サスペクト・ゼロ
2013年04月09日 火曜日アーロン・エッカート主演の2004年のサスペンス映画「サスペクト・ゼロ(Suspect Zero)」。
地方のFBIに左遷させられたアーロン・エッカートが、新たに猟奇的な殺人事件を担当する事になるが、その事件の容疑者はアーロン・エッカートが左遷させられた原因となった事件の失態を知っており、その容疑者ベン・キングズレーは、まるで遠隔透視をするかの様にその様子を画や言葉で書き表し、挑発する様に情報を送り付けたり現場に残したりして来る。それを追い掛け始めたアーロン・エッカートは殺人事件の被害者達の共通点を知り、ベン・キングズレーを追いかける。
よくある猟奇的な連続殺人犯を追う刑事モノかと思ったら、話は犯人が遠隔透視をして正義を行なうというファンタジーサスペンスに移り始め、「んっ?」と違和感を感じ始める。そして結局、犯罪の捜査で見せる推理モノではなく、始まりから見せたベン・キングズレーの行動の説明をそのまま真っ直ぐ見せるだけに落ち着いてしまう。
粗さを感じる所は多いけれど、後半になると粗さが目立ち始め、一番粗いと言うか、すっ飛ばし過ぎなのは、アーロン・エッカートがベン・キングズレーと初対面すると、次の場面では行き成りアーロン・エッカートは気絶し捕まっている場面。アーロン・エッカートは銃を持っているし、ベン・キングズレーは腰の銃を少し見せただけだし、遊園地内の人が大勢いる場所なのに、直後の監禁に全く持って繋がらず、意味不明。その後のアーロン・エッカートが乗った自動車が大破した途端、町から離れた荒野にキャリー=アン・モスが上手い事突然現れたり、何も無い荒野の丘の上で不意を突かれ、後ろから襲われたりと都合の良い展開ばかり。そもそも話の主題が遠隔透視というご都合的なファンタジーなのに、終盤で急に粗さやご都合主義が現れてしまうと、それまで真剣に見ていた分だけ何だかグッタリしてしまう。
ベン・キングズレーの話を聞いていると、どうやら冷戦時代からの話らしいのに、21世紀になって何で今更「助けて!」なのかも分からないし、しかもこいつは犯罪者だという証拠も送り付けて来て、「捕まえろよ!」と主張している感じなのに、自ら容疑者を殺してしまうのかとか、人物の整合性を精神的におかしくなっているからと逃げてしまっているのも微妙な出来になってしまっている。
それに微妙なのはわざわざ「サスペクト・ゼロ」と題名を付けた点。劇中では「証拠を残さず、誰にも気付かれず殺人を犯す連続殺人犯がおり、それが容疑者0、サスペクト・ゼロだ」と言う事なんだけれど、見ている方からすると、この導入でもあり根本でもある連続殺人事件の容疑者は初めから決まっていて、サスペクト・ワンでしかない。なのに終盤で、別事件の別犯人のサスペクト・ゼロが出て来てしまうので、何だか訳が分からなくなって来る。
始まりはサイコパスな猟奇殺人。そこから遠隔透視は本物なのか、単なる精神脅迫から来る妄想なのかで進む、どちらかと言うと現実路線のサスペンスだったはずが、全く現実味の無い本当に特殊な能力を持った人物に行き着いた早い時点で、何だかどうでも良くなってしまう。アーロン・エッカートの過去の事件やキャリー=アン・モスとの関係も、上手く機能する事無く途中で投げ捨てた感じだし。最終的に「そうなるのだろうなぁ…だったら、これ、『セブン』じゃん…。」のそのままの結末で、尻すぼみのまま終わってしまう。
☆☆★★★