月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術

2021年04月26日 月曜日

ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」やH・G・ウェルズの「月世界最初の人間」を原案に、ジョルジュ・メリエスが製作・監督・脚本・出演した1902年のフランスのモノクロ・サイレント映画「月世界旅行(Le Voyage dans la Lune)」を、その後着色した版を復元した「月世界旅行」と、ジョルジュ・メリエスの生涯を追ったドキュメンタリーと「月世界旅行」の着色版の復元を追ったドキュメンタリー「メリエスの素晴らしき映画魔術Le voyage extraordinaire)」を合わせた作品。

わたしはBBCのドキュメンタリー番組「決定版!SF映画年代記」を見た後に何かSFを見たくなり、「決定版!SF映画年代記」でも紹介されていた世界初のSF映画であり、物語の構成を持った世界初の映画「月世界旅行」を見ようと思って見つけたのがこれだった。
まあ、「月世界旅行」も「メリエスの素晴らしき映画魔術」もとんでもなく痺れた。

着色復元版「月世界旅行」から始まる。

学者らしき人々が巨大な大砲を作り、巨大な砲弾の中に乗り込んで大砲から発射されて月へと向かう。
月の内部では植物が生い茂り、月星人が現れる。
学者達は月星人達から逃れ、月から帰還し、人々に盛大に祝われる。

フランスのリュミエール兄弟が発明したスクリーンに投影するシネマトグラフが初めての映画とされているけれど、それが上映されたのが1895年だから、「月世界旅行」はそれから7年後だと考えると相当な想像力と製作力で見入ってしまった。

学者が月に憧れるのは今でも変わらず、巨大な砲弾で月まで行くのは今と大して変わらず、地球への帰還は海に落ちて来るというのも今と変わらずで、最初期のSF映画としては非常に科学的でそこで驚く。
ただ、月に着いてからは結構ファンタジーだし謎が多く、学者達が月に着くと急に皆で眠り出すのが?だし、雪が降って来て月の内部に入って学者が持っていた傘を地面に刺すとキノコになったりするのが?
月星人はしょうがないとしても、学者が傘で月星人をぶっ叩くと煙と共に消え去ってしまうのも良く分からない(これは後のドキュメンタリーを見ると、ジョルジュ・メリエスお得意の手法による驚かしだと分かったけれど)
月の崖から砲弾が落ちると海に落ちるのだけれど、てっきり月の海かと思いきや地球の海だったのも分かる様で分からない。

しかし、この発想力は凄いし、その表現力が半端無い。
始めは説明場面で月に行くまでの砲弾を作っている場面がちゃんとあるし、大砲の遠近感や町の煙突から煙が出るとかのセットの仕掛けもおもしろい効果。
そして、映画史でも有名な砲弾が人間の顔の月に刺さる場面は奇妙でもあり、ワクワク感もありで、この発想凄過ぎる。
月星人とのアクション場面もあり、最後はハッピーエンドでちゃんとまとめていて、今にも通ずる映画の基本的構造がちゃんとしている。
特撮も多重撮影で合成したり、撮影を止めて人を動かしての効果や、ミニチュア撮影等、この最初期のSFXとしては素晴らしい。

着色復元版「月世界旅行」の後にドキュメンタリー「メリエスの素晴らしき映画魔術」が始まる。

ジョルジュ・メリエスは靴屋に生まれたがマジックにはまって劇場を買取り奇術師として活動していた中で映画にはまり、映画で奇術を見せる為に映画を作り始め、そこから自分の映画スタジオを作って「月世界旅行」を作る。
この奇術師としての映画も何本か流れるけれど、これが撮影停止・再撮影の技術や、多重撮影を使った分身や巨大化・縮小化をやっていて、ジョルジュ・メリエスの発想の凄さが見れるし、今見ても結構おもしろかったりする。
「月世界旅行」の製作は今で言う大作映画並みの映画で、これが大ヒットするのだけれど、すぐさまフィルムが盗まれたり、違法コピーの海賊版でトーマス・エジソンが儲けていたという話になって、これも今と大して変わりない話なのも驚きだし、エジソンっぽい話だなぁと思ったり。

ジョルジュ・メリエスは権利を守る為もあって新しい会社を作り、映画ブームもあってドンドンと映画を増産して行くけれど徐々に粗製乱造になって行き、現実社会では人間が南極点や北極点に到達し、その記録映画が上映されたり、飛行機が発明されて現実が映画の創造を超えて行ってしまい、他のジャンルの映画が求められる中でジョルジュ・メリエスの映画は時代遅れとなり、やがて多くの借金を抱えて映画製作を止めてしまう。
ここまで映画にのめり込んでしまったジョルジュ・メリエスがこれ以降映画を撮る事も無くなり、持っていた数百本のフィルムを燃やしてしまい、このジョルジュ・メリエスの決断はどういう気持ちだったのかと考えてしまう。
その後ジョルジュ・メリエスは駅で玩具屋を始めており、これまた不思議な決断。
一方でジョルジュ・メリエスを評価する後進達が現れ始め、ジョルジュ・メリエスの再評価が始まって行く。
このジョルジュ・メリエスの人生だけでも凄いモノで、ジョルジュ・メリエスの伝記映画を作れば劇的でおもしろそう。

ただこの「メリエスの素晴らしき映画魔術」はこれで終わらず、ここから更に盛り上がりを見せる。
着色復元版「月世界旅行」がどういう経緯で発見され、修復されたのかのドキュメンタリーが痺れた。
ジョルジュ・メリエスのコレクターがスペインの映画監督セグンド・デ・チョモンのコレクターとの話で最早現存はしていないと思われていた着色版「月世界旅行」を持っている事を知り、デ・チョモンのフィルムと交換して着色版のフィルムを手に入れる所から話は始まる。
そのフィルムは加水分解していてガチガチに固まっていたので、水蒸気で時間をかけてフィルム柔らかくして丁寧に剥がし、1コマづつ撮影。
その数年かかった気の遠くなる作業を終えても損傷が激し過ぎ、全体を復元する技術が無かった為、数年間データのままで保管。
この復元作業に幾つもの財団や企業が乗り、「月世界旅行」の白黒版でも完全なフィルムが無い中、着色版と幾つもの白黒版を1コマ1コマ確認しながら着色版に無いコマは白黒版から補完し着色し、本来の一本のフィルムへと修復して行く作業は泣きそうになる感動。
完成した着色版の確認作業で、今までは知られてなかった壁にかかった鍵の話は痺れた。

この復元のドキュメンタリーを見てからもう一度着色復元版「月世界旅行」を見たのだけれど、初めに見た時とは違う意味を持って見れてしまい、違う感動が生まれた。

「月世界旅行」は今見ても奇妙で、不思議で、怖さもあったりして非常におもしろく見れたし、今から見て当時の「月世界旅行」の状況とか、当時のSFやSFXを考えるとそこの部分でもおもしろいし、「メリエスの素晴らしき映画魔術」でジョルジュ・メリエスを知り、着色復元版「月世界旅行」の事を知ると「月世界旅行」が更におもしろく見れてしまうと言う非常に良く出来た構成になっている。
ドキュメンタリーも合わせて見ると「月世界旅行」の凄さや素晴らしさが良く分かるし、更には撮影後百年以上経ってからの「月世界旅行」の復活は「月世界旅行」の魅力と魔力の成せる技でもあり、「月世界旅行」の魅力はトンデモなかった。

☆☆☆☆☆

ちなみに「月世界旅行」は既にパブリックドメインになっていて、白黒版はインターネット上でも公開されていて見る事が出来る(Le voyage dans la lune

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