続・猿の惑星

2015年08月09日 日曜日

テッド・ポスト監督、ジェームズ・フランシスカス主演の1970年の映画「続・猿の惑星(Beneath the Planet of the Apes)」。
映画「猿の惑星」の直接の続編で、猿の惑星シリーズの二作目。

前作の最後から始まり、この惑星が地球だった事を知ったジョージ・テイラーはノバと共に禁止地帯に入り、ジョージ・テイラーだけが行方不明になってしまった。
もう一隻の宇宙船で同じ惑星に墜落してしまい生き残ったジョン・クリストファー・ブレントは、猿達の村を見つけ、ジョージ・テイラーがいる事も知り、彼を見つけ出そうとする。
村の猿達は領土の拡大を目指し禁止地帯へと進行しようとしていた。

一作目の「猿の惑星」が当たったからの二作目ではあるけれど、一作目が衝撃的に上手く落として終わったにも関わらず続編を作ったので、蛇足的な後日談という位置にしかなっていないし、変な方向に進んでしまい非常に安っぽいB級パルプSFみたいになってしまっている。

チャールトン・ヘストン演じる一作目の主人公ジョージ・テイラーが登場するのだから彼で話を進めればいいのに、何故か新たに墜落した人間を主人公にしたので、「猿達と出会って相互理解し、逃げ出す」という一作目と似た様な展開を駆け足で繰り返してしまい、一作目を見た上での二作目なのに何でわざわざ焼き直しをしたのだろうと感じてしまう。
結局チャールトン・ヘストンは始めと終わりに少しだけ出て、ジェームズ・フランシスカスと殴り合うというどうしようもない見せ場はあるのもののほぼ活躍はなく、何で登場したのかもよく分からないし。

中盤辺りから超能力を使う人間の生き残りなんてモノを急に出して来てしまい、一気に安くなってしまう。彼らは血管の浮き出た顔していてマスクを被って生活しているけれど、これって放射能の影響で一部の人間が変化しているならマスクを被る理由も分かるのに、彼らの素顔は皆が同じ様な顔でわざわざ皆で隠す必要性も分からないし、現在の人間からしたら綺麗な顔である意味も分からないし。
この人間達は信仰心が篤く、普段は暴力を回避しているけれど、見知らぬ外部の人間が来たら苦痛を与えて情報を引き出そうとするし、彼らの信仰対象は世界を破壊出来るコバルト爆弾で、行動が矛盾している。これって、「何時もは信仰が篤く、穏やかだけれど、敵がいるから国自体は強大な武器を持っていて、それによって自分達も滅ぼしかねない」という当時のアメリカ等の人々の比喩なんだろうけれど、しかしこの映画内のでの人間達は「元々は短絡的に攻めて来た我々じゃないあいつらが悪いから皆殺しだ!」としか取れないし、この描かれ方だと当時の人々への皮肉や批判と言うよりも言い訳のような感じがするし。映画内で人間の比喩である猿達と退化した人間がすでにいるのに、、超能力を持った人間達を出してしまったので比喩が沢山で、猿達が何の比喩なのかも分かり難くなってしまっているし。
で、最終的に地球が消え去りました…って、冗談にしか思えなかった。コバルト爆弾の配線や装置等が2000年経っても劣化せずに稼働して、一発の爆弾で地球が壊滅って、アラレちゃんがパンチしたら地球が割れるのと大して変わり無い位の冗談。

あと、不味いのは時代設定。ジェームズ・フランシスカスの乗っていた二隻目の宇宙船は、何やかんやで現在が3955年らしいという事が分かるけれど、一作目では3978年だったらしく、一作目の続編なのに何故か一作目よりも23年も前になっている。計器の故障なのか、二隻の船の時間の進み方が違うのか分からず、二作目で変な矛盾を出してしまったせいで時間の話は早くも当てにならない。
これ以降のシリーズで解決されるけれど、そもそも2000年程で猿が進化するのも変だし、2000年経っても20世紀のアメリカ英語から変化していないとか、人間が唸り声さえ上げない程まで何で退化しているのかは全然描かれないとか、時間の問題でも納得出来る様な答えが出て来ない事ばかりで、元々一作目の落ちの為だけに作られた緩い設定がどうにも足枷にしかなっていない。本来ならもっと時間が経っていないと進化や退化は都合の良い嘘だけだし。

それに猿達もやっぱり都合の良い設定。「猿達は同族を殺さない」となっているのは、悪いのは同族であっても殺し合う様な人間で、動物達は人間と違い純粋であって欲しいと言う、まあ当時の時代を反映した考えや願望なんだろうえけれど、実際には現実の猿でも他の動物でも同族で殺し合う事は知られているし、あれだけ強行で攻撃的なゴリラ族がいるのに内紛さえないという有り得ない設定にしろ無茶。要は人間に対する人間とは違う別の生き物であり、人間に対する批判や皮肉としての猿なんだけれど、だから新たに超能力を使う人間を出した事によって軸がぶれてしまった。
あと加えて、何でゴリラ族達は岩山ばかりの禁止地帯で食料確保の為に領土拡大を目指しているのかも分からない。ゴリラ族内部の不満のはけ口としての侵略と言う事なんて一切描かれていないし。ここら辺も中途半端な描き。

この映画、一作目のヒットによって続編を作ったけれど、一作目の設定が落ちに持って行く為に導入されていたのにそのままで続編を続けてしまった事や、一作目の主人公が出ているのに新たな主人公を出したり、一作目以上の衝撃を出そうとして狙った事が全て裏目にしか出ておらす、ただ粗いだけの続編に落ちてしまった。
「何じゃ、こりゃ?」な続編なのに、これからこの映画を受けて更に続編が三作も作られるのが不思議。

☆★★★★
 
 
関連:新・猿の惑星
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    最後の猿の惑星

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