少林寺VS忍者
2026年08月15日 土曜日ラウ・カーリョン監督、リュー・チャーフィー主演の1978年の香港映画「少林寺VS忍者(中華丈夫 Heroes of the East)」。
大家の息子アタオは日本人の許嫁の弓子と結婚した。
結婚生活は初めは上手く行っていたが、弓子は空手や柔道を会得しており、その練習に励み出すがアタオは中国武術を学んでおり二人の間でどちらの武術が優れているかで揉め始めてしまい、アタオに勝てないと思った弓子は怒って実家に戻ってしまった。
弓子に何とか戻って来てもらいたいアタオは使用人の入れ知恵で弓子への挑発として挑戦状を書いて送った。
この挑戦状を見た弓子の幼馴染の武野三蔵は日本の武道への挑戦だと言い、仲間を引き連れてアタオと戦いに来た。
何度目かの昔の香港映画に興味が湧いた時期が来たので幾つか古い香港映画を見ていて、リュー・チャーフィーの映画も見ようと思って見た映画。
多分、企画としては1970年代に香港映画に多く出ていた倉田保昭がいて、だったら中国拳法と日本の色んな武道の対決映画作ったらおもしろそうじゃん?の発想から出て来て作られたんじゃないだろうかと思う映画で、その後半の対決部分は結構見応えもあっておもしろかったんだけれども、前半部分の夫婦喧嘩の部分も結構おもしろくて、そっちの前半部分が好みの映画ではあった。
主人公の家が何をしている家なのか分からず、何で香港?上海?の家の息子と日本の家の娘が許嫁になっているのかもさっぱり分からないのだけれど、その二人がほとんど会ってもいないのに結婚させられるという昔の家モノか、少女漫画の様な設定から始まり、中国と日本の文化の違いが揉める原因になったりとカンフー映画かと思いきや結構文化的な内容になっていて、この意外さに興味を引かれた。
中国では白は不吉な色、死に装束だから結婚式では着ないとか、正座して食事するのは罪人だとか、所変われば習慣も変わるのは当然な事をちゃんと見せていて「へ~」と思わせるし、日本での映画公開も見据えてかお互いに分かる様にそれぞれの文化の紹介もしている感じがあり、非常に気を使っている感じがした。
ただ、誰も弓子に中国側のしきたりの説明をしないのは何故なんだろう。
弓子が言葉が通じないならこの展開は分かるけれど、中国語ペラペラだし、誰か教えてあげてよと。
日本の一団もそうだったけれど、日本の剣士も負けたから自分の刀を差しだして受け取らなかったら侮辱だなんて、そんな仕来たり全世界共通だと思っているのか主人公に言わないし、皆まず説明しろと。
わたしもこんな仕来たり初めて見たけれどある事なんだろうか。
主人公と弓子が付き合いもほとんど無いのに結婚して、でもイチャイチャし始めると徐々に弓子の異常性が出て来て、まあ、空手や柔道を会得している良家の娘っていたのかどうかはさて置き、弓子が一人で訓練していたのはお転婆な感じがあって良かったものの、そこから不満が外にこぼれ出てしまって庭の壁や置物を壊し始めると弓子はお転婆とかではなく危ない人では?と思い始めてしまう。
更には弓子は何故か謎の忍術なるモノまで習得しており、主人公に勝てないので忍術による暗殺まで仕掛けて来る始末。
初めは付き合いも無かった新婚の若い夫婦の難しさや文化の違いがあって揉め、お互いの武術の違いが若さからなのかお互いに引けず揉めるという、カンフー映画なんだけれども文化の違う夫婦モノとしておもしろく見ていたのが弓子が危ない人に思えてしまうとちょっとサイコスリラーっぽく思えてしまった。
主人公は結構弓子を誘ったりと受け入れたりもしていたのに弓子は一切を拒否するし、何でここまで頑ななのかがさっぱり分からなかったけれど、まあ、ここで拒否しないと後半の展開にならないからなんだろうなぁ。
後半を見ているとしたかったのは後半のカンフー対武道の方で、前半の夫婦喧嘩は後半の為の振りでしかなかったんだと思った。
実際、話の導入はこの夫婦関係の話だったのに、最後は日本の一団と主人公が分かり合えたので良かったね!で終わってしまい、主人公と弓子との仲直りやその後の生活は一切描いていないし、何時の間にか弓子は主人公側に戻っていて、あれだけ拒否して揉めたのに弓子の心変わりが一切描かれていなかったし。
その後半の戦いは、まず導入が何だかよく分からず強引。
突然出て来た倉田保昭と弓子が幼馴染って、弓子は二十代前半位?昔ではあるので十代後半?に見えるのに、倉田保昭はおじさんで関係性がよく分からない。
そして、倉田保昭は何故か中国語も達者で、弓子への手紙を勝手に自分、自分達への挑戦だと思ってしまう。
ここら辺は倉田保昭は弓子が好きだったので弓子に自分の方が強いんだぞ、そんな夫には負けない、だから俺を好けという嫌らしい下心が満載という事なんだとは思う。
で、倉田保昭と関係性がよく分からないそれぞれ違う武道の達人らしき人達を引き連れて紋付き袴で船に乗って中国まで行ってしまう。
そこからは主人公の武術と日本の各武道との対決になるんだけれど、違う武道に対してそれに対抗出来る武術を使って戦って行くのは見栄えも変わっておもしろかった。
刀、空手、柔道は分かるけれど、釵とかヌンチャクとかトンファーは日本の武道の印象が無く、釵はエレクトラかティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズのラファエロの様なアメリカの忍者っぽい人の武器の印象だし、ヌンチャクやトンファーはカンフー映画の印象だし。
どうやら釵、ヌンチャク、トンファーは琉球古武術の物で、それがカンフー映画で使われて、そこからアメリカとかに行ったからの印象なのかと思う。
一応全員武術や格闘で戦って来たのに最後の倉田保昭が忍術で腰砕け。
忍術と言われてしまうと冗談みたい。
忍術は一応暗殺術の様にはなっていたので、まあ有りなのかとは思ったけれど、暗殺術なのでそれまで皆が正々堂々と正面からぶつかっての戦いだったのに倉田保昭は常に姑息に思えてしまった。
主人公を如何に騙すかから始まり、分が悪くなると逃げ出して自分が有利になる場所や仕掛けを用意した場所まで追い掛けさせて、常に自分が有利に、姑息に戦える様にしていて、最後の倉田保昭が急にしょっぱくなってしまっていた。
それに蟹形拳って何だよ。
横歩きで蟹の爪を素早く動かす様な動きが滑稽で更にしょっぱが増して笑ってしまった。
倉田保昭が主人公を倒したと思い、勝ったぞ!となっていたけれど、主人公は一人で別の六人を毎日違う武術で相手して勝っているのに最後だけ姑息な倉田保昭が勝ったから俺達の勝ちだ!になるって、やっぱりこの倉田保昭の役の小ささ、しょっぱさったらない。
最終的にお互いに分かり合えて良かったねで終わってはいたけれど、倉田保昭の役の動機、行動、結論が悪い敵役ではなくて、終始せせこましい小物だったので対決の話の尻すぼみ感は強かった。
それと、この日本人の一団、行き成り主人公の家の前の道で剣を振り回して戦うって、まあ近所迷惑。
まずは迷惑になるので人の来ない場所で勝負しましょうじゃん。
この映画、様々な中国武術と日本の武道を見せて戦わせるという意図では結構おもしろかったし、話はそこよりも前半の文化や価値観が合わない若夫婦の関係をカンフー映画として見せるのがおもしろかったのだけれど、そこが結局武術対決への振りでしかなく、最後はあんなに揉めた夫婦が元の鞘に収まってどうなりましたも描かずに終わってしまった事で酷い尻切れトンボ感しかなくて、見終わるとやりたい事をしたので本来の話の筋なんてどうでもよくなってしまった等閑な脚本の悪さを感じた映画の印象となってしまいました。
☆☆★★★