クリムゾン・タイド
2013年04月24日 水曜日デンゼル・ワシントン、ジーン・ハックマン共演の1995年の潜水艦映画「クリムゾン・タイド(Crimson Tide)」。
ロシア国内の反乱により核ミサイル発射の危機に瀕し、それに対応する為に就航したアメリカ軍の潜水艦内で核ミサイル発射命令を巡り艦長と副長が対立する。
この映画は、潜水艦モノの中でも屈指の出来。
起きている出来事に対してはその裏の意味も加わり、一つの出来事が複数の意味もあるという構成の上手さが何とも言えない。始まりから、ちょっとした普段の行動で主役二人の人物像をはっきりと見せているし、それがその後の二人の対立への伏線にもなっている。乗馬が趣味な軍人とは思えないデンゼル・ワシントンと、葉巻を吹かし、下品な冗談を飛ばすジーン・ハックマン。原爆使用に対して慎重な答えを返すデンゼル・ワシントンと、バンバン使えとはっきりと言うジーン・ハックマン。火災時に行う訓練での対立。ミサイル発射の訓練は、見ている方にどの様な手順を踏むかの説明でもあり、それがデンゼル・ワシントンとジーン・ハックマンの対立の一つの要因でも、伏線でもある。普段の会話から、どちらかが絶対的に正しいとも間違いとは言えない二人の考え方の違いをみせ、その違いから来る根本的な対立を見せる事で、このどっちつかずな状況が見る方を引き入れ、しかも緊張感を出している。
状況設定も上手い。これまで叩き上げで艦長にもなった潜水艦一筋のジーン・ハックマンと、今回突然やって来たインテリの若い副長デンゼル・ワシントンとで、すでにこの人物設定で対立構造が出来、どう見てもバリバリな保守の艦長と、リベラル的な副長との意見との食い違いがあり、もしかすると自分達が世界を滅ぼしてしまうかもしれない緊張感の中で、信頼出来るこれまでの艦長に付くのか、慎重な副長の言動を信じるかの、息をするのさえ苦しい状況を見事に作り出している。
それに上手いのは、台詞も多いけれど、映像的な説明も多い事。始まりでこの映画での置かれた複雑な状況の説明を、ニュース・レポーターの報告と共に実際のニュース映像を編集したモノで見せるので、非常に現実味があり、しかもサラッと物語を導入させる。本編では主役二人以外の乗組員達の表情を随所に挟み、台詞は無くとも彼等の表情から何を思っているのかも見せる。その脇役達も人物の個性の立ちっぷりも上手い。潜水艦に乗り込む前ですでに脇役も目立っているし、彼らの関係性が艦長に付くのか、副長に付くのかも見せ所になって来るし。外の景色が一切見えないから、潜水艦の中なのに水槽で魚を飼う水兵とか、若さや経験の不足から来る不安もしっかり描いている。
それに潜水艦モノお決まりの「何かしらの危険がありハッチを閉じないといけないが、中にまだ人がいるけれど、泣く泣く閉じる」という場面もちゃんとあるし。
一番グッと掴まれたのは、序盤の潜水艦前に集合時、土砂降りの中傘をさして、愛犬を引き連れて、影だけでジーン・ハックマンが登場する場面は無茶無茶カッコ良い。これが最後の場面のジーン・ハックマン退場場面の振りでもあったりするからたまらない。
どうしても気になったのは、乗組員の喧嘩の理由の「シルバー・サーファー」。「ジャック・カービー(Jack Kirby)のシルバー・サーファーが本物で、メビウス(Moebius)のシルバー・サーファーはクソだ(shit!)と言ったら相手が切れた。」と言い、それに対してデンゼル・ワシントンが「皆、ジャック・カービーのシルバー・サーファーが本物だと知っている!」と答える所。(ちなみに、ジャック・カービーが1966年に作り出したシルバー・サーファー最初期の「Fantastic Four #50」の表紙と、メビウスが1988年に描いた「Silver Surfer: Parable」の表紙。どちらも「Marvel Digital Comics」や「comiXology」等のデジタル配信サイトで購入可能。)字幕では「シルバー・サーファーをけなした」だけしか出て来ないけれど、実はデンゼル・ワシントンがインテリの坊ちゃんかと思いきや、ジャック・カービーのシルバー・サーファーを読んでいる様な結構ナード系の兄ちゃんだと分かる場面でもあり(後に同じ様に「スタートレック」を使って同じ感じの事をしていたり)、それが同じ志向を持つ若い兵士がデンゼル・ワシントンを信用して後に繋がる糸口だったりする結構重要な場面。それに、コミック・ナード以外からするとどうでもいい事で喧嘩する様な若い兵士と言う説明でもある。シルバー・サーファーはフランス人のメビウスが描いた方じゃなく、アメリカ人の御大ジャック・カービーの方だと言う、軍人気質もあるのかしら?
しかし、アメリカだとシルバー・サーファーはジャック・カービーの印象が強いのかぁ。日本だと「マーヴルクロス」の1・2巻に、話に出て来たメビウスのシルバー・サーファーの日本語翻訳版が収録されていて、日本ではまともなシルバー・サーファーの翻訳はこれ位なので、絶対日本ではメビウスの印象が強いはず。
微妙なのは、劇中では全て距離はフィートなのに字幕はメートル法なので、数字が全て中途半端でちょっと戸惑う。だからと言ってフィートだといまいちピンと来ないし。
あと、音楽が「何か聞いた事ある様な感じだけれど、もしかしたらハンス・ジマー?」と思ったら、その通りハンス・ジマーで、思いっ切りハンス・ジマー節炸裂でちょっと笑ってしまった。
この映画、主役の二人の存在感が大きいのはもちろんなんだけれど、ほとんど敵が登場しない中で、これだけ緊迫感と緊張感をもって大勢で密室劇群像劇を見せ、しかも何が正しくて、何が正しくないのかと言う曖昧な状況と結末を紡ぎ出す脚本が素晴らしい。監督のトニー・スコットも他の映画ではそれなり、もしくは以下な映画が多い中で、これは頭一つ抜きんでた映画。やっぱり潜水艦モノでは、これが一番好き。
☆☆☆☆☆