空とぶギロチン
2026年08月07日 金曜日ホー・メンホア監督、チェン・カンタイ主演の1975年の香港映画「空とぶギロチン(血滴子 The Flying Guillotine)」
清の皇帝雍正帝は反乱分子を力でねじ伏せていたが、それに意見した家臣を気に入らず処刑させようとした。
しかし、処刑すれば皇帝に対する反感が更に起こるので暗殺した方がいいと家臣に忠告され、雍正帝は部下のシン・カンに暗殺を指示した。
シン・カンは暗殺用武器である血滴子を開発。
血滴子は離れた所から相手の頭に投げ付け、内側に出る刃で首を刈ってしまう武器だった。
血滴子を気に入った雍正帝はシン・カンに十二人の男を選ばせて暗殺部隊を作り、血滴子の使い方の訓練をさせた。
血滴子の使い方を学んだ部隊は家臣の暗殺を行うが、暗殺された家臣は忠臣と名高い人々ばかりで暗殺部隊の中でも疑問に思う者が出始めた。
暗殺部隊にいた内通者によってその事は雍正帝に伝えられ、暗殺部隊の同じ部隊の仲間によって一人が殺されてしまう。
次は自分かもしれないと感じた部隊の一人マー・トンは部隊から逃げ出すが、部隊はマー・トンを追い掛ける事となる。
何度目かの昔の香港映画に興味が湧いた時期が来たので幾つか古い香港映画を見ていて見た映画。
血滴子というぶっ飛んだ設定の武器が中心の話なのでトンデモな映画かと思いきや、血滴子はトンデモではあるものの話自体は血滴子が作られる理由や、それを扱う部隊、その中で疑心暗鬼になって来る数人から内輪揉めになって行き、逃げ出した主人公の逃避行を結構じっくりと描いていて、物語としてはしっかりとした見れる映画だったのが意外だった。
この映画のそもそもの発想や企画は血滴子を思い付いた所からなんだろうけれど、でもこの血滴子って見ていても直ぐにこれは必要無いと思ってしまう位無茶な物。
結構重そうな大型金属帽子の様な物を遠くから投げ、それを対象相手の頭に上手くすっぽりと被せ、血滴子の中から下に枠が下りて、その枠から刃が出て首を刈っ切るんだけれど、どう考えてもそんなに上手く頭に被せられないだろう武器で、これなら弓矢とか吹き矢の方が手軽だし命中率も良いだろうし、携帯性や隠匿性も絶対良い。
血滴子は暗殺の為の武器なのに皆大きめの風呂敷に入れて持ち歩いているので直ぐに誰が殺したかも分かりそうなモノ。
まあ、血滴子をそういう物として受け入れて見たら後は結構真面目な話で、初めは皇帝に見初められて悪者を成敗するんだと思っていた若者達が希望に満ちて仲間と共に修行に励んでいたものの、いざ実際に相手を殺してしまうと相手は忠臣なのに皇帝は何をしているのだろう?と疑問を持ち始め、更には人殺しはしたくないと情緒不安定になった仲間が他の仲間に殺されてしまって自分達の立場を理解し、そこから逃げ出そうとする主人公の行動も分かるモノだし、更には主人公が逃亡中に出会った女性と子供を儲けて農民として生きて行こうとすると追手がやって来てかつての仲間と戦わなくてはならなくなるという哀しい逃亡劇になって行き、これがしっかりしているので見れる内容。
一方で、確かにこの時代の香港映画だから仕方ないのかもしれないけれど各人物の心理描写が少ないので何を思っているのかがいまいち分かり難く、そこがもっと描かれていると大分おもしろい映画になったんじゃないかなと思う。
ただ、よくよく考えると主人公は部隊の仲間の内、仲の良かった二人以外は皆殺しにしているので、人殺しは嫌だで逃げ出したのに仲間を殺しまくってはいて、ここら辺の対比や想いがほとんど描かれていないのも分かり難い感じにはなっていた。
カンフー映画として見ると、血滴子が見た目も使い方も殺し方も強いので武器の無いカンフー場面になるとその対比で弱く感じられてしまい、しかも何だか全体的にカンフーがもっさりとした感じで温くておもしろくはなく感じてしまった。
血滴子を投げ合って戦った後にカンフーだとそりゃあ尻すぼみな感じにはなってしまう。
この映画、血滴子という強烈な存在で目を引くけれど、話自体は真面目な疑心暗鬼からの内輪揉めによる逃亡劇を描いていて、この時代の活劇を主とした香港映画としたら物語としてはおもしろいと思う映画でした。
香港では当時、この血滴子がやっぱり話題になった様で、この続編やこの映画を製作したショウ・ブラザーズではない他会社が血滴子で映画を作り、あのジミー・ウォングも「片腕ドラゴン」の続編として「片腕カンフー対空とぶギロチン」を作っており、その続編や関連作を見てみたいと思ったのだけれどAmazon プライムビデオではないみたいなのでガッカリ。
☆☆☆★★