いていたのでサラザールは強烈に印象に残っていて覚えていたのかとは思う。

13話では「24」全体の中でも屈指の名場面「シェリー・パーマーが相手を罵り殺す」が登場。
デイビッド・パーマーを脅す後援者のアラン・ミリケンが意図せずシェリーの前に現れたけれどシェリーは一切動じず、そのままアラン・ミリケンがどんなにクズなのかを罵り始めてアラン・ミリケンは心臓発作で死んでしまう凄い場面。
罵り殺すって初めて見た時は相当衝撃的だったし、その演技の凄さとこの展開に笑ってしまったけれど、また見てもやっぱり凄い場面だし、やっぱり笑ってしまった。
こんな恐怖かつ凄みかつ笑いという場面って中々無い。
この場面でわたしの中で「24」で最強なのはジャック・バウワーではなくシェリー・パーマーになってしまっている。
シェリー・パーマー役のペニー・ジョンソン・ジェラルドの演技も凄いんだけれど、日本語吹き替えの小宮和枝のここの演技は本当に一世一代の演技だと思ってしまう。
ペニー・ジョンソン・ジェラルドはわたしが大好きなドラマの一つ「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」にも主人公のベンジャミン・シスコ司令官の恋人役キャシディ・イエイツで出演しているのだけれど、キャシディ・イエイツは非常に穏やかで優しい人物で、しかも「DS9」では小宮和枝が副司令官のキラ・ネリスの吹き替えしているので、「DS9」から「24」を見ると違和感が凄い。

14話で遂にジャック・バウワーがニーナ・マイヤーズを撃ち殺す。
なんだけれど、15話でその事について正当防衛だったか、個人的な恨みだったかで取り調べを受けてはいたけれど結局ジャックの本心は見えてこないまま。
それに、都合良くニーナ・マイヤーズがジャックと出会う事になり、ここまで二人の因縁を引っ張った割に呆気無いニーナ・マイヤーズの最後だし、ニーナ・マイヤーズの事を特に引っ張りもせずにアマドール探しになってしまうので、折角のニーナ・マイヤーズとの因縁も尻すぼみ感が強かった。

17話ではテロリストからの脅迫で何故かライアン・シャペルを殺さなくてはならなくなってしまう。
で、本当にジャック・バウワーがライアン・シャペルを殺してしまう。
初めて見た時も思ったし、今回も思うのは、この展開非常に何だかなぁ…。
脚本上の視聴者への驚き目的だけで、これが上手い展開でもおもしろい展開でも驚きのある展開でもないからなぁ。
ここまですんなりだと普段からジャック・バウワーが面倒臭いと思っていたライアン・シャペルを殺せて良かったと思っていた…と思ってしまう。
ただ、シーズン2のジョージ・メイソンにしろ、今回のライアン・シャペルにしろCTUの上官は退場時に見せ場があるって役者に対する製作側からの温情があるなぁとは思う。
このライアン・シャペル役のポール・シュルツはこのシーズン3での降板が決まっていたからの退場なのかなぁ?
調べてみてもそういう話は出て来なかった。
以前見た時はライアン・シャペルって嫌な奴位の役だったと思っていたと思うのだけれど、改めて見ているとライアン・シャペルって確かに自己保身はあるものの組織を率いる管理者として、特に無茶苦茶しまくるジャック・バウワーがいる組織をちゃんと管理する上司としては非常に真っ当な事を言っていてちゃんとしている人だったのかと思った。
それとこのライアン・シャペルが殺される場面は以前見た時からのわたしの記憶の中ではジャック・バウワーが嫌がるライアン・シャペルを無理矢理何処かの建物の屋上に連れ出して撃ち殺したというモノだったのだけれど全然違った。
この記憶は他のシーズンの何かの場面と混同していたのだろうか?
それに最終話でのチェイス・エドモンズも、ジャック・バウワーがチェイス・エドモンズの手首を斧で切るのはそうだったけれど、その後ジャック・バウワーがチェイス・エドモンズに肩を貸して歩いて行って部屋を出て行く所で終わったという記憶で残っていたのだけれど、それも違っていてチェイス・エドモンズの手術まで描いていたのか。
これも何と記憶が変わっていたのだろうか?

24話の最後にジャック・バウワーが一人で泣き出す場面は凄く良かった。
確かにこの一日だときつ過ぎるよな。
それを台詞ではなくては自動車内で一人で泣くという演出は非常に良かった。
その途中で無線で呼び出されて仕事に赴くというのも良かったし、これが最終回でも良かったと思う最後だった。

ただ、全体的には変に引き延ばしている割に行き当たりばったりの様な展開の脚本に感じてしまったし、各人の行動が脚本の展開上での都合で動いている感じがあっていまいち乗って行けない事も多かった。
ジャック・バウワーはこれまで通り何を思っているのかを見せずに黙々と犯人を捕まえようとする狂気は恐ろしかったけれど、やっぱり何を思っているのか分からないのでジャック・バウワーに乗って行けない所もあったし、キンバリー・バウアーは序盤は何時も通り何かをしたり言ったりすると問題を起こすウザい奴をしていたのに、それも中盤以降から鳴りを潜めてしまったし、序盤はあれだけジャック・バウワーを慕い、ジャック・バウワーの対等ではない相棒という新しい役回りで非常に良かったチェイス・エドモンズも中盤以降鳴りを潜めてしまったし、トニー・アルメイダも脚本上の行動感が強かったし、ミシェル・デスラーはあれだけウイルスとの関わりを見せておいて感染していませんでしたも都合が良いし、何かいまいち。
デイビッド・パーマーもシーズン2の最終話であれだけ派手にクリフハンガーしておいてその事はほぼ関係無く話が進んであのクリフハンガーは何だったのかと思ってしまったし、それにシーズン2で一番の問題になった政権内にいる裏切り者の話もどうなったかのも一切出て来ず、シーズン3でも同じ副大統領が出て来たのであの副大統領は上手い事担がれただけだったの?とかよく分からないままで放り投げだしていたし。
一方、今シーズンではシェリー・パーマーが大活躍で、完全にシェリー・パーマーがデイビッド・パーマーを喰ってしまっていた。
もっとシェリー・パーマーの凄みを見たかったけれどこのシーズンで退場だったのは残念。
他の人でもこれまでのレギュラー級、準レギュラーだった人達が何人も退場したのはシーズン3の視聴者数がシーズン2よりも落ち込んだ事もあって、次のシーズンでは登場人物達を相当入れ替えようとしていたからみたい。
それが成功してシーズン4から視聴者数は増えたから、ここでのテコ入れは必要だったのか。

このシーズン3は改めて見るとわたしの記憶にあったおもしろさとは結構違い、何だかなぁ…な部分も結構多かったし、後半になって何時もの「24」にはなっていたけれど、出したはいいけれど段々と持て余していた人物達が勿体無い気ばかりしたし、話を広げている割に非常にこじんまりと身内で回している様な感じだったし、見直すとこんなに印象が変わってしまうモノかと思ったシーズンでした。
 
 
関連:24 シーズン2
   24 シーズン4

ジャッカルの日

2026年04月24日 金曜日

フレッド・ジンネマン監督、エドワード・フォックス主演の1973年のイギリス・フランス映画「ジャッカルの日(The Day of the Jackal)」
フレデリック・フォーサイスの小説「ジャッカルの日」が原作。

1960年代のフランスではアルジェリアの独立を支持したシャルル・ド・ゴール大統領に対して反ド・ゴールの秘密軍事組織(OAS)がテロ活動を行っていたが政府の取り締まりによって衰退していた。
OASのメンバーは海外逃亡したが行動も監視されているので手詰まりとなったので新たにプロの暗殺者ジャッカルを雇いド・ゴール大統領の暗殺を任せた。
ジャッカルは旅券を偽造して別人に成りすまし、イギリスからイタリアやフランスに渡って暗殺の準備を始めたが、OASのメンバーを拉致して尋問したフランス政府は暗殺者に依頼した事を察知し、警察局のクロード・ルベル警視にジャッカル捜査を一任した。
暗殺を成功させようとするジャッカルとその行方を追うクロード・ルベルや各国の捜査機関との対決が始まった。

以前、小説の「ジャッカルの日」を原作にはしていないらしく、この映画の初期脚本を基にしたリチャード・ギアブルース・ウィリス共演の映画「ジャッカル」を見た事があり、その映画の基の映画を見てみたいと思っていたらYouTubeで無料配信されていたので見てみた。

この映画の設定はジャーナリストだったフレデリック・フォーサイスの実際の経験や出来事等から作られているのである程度史実には基づいているので、初めのアルジェリアの独立とか、OASとかの部分は全く知らなかったのでよく分からないまま見ていていたのだけれど、そこら辺は分からなくても危ない反政府組織が大統領の暗殺を狙って雇った暗殺者の話なのでちゃんと見れる様になっている。
映画はほぼこの暗殺者ジャッカルが主人公で、如何に旅券を偽造して渡航するか。
暗殺の為の小型銃を作るか。
偽造や変装でどうやってフランスに忍び込むのか等の暗殺までの行動計画を非常にじっくりと描いている。
なので、見ていると段々とジャッカル側の目線になり、ジャッカルがんばれ!ではないけれど大分ジャッカル寄りで見てしまっていた。

本当だったら、ジャッカルと彼を追うクロード・ルベルの静かな攻防で盛り上がって行くのだろうけれど、クロード・ルベルが登場するのは始まってから一時間近く経ってからだし、登場してからも話はイギリス側の捜査になってクロード・ルベルは余り出て来なかったり、クロード・ルベルは基本的には電話で各国やフランスの捜査機関に指示して情報を待つのでクロード・ルベルが捜査している感じが無く、二人の対決や追いかけっことしては全然盛り上がらず。
なので、クロード・ルベルが情報を掴んでジャッカルに近付いても何だか盛り上がらないし、最後もクロード・ルベルがギリギリでジャッカルを止めれる場面も本当に盛り上がらずにあっさりと終わってしまった感じでサスペンスとしてはあんまりおもしろくはなかった。

見ていて思って後から小説の「ジャッカルの日」の粗筋を見てみたら映画と大体同じだったので、小説を結構そのまま映像化した、映像化する事が目的だったのかと思うと、こういう構成や演出にはなるのかとは思ったのだけれど、それでもまったりし過ぎだし、間延びしている感はあった。
全部で二時間二十分位もあるけれど流石に一時間半位した所から段々と集中力は落ちて飽き始めてはいたし。

こういうサスペンスモノだと、暗殺者とか犯罪者が立てた計画通りに物事が進んで、それに巻き込まれた主人公がただ翻弄されるだけというのが結構あったりして、それは都合の良い脚本としか思えずつまらないんだけれど、この映画ではジャッカルの行動は自分で計画していた事以外にも所々で問題が起こって時々困るというのがあって、そこは結構おもしろかった。
ただ、すんなりと次に行くので、やっぱり盛り上がりには欠ける。
計画していた事も、例えば旅券の偽造と変装は結構早目にあっさりとバレるし、自動車を改造して隠した銃もただそれで運んだというだけで隠していたのが見つかりそうになるけれど回避したみたい事も無いし、自動車が分かられてしまったからわざわざナンバープレートを盗んで自動車の色を塗りなおしたのに直ぐに他の自動車に乗り換えたりと、盛り上がる振りに対する結末が非常に素っ気ないと言うか、振りを全然活かさないとか言うかで計画段階の方が一番盛り上がってしまっていた。

それに、ジャッカルは出会った人達を殺しては行くんだけれど、それが軽く殴っただけとか、グッと押しているだけとかの行動なので、そのジャッカルの攻撃で単に気絶しただけにも見えたし、この程度の事で死んでしまうの?と思って、その緊迫感や残酷さがあんまり出て来なかったし。

そう言えば、ジャッカルは初めに一番大事なのはどうやって逃げるかと言っていたのに、最後あそこからどうやって逃げるつもりだったのだろう?
あの建物はどうやら階段が一つだけの様だったし、周囲は屋根まで警察が見張っていたし、あれだけジャッカルの計画を描いていたのに脱出方法はおくびにも出さなかったのも何か都合がいい。

舞台がヨーロッパなのは良い。
町並みや景色が良いし、色んな国を渡り歩きながらというのもワクワク感を掻き立てる。
それに1970年代の雰囲気も今や歴史物として見れ、人々の服装や髪形、自動車とかも興味が行った。
ただ、フランス人がフランス語喋らないのは非常に頂けない。
完全に映画の興行的な都合でしかないんだろうけれど、これだけ色んな国が出て来るのに誰もが英語で会話していて、フランス人だけでの会議でもフランス人達が英語で喋るって見ていると何だかクラクラして来た。
それに各国での場面が切り替わって行くのに皆が英語なので、一応看板で何処何処とは見せる事もあるのだけれど今ここはどの国なのかが分からなくなり、ヨーロッパに慣れていないと場所把握が段々とよく分からなくなり面倒臭くなってしまった。

おもしろかったのは当時の仕組み。
今では何でもコンピューター化、データ化しているので簡単に検索参照出来てしまうけれど、この時代は当然紙での書類なので申請や偽造がし易かったり、逆に資料から情報を探し出す時は大変なのは、ああ、そうだよなぁ…と今更関心した。
棚一杯の紙の束の中から得体の知らない人物一人を探し出すのは映像的に分かり易いんだけれど、予算的な限界なのか、十人程度で少量の紙の資料を見付けているって結構しょっぱい。
他の場面でもヨーロッパ横断ジャッカル捜査なはずで、フランス政府は十万人規模を動員していると言ってはいたけれど画面上は数人で捜査して見つかりましたなので規模が小さく見えてしまった。
とにかくもっとエキストラを大量に動員して人海戦術での捜査を見せたら映像的に大捜査だと思わせて良かったのにと思った。

この映画で一番驚いたのが、映画「ジャッカル」はどんな映画だったっけ?と思ってこのブログを検索したら、この映画「ジャッカルの日」を既に見ていて感想を書いていた事。
見た記憶が全く無く、今回見ていても以前この場面見た記憶があるとか、この展開何か知っている様な…という事が一切無かったので、まさか以前見ていたとは思ってもいなかった。
それだけ何も記憶にも印象にも残らなかったんだろう。

この映画、小説をそのまま映画化したという部分では分かるんだけれど、それにしてもジャッカル視点で追う側が薄いし、追い掛ける側も人が多くて散漫になってこの人は何処の誰で何しているんだっけ?もあったり、中心人物であるはずのクロード・ルベルも大して活躍しないので目立たず、二人の対決の部分ではおもしろくは無かったし、流石に今にこの構成や編集だと半分位の所で飽きてしまった。
だからと言って短くすると今でも説明や描きが足りていないのに分からない事が多くなるだろうし、連続テレビドラマにすると長くなり過ぎる気もするしで、どっちにしろ色々と無理なんだろうなぁとは思った映画でした。
調べたら、2024年からイギリスで1シーズン十話の連続テレビドラマ「ジャッカルの日」をしていた。
ただ、これは舞台を現代にして、色々と変えている様なので、映画や小説とは別物みたい。

☆☆★★★
 
 
関連:ジャッカル

ザ・プレデター

2026年04月17日 金曜日

シェーン・ブラック監督・脚本、ボイド・ホルブルック主演の2018年のアメリカ映画「ザ・プレデターThe Predator)」
シリーズ四作目。

特殊部隊のスナイパーのクイン・マッケナは任務中に謎の飛行物体が墜落して来たのを目撃する。
その墜落した飛行物体に乗っていた地球外生命体プレデターに攻撃されて仲間を殺されてしまう。
帰還したクイン・マッケナは軍に事情聴取を受けるが、政府はプレデターの事を秘密にする為に精神的に問題がある軍人受刑者と共に施設送りにしようとする。
一方、進化生物学者のケイシー・ブランケットは政府からの依頼を受けて秘密基地に赴くと、そこでは捕獲されたプレデターを研究しており、ケイシー・ブランケットの力を借りて生態を解明しようとする。
その時プレデターが覚醒して暴れ出して脱走。
秘密基地に向かっていた護送車を奪ったクイン・マッケナは同じ護送車の軍人達と共に仲間を殺したプレデターを追い掛け、同じくプレデターを追い掛けていたケイシー・ブランケットと合流し、政府に追われながらもプレデターの行方を探そうとする。

Amazon プライムビデオでプレデターシリーズの映画の配信が終わりそうなので一作目の「プレデター」から見始めての四作目。

一作目が当たった事で三年後にその続編「プレデター2」が作られたけれど、それがいまいちだったので三作目「プレデターズ」の公開は二十年後になり、その「プレデターズ」が結構当たったのでの続編ではあるけれど「プレデターズ」から八年後と結構間が空いての更なる続編。
続編とは言っても、これまでに何度かプレデターが地球にやって来ていたのを政府は確認していた事になっており、一作目と二作目の話が少しだけ出て来る位の続編。

「プレデターズ」が一作目を踏襲したジャングルでのプレデターとの対決に絞った反動で、その続編の二作目が町中でのプレデターになり、その数十年後の続編となると今までとは違う事をしないといけないので、町中でプレデターを追い掛けたり、実は人間側がプレデターの研究をしていてプレデターの事が色々と分かるという、四作目になって来るとそうはなるよなな展開になっている。
ただ、これまでのプレデターがおもしろかったのは遮蔽をして何処から襲って来るのか分からないプレデターが狩りを行い、そのプレデターとの対決の恐怖感や緊張感が見所の独特のモンスター恐怖映画だったのに、この映画ではそこから方向転換を行ったので今までのシリーズの雰囲気とは違うモノになり、構造としては謎の生物に挑む主人公と言う有り勝ちなハリウッド映画になってしまっている。
それは見ている時は結構楽しめて見てはいたけれど終盤辺りになってグダグダッとまとめ、続編を匂わせる如何にもな終わりになり、見終わると今までのシリーズの中で一番つまらなかったかもと思ってしまった。

もう四作目となると始まりからプレデターの姿を見せていて、でもジャングルっぽい木々の生い茂った場所での軍人とプレデターの戦いが掴みになっていて、ちゃんとこれまでのプレデターを踏襲していた。
そこからクイン・マッケナの危ない軍人達との下品な会話劇のコメディになり、これはまあ四作目なので違う方向性で行かないといけないんだろうなぁとは思って見てはいたけれど、そもそもとして馬鹿な男達がずっと下品な事を言っているコメディ映画ってアメリカ人がおもしろがる面白さにピンと来ず、このやり取りは登場人物としては役が立つのだけれどコメディとしてはしつこいかったし、おもしろくは無かった。

更にケイシー・ブランケットが出て来て政府や軍が既にプレデターを感知している以上に研究も結構進んでいる事が分かるのでケイシー・ブランケットはプレデターの説明側で進んで行くのかと思いきや、学者なのに何故か銃器の扱いに長け、身体能力も高くてクイン・マッケナ達と同格に行動して、早い段階で何だかよく分からない人物になってしまう。
これは一作目や三作目でもそうだった、プレデターと戦う主人公側は八人で一人は女性を踏襲する為なのかとも思う。

ここら辺は今までとは違う方向性として、まあそんな感じなのねと見ていたけれど、一番駄目だったのがクイン・マッケナの息子。
自閉症なのか他人との対話が上手く出来ないけれど実は天才的な能力を持っていてプレデターの装置や言語を理解している様で、この息子の設定や息子を巡る話にはゲロ吐きそうだった。
こういう子供向け映画の子供に受けそうな設定とかが大嫌いだし、見ていても都合の良さしか感じないので本当にいらないと思っている。
この主人公の父親と息子の親子愛とか、幼い息子が活躍するとか完全にハリウッドのファミリームービーで、その手の映画が好きではないのがあるにしろ、これをプレデターの映画でする意味が分からない。
プレデターって陰惨で暗鬱なアクション映画で、この映画では今まで以上に人間が残酷に簡単に殺されて行き、そこをCGでそのまま見せているのでアメリカだと「R(17歳未満には適していない)」のレーティングが付いていて、確かにグロテスクなので見ていても嫌になって来たのに、そんな映画でファミリームービー感が必要なのか?と思ってしまった。
息子が持っていたプレデターの仮面の武器が勝手に起動して町の住人を体に穴開けて撃ち殺していたけれど、これはいいの?だったし。

主人公の仲間達も何だかよく分からないけれどプレデターと戦う事にやる気を出し、でも今までの映画とは違って徐々に順番にプレデターに殺されて行かず、ちゃんと生き残って部隊としてプレデターと戦い続けていて、そこはアクションモノとしておもしろく見ていたのに、終盤に来て主人公以外があっさりと簡単に次々とグロテスクに殺されて行く展開にはガッカリした。
これって、最後に息子とケイシー・ブランケットが彼らの遺品を持っていて感動するでしょ!の場面をしたかっただけの為の退場だったんだろうなぁ。

更にプレデターとの戦い後に主人公が施設に行くと息子がそこの一員になっているとか安っぽいファミリームービーが過ぎるつまらない後記から、何だかよく分からないけれどプレデターが?対プレデター用のガントレットを置いて行き、それを装着するして続編を匂わせて終わるとか本当に最悪だった。
プレデターでこういうヒーローモノの様なスーツとか出して来ると本当にしょっぱくなってしまう。
監督のシェーン・ブラックって映画「アイアンマン3」をしていたそうだけれど、そこに引っ張られ過ぎでしょ。
シェーン・ブラックは一作目で一番初めにプレデターに殺された眼鏡のリック・ホーキンス役で、その人が三十年以上も経ってから続編の監督をしたと知って熱くはなったのに、この内容ではなぁ…。
ただ、果たして何処までシェーン・ブラックの意向が反映されていたのかが分からないのは、この映画は初めはシェーン・ブラックの脚本で撮影をして最初の編集で試写をしたら評価が良くなかったので終盤を大幅に変更して再撮影したそう。
終盤の脚本の四分の三を書き直したそうで、この終盤は映画スタジオの意向なのか?とも思う。
元々の話では人間に協力するプレデターが出て来て共闘するそうで、だからなのか終盤の人間に協力的なプレデターがいる?話が何だかよく分からなかったのかも。
初めの追い掛けられて地球に墜落したプレデターは結局逃亡者だっただけなのか、それともこのプレデターは人間に協力的側だったので船を探して積荷を届けようとしていたのかとも思うけれど、その割にバンバンと人間を殺していたので何だかよく分からない。
そもそもプレデターが人間を助けようとする理由が全然分からないので「?」ばかりで最後の方に取って付けた様な話だった。

四作目になるとプレデターも新たな設定の情報を出して行かないと思うは分かるけれど、今までがほとんど背景や設定を描いて来なかったので、その分不気味で分からなさがプレデターに奥深さを出して良かったのに、色々描いてしまうと安っぽくなってしまっていた。
残忍に他の生命体を狩る事が目的なのにやたらと高い科学技術力を持っている事自体が疑問ではあるけれど、説明すればする程プレデターの見た感じや行動と技術が釣り合っていない感じがしてしまった。
プレデターが人間の為にプレデター風の対プレデター兵器を作っている所を想像すると何か滑稽だし。
それに、プレデターは他の生物の遺伝子を注入して人体改造を行っていたという新たな話を出して来たけれど、これを見て尚更プレデターってクリンゴンに引っ張られ過ぎと思ってしまった。
プレデターって元々大柄で屈強な体とドレッドヘアーに、戦う事こそが生きる意味みたいな種族性がクリンゴンではあるし、クリンゴンが1960年代の「宇宙大作戦」時代の時の見た目は低予算のテレビドラマだった事もあって地球人と変わらなかったのが、その後の映画や「新スタートレック」で予算が大きくなって特殊メイクによって額に突起がある別の姿になった事に対して、その後のドラマでの後付け設定で、実は「宇宙大作戦」時代の一時期はクリンゴンが地球人の優生人類の遺伝子を使って遺伝子改造を行おうとした為に見た目が地球人と似てしまったという話になっており、この映画もそこから取り入れたんじゃないかと思ってしまった。
もしかすると人間の遺伝子による改造を行ったプレデターが人間に対して何か思い出してのこの展開なのかと訝ってしまった。

この映画、四作目ともなると新たな方向性を出さなくてはいけないのは分かるのだけれど、人間側の話を長く見せてしまうのでプレデターが必要ではない気がして来るし、なのでプレデターが遮蔽して熱を見て静かに襲って来るというこれこそプレデターという特徴を見せる場面が少なくなってしまってプレデターのおもしろさが減り、残酷でグロテスクな割にファミリームービーだし、色々と説明は出すのにそれが何だかよく分からなくて全部がちぐはぐな感じばかりで、監督と映画会社のしたい事をプレデターで混ぜ込んでしまったら結局何処向いていたのか分からない様な映画になってしまった気がしてしまいました。

☆★★★★
 
 
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