ザ・プレデター
2026年04月17日 金曜日シェーン・ブラック監督・脚本、ボイド・ホルブルック主演の2018年のアメリカ映画「ザ・プレデター(The Predator)」
シリーズ四作目。
特殊部隊のスナイパーのクイン・マッケナは任務中に謎の飛行物体が墜落して来たのを目撃する。
その墜落した飛行物体に乗っていた地球外生命体プレデターに攻撃されて仲間を殺されてしまう。
帰還したクイン・マッケナは軍に事情聴取を受けるが、政府はプレデターの事を秘密にする為に精神的に問題がある軍人受刑者と共に施設送りにしようとする。
一方、進化生物学者のケイシー・ブランケットは政府からの依頼を受けて秘密基地に赴くと、そこでは捕獲されたプレデターを研究しており、ケイシー・ブランケットの力を借りて生態を解明しようとする。
その時プレデターが覚醒して暴れ出して脱走。
秘密基地に向かっていた護送車を奪ったクイン・マッケナは同じ護送車の軍人達と共に仲間を殺したプレデターを追い掛け、同じくプレデターを追い掛けていたケイシー・ブランケットと合流し、政府に追われながらもプレデターの行方を探そうとする。
Amazon プライムビデオでプレデターシリーズの映画の配信が終わりそうなので一作目の「プレデター」から見始めての四作目。
一作目が当たった事で三年後にその続編「プレデター2」が作られたけれど、それがいまいちだったので三作目「プレデターズ」の公開は二十年後になり、その「プレデターズ」が結構当たったのでの続編ではあるけれど「プレデターズ」から八年後と結構間が空いての更なる続編。
続編とは言っても、これまでに何度かプレデターが地球にやって来ていたのを政府は確認していた事になっており、一作目と二作目の話が少しだけ出て来る位の続編。
「プレデターズ」が一作目を踏襲したジャングルでのプレデターとの対決に絞った反動で、その続編の二作目が町中でのプレデターになり、その数十年後の続編となると今までとは違う事をしないといけないので、町中でプレデターを追い掛けたり、実は人間側がプレデターの研究をしていてプレデターの事が色々と分かるという、四作目になって来るとそうはなるよなな展開になっている。
ただ、これまでのプレデターがおもしろかったのは遮蔽をして何処から襲って来るのか分からないプレデターが狩りを行い、そのプレデターとの対決の恐怖感や緊張感が見所の独特のモンスター恐怖映画だったのに、この映画ではそこから方向転換を行ったので今までのシリーズの雰囲気とは違うモノになり、構造としては謎の生物に挑む主人公と言う有り勝ちなハリウッド映画になってしまっている。
それは見ている時は結構楽しめて見てはいたけれど終盤辺りになってグダグダッとまとめ、続編を匂わせる如何にもな終わりになり、見終わると今までのシリーズの中で一番つまらなかったかもと思ってしまった。
もう四作目となると始まりからプレデターの姿を見せていて、でもジャングルっぽい木々の生い茂った場所での軍人とプレデターの戦いが掴みになっていて、ちゃんとこれまでのプレデターを踏襲していた。
そこからクイン・マッケナの危ない軍人達との下品な会話劇のコメディになり、これはまあ四作目なので違う方向性で行かないといけないんだろうなぁとは思って見てはいたけれど、そもそもとして馬鹿な男達がずっと下品な事を言っているコメディ映画ってアメリカ人がおもしろがる面白さにピンと来ず、このやり取りは登場人物としては役が立つのだけれどコメディとしてはしつこいかったし、おもしろくは無かった。
更にケイシー・ブランケットが出て来て政府や軍が既にプレデターを感知している以上に研究も結構進んでいる事が分かるのでケイシー・ブランケットはプレデターの説明側で進んで行くのかと思いきや、学者なのに何故か銃器の扱いに長け、身体能力も高くてクイン・マッケナ達と同格に行動して、早い段階で何だかよく分からない人物になってしまう。
これは一作目や三作目でもそうだった、プレデターと戦う主人公側は八人で一人は女性を踏襲する為なのかとも思う。
ここら辺は今までとは違う方向性として、まあそんな感じなのねと見ていたけれど、一番駄目だったのがクイン・マッケナの息子。
自閉症なのか他人との対話が上手く出来ないけれど実は天才的な能力を持っていてプレデターの装置や言語を理解している様で、この息子の設定や息子を巡る話にはゲロ吐きそうだった。
こういう子供向け映画の子供に受けそうな設定とかが大嫌いだし、見ていても都合の良さしか感じないので本当にいらないと思っている。
この主人公の父親と息子の親子愛とか、幼い息子が活躍するとか完全にハリウッドのファミリームービーで、その手の映画が好きではないのがあるにしろ、これをプレデターの映画でする意味が分からない。
プレデターって陰惨で暗鬱なアクション映画で、この映画では今まで以上に人間が残酷に簡単に殺されて行き、そこをCGでそのまま見せているのでアメリカだと「R(17歳未満には適していない)」のレーティングが付いていて、確かにグロテスクなので見ていても嫌になって来たのに、そんな映画でファミリームービー感が必要なのか?と思ってしまった。
息子が持っていたプレデターの仮面の武器が勝手に起動して町の住人を体に穴開けて撃ち殺していたけれど、これはいいの?だったし。
主人公の仲間達も何だかよく分からないけれどプレデターと戦う事にやる気を出し、でも今までの映画とは違って徐々に順番にプレデターに殺されて行かず、ちゃんと生き残って部隊としてプレデターと戦い続けていて、そこはアクションモノとしておもしろく見ていたのに、終盤に来て主人公以外があっさりと簡単に次々とグロテスクに殺されて行く展開にはガッカリした。
これって、最後に息子とケイシー・ブランケットが彼らの遺品を持っていて感動するでしょ!の場面をしたかっただけの為の退場だったんだろうなぁ。
更にプレデターとの戦い後に主人公が施設に行くと息子がそこの一員になっているとか安っぽいファミリームービーが過ぎるつまらない後記から、何だかよく分からないけれどプレデターが?対プレデター用のガントレットを置いて行き、それを装着するして続編を匂わせて終わるとか本当に最悪だった。
プレデターでこういうヒーローモノの様なスーツとか出して来ると本当にしょっぱくなってしまう。
監督のシェーン・ブラックって映画「アイアンマン3」をしていたそうだけれど、そこに引っ張られ過ぎでしょ。
シェーン・ブラックは一作目で一番初めにプレデターに殺された眼鏡のリック・ホーキンス役で、その人が三十年以上も経ってから続編の監督をしたと知って熱くはなったのに、この内容ではなぁ…。
ただ、果たして何処までシェーン・ブラックの意向が反映されていたのかが分からないのは、この映画は初めはシェーン・ブラックの脚本で撮影をして最初の編集で試写をしたら評価が良くなかったので終盤を大幅に変更して再撮影したそう。
終盤の脚本の四分の三を書き直したそうで、この終盤は映画スタジオの意向なのか?とも思う。
元々の話では人間に協力するプレデターが出て来て共闘するそうで、だからなのか終盤の人間に協力的なプレデターがいる?話が何だかよく分からなかったのかも。
初めの追い掛けられて地球に墜落したプレデターは結局逃亡者だっただけなのか、それともこのプレデターは人間に協力的側だったので船を探して積荷を届けようとしていたのかとも思うけれど、その割にバンバンと人間を殺していたので何だかよく分からない。
そもそもプレデターが人間を助けようとする理由が全然分からないので「?」ばかりで最後の方に取って付けた様な話だった。
四作目になるとプレデターも新たな設定の情報を出して行かないと思うは分かるけれど、今までがほとんど背景や設定を描いて来なかったので、その分不気味で分からなさがプレデターに奥深さを出して良かったのに、色々描いてしまうと安っぽくなってしまっていた。
残忍に他の生命体を狩る事が目的なのにやたらと高い科学技術力を持っている事自体が疑問ではあるけれど、説明すればする程プレデターの見た感じや行動と技術が釣り合っていない感じがしてしまった。
プレデターが人間の為にプレデター風の対プレデター兵器を作っている所を想像すると何か滑稽だし。
それに、プレデターは他の生物の遺伝子を注入して人体改造を行っていたという新たな話を出して来たけれど、これを見て尚更プレデターってクリンゴンに引っ張られ過ぎと思ってしまった。
プレデターって元々大柄で屈強な体とドレッドヘアーに、戦う事こそが生きる意味みたいな種族性がクリンゴンではあるし、クリンゴンが1960年代の「宇宙大作戦」時代の時の見た目は低予算のテレビドラマだった事もあって地球人と変わらなかったのが、その後の映画や「新スタートレック」で予算が大きくなって特殊メイクによって額に突起がある別の姿になった事に対して、その後のドラマでの後付け設定で、実は「宇宙大作戦」時代の一時期はクリンゴンが地球人の優生人類の遺伝子を使って遺伝子改造を行おうとした為に見た目が地球人と似てしまったという話になっており、この映画もそこから取り入れたんじゃないかと思ってしまった。
もしかすると人間の遺伝子による改造を行ったプレデターが人間に対して何か思い出してのこの展開なのかと訝ってしまった。
この映画、四作目ともなると新たな方向性を出さなくてはいけないのは分かるのだけれど、人間側の話を長く見せてしまうのでプレデターが必要ではない気がして来るし、なのでプレデターが遮蔽して熱を見て静かに襲って来るというこれこそプレデターという特徴を見せる場面が少なくなってしまってプレデターのおもしろさが減り、残酷でグロテスクな割にファミリームービーだし、色々と説明は出すのにそれが何だかよく分からなくて全部がちぐはぐな感じばかりで、監督と映画会社のしたい事をプレデターで混ぜ込んでしまったら結局何処向いていたのか分からない様な映画になってしまった気がしてしまいました。