Wolverine(1982年)
2013年09月12日 木曜日もうすぐ映画「ウルヴァリン:SAMURAI」が公開らしいので、その原作と言うよりも原案となっている、1982年の9月から12月まで全四巻で出されたコミックス「Wolverine」を読んでみた。読んだのはTPB版。
所謂vol.1のミニシリーズで、それまで粗野で粗暴でそれ程人気があった訳でも無かったウルヴァリンが、ハードボイルドな、大人な人物になり、ウルヴァリン人気が出たコミックス。その後の多岐に渡るX-MENフランチャイズや、今も続くウルヴァリン個人のオンゴーイング・シリーズの基礎を作ったシリーズでもある。
各巻の粗筋は、
#1 I’m Wolverine
ウルヴァリンが愛した女性矢志田真理子(Mariko Yashida)へ手紙も届かず、電話も繋がらない状況なので、不安になったウルヴァリンは日本へ。マリコの父親矢志田信玄(Shingen Yashida)はヤクザの大物であり、マリコは父親に政略結婚をさせられていた。ウルヴァリンはマリコを連れ出そうとするけれども、信玄に返り討ちにあってしまう。傷付いたウルヴァリンを助けたのは謎の女性だった。
#2 Debts and Obligations
謎の女性雪緒(Yukio)と行動を共にするウルヴァリンだったが、実は雪緒は信玄の手下だった。再びマリコを助け出そうとするウルヴァリンだったが、自分の狂暴な姿をマリコに見られてしまい意気消沈。
#3 Loss
自暴自棄になり落ち込むウルヴァリンだったが、「自分は獣ではない。人間だ!」とやる気復活。
#4 Honor
マリコを助ける為に、信玄と対決。
日本の古い家柄の責任や名誉に、ウルヴァリンとマリコと雪緒という二人の女性との恋愛を絡めたハードボイルドなお話。ウルヴァリンは元々自信満々なのに、好きな人に振り返ってもらう所か逃げられてしまい、落ち込んで自棄になり、そこから自分の存在を悟って一気に攻勢に出ると言うおっさんの成長譚でもあり、ウルヴァリン人気が出たのも分かる内容。今のX-MENなら「最終的に皆死んでしまいました…。めでたしめでたし。」にしそうな所を非常にまあるく収めていて、殺伐とした話でもない。最後のコマなんて、それを見ているX-MENじゃあないけれど、笑ってしまう。
この後のウルヴァリンを知っていると、ウルヴァリンがまだ若いというか、子供っぽい感じがしてしまう事も多々。手紙も電話も駄目だから日本へ行っちゃえな行動派で、たぶんDarlin’的意味合いで使ってはいるのだろうけれど、マリコの事を「MARIKO-CHAN」と呼んだり、マリコに逃げられて自暴自棄になって、元横綱現地下世界の格闘家の相撲取りの高橋さんを投げ飛ばしたり、グデングデンになるまで酔っぱらったり、「俺はどうしたらいいんだ…」と悩んだりと、その後の動じないでデンと構えたウルヴァリンからすると何だか可愛らしい感じも。ちっさい毛むくじゃらのおっさんの可愛らしさが出た話でもある。
ただ、それまでのウルヴァリンとマリコの関係性が分からないので、何でそこまでウルヴァリンがマリコに惚れ込んでいるのか良く分からないし、この時何でX-MENを離れてカナダで熊を狩っているのかもよく分からない。ここら辺はアメコミの連続性の悪い部分で、この前後の「Uncanny X-Men」を読まないといけないのか。
やっぱりおもしろいのは#1。日本を知っている人が読むと突っ込み所が一杯。ヤクザの親分の家がお城で、石垣の上の住居部分に入ったらそこに庭があり、大仏が鎮座。そのお城があるのは東京から300km北にあるMIYAGO県AGARASHIMA。
ウルヴァリンはたぶん東京にあるホテルから「マリコに会いに行く!」と言って、その場でウルヴァリンの衣装に着替えて、次のコマでは300km先のみやご県に到着している。もしかしてあの格好で電車乗って行ったの?それとも、あのとんがりマスクで300km日本をうろついたの?目立とうが、奇異の目で見られようが構わない、恋は盲目なウルヴァリン…。
みやご県からの返りも、信玄にボコボコされ、気が付くとウルヴァリンの衣装ではなく、普通の服着て銀座にうち捨てられているという、周囲の目を気にしてくれて着せ替えてくれた親切なヤクザが見れる。
みやご県にしろ、日本人の名前は全般的に変で、矢志田という名字は日本に本当にあるのかもしれないけれど、どうしても吉田との間違いの感じはするし、ウルヴァリンの日本人の旧友の名前はAsano Kimura(木村浅野?)という名前も名字な人だし、マリコの結婚相手はNoburu Hideki(秀樹伸?)という名字も名前みたいな人だし。
あとおもしろかったのは、意外とウルヴァリンの喋りが独特だという事。ローグが南部訛りとか、ガンビットが時々フランス語入るとかは知っていたけれど、ウルヴァリンも「an’(and)」「’em(them)」「o’(of)」と言う話し方で、始め何言っているか分からなかった。これって、ウルヴァリンがカナダ人だからと言う訳でもなく、ウルヴァリン自身の独特な喋り方なのだろうか?
このシリーズで気になるのは、この「Wolverine」が取り上げられる時はクリス・クレアモントよりもフランク・ミラーの方が大きく出て来るので、どれ位フランク・ミラーの意見が入っているのかという事。「子連れ狼」が大好きだと言うフランク・ミラーだからのヤクザとか忍者とかなのかとも思うのだけれど、クリス・クレアモントがライターだという事もあるし、この「Wolverine」のクリス・クレアモントが書いている序文の中では、クリス・クレアモントがフランク・ミラーに対して「failed samurai」という事を提案したと書いてあるので、クリス・クレアモントの発想が大きいのかとも。前文ではどこがどっちとかは詳しく書いてはおらず、二人はコミコン終りの車中で何時間も話し合ってウルヴァリンの人物像を決めて行ったらしいので、半々位での構成なのかしら?フランク・ミラーも後書きを書いているけれど、そこでは「このコミックスを楽しんで!」位の感じだけだし。
フランク・ミラーの画って、「バットマン:ダークナイト・リターンズ」とか「シン・シティ」の様な日本の劇画的な感じの画の印象が強いけれど、この時期は結構王道な画。でもあんまり上手くは無い。コマによって顔が違ったり、顔と体の向きや位置関係とかも変な時もあるし。
この「Wolverine」の中でも一番有名なのが、フランク・ミラーが描いた#1のカバー。
Wolverine ©Marvel Comics
この表紙「ザ・シンプソンズ」でそのままの表紙で出て来ていた位有名なんだろうけれど、これを見るとどうしても笑ってしまう。だって、サリーちゃんのパパみないな尖がり髪の毛のおっさんが、ニヤケ顔で「come on」って誘っているんだから。これって絶対カッコ良くない。
一方で、TPBの表紙もフランク・ミラーが描いているのだけれど、それは如何にもフランク・ミラー的な画。
Wolverine ©Marvel Comics
フランク・ミラーと言えばな感じで、内容的にも見た目的にも絶対こっちの方が良い。躍動感があるし、ゴチャッとしている分目を引くし、日本の劇画的でもあるし。こっちの画は5・6年後なのに、この変わり様は何だろう?
この「Wolverine」、映画公開に合わせてかヴィレッジブックスから「ウルヴァリン」として日本語翻訳版のアメコミが出ていて、ウルヴァリンの導入としては良いんじゃないかしらと思うけれども、1980年代の作品だし、フランク・ミラーの劇画的な画を期待するとちょっと違うかもしれない。
関連:Uncanny X-Men #172
Uncanny X-Men #173