ミクロの決死圏

2016年12月20日 火曜日

リチャード・フライシャー監督、スティーヴン・ボイド主演の1966年のアメリカ映画「ミクロの決死圏(Fantastic Voyage)」。

情報部員のグラントは科学者のヤン・ベネシュをアメリカまで亡命させた。しかし、ヤン・ベネシュは襲撃を受け、脳内出血で意識不明となってしまった。
グラントは再び呼び出され、見慣れない組織の施設へと連れて行かれて、ヤン・ベネシュの容体を知らされる。
ヤン・ベネシュは貴重な人材なので手術で意識を取り戻させたかったが、通常の医療技術では治せないこの怪我は開発していたミクロ化技術で潜航艇をヤン・ベネシュの血管内に送り込み、内部から直接手術を行なえば治ると告げられた。
ただ、その執刀医であるデュヴァル博士はヤン・ベネシュの命を狙うスパイかもしれないという疑惑があり、彼の監視の為、通信担当としてグラントもミクロ化した潜航艇に同乗する事となった。

医療では治せない怪我や病気を直接体内に人を送り込んで対処するというミクロSF。
当時としては中々先鋭的な題材だったろうし、映画的にも中々おもしろい。

始まりはヤン・ベネシュの襲撃からのグラントが謎の施設に連れて来られるというサスペンス的展開で見ている方をしっかり掴み、そこからはじっくりとミクロ化への前振りを見せ、何段階も経て縮小し体内に入り込むという非常に小気味良くもハードSF的に説明を描く事で体内に入るまでのワクワク感を徐々に高めて行く非常に上手い構成と展開。
そこで盛り上げておいて、いざ体内に入ってみると幻想的な景色が広がり、興奮は一気に爆発する。
…と、ここら辺までは非常に良いのだけれど、ここからは当然順調には行かず、次から次へと盛り上がり上都合良く問題が発生して行くのは、まあ展開上は致し方無いとは言え、どうにも上手い事進み過ぎてしまう感じはあった。
特に計画を邪魔するスパイがいるというもう一つの軸があるのに、次々と起こる問題がそのスパイが関与していないミクロ化による先見性の甘さや偶然起こってしまった事ばかりなので、スパイ問題の方が非常に微妙な感じになっていたし。

それに潜航艇から見る血管内の世界が明る過ぎない?とか、流石に静脈内の赤血球が青色なのは無いでしょ…とかはあるにしろ、まだ潜航艇から見せる血管内の異質な風景は良い雰囲気だったのに、潜航艇の外に登場人物達が出ると急に安っぽくなってしまい、
覚めてしまった。
布地を張った血管や細胞膜。変なパイプが生えていたりと、セットで作るしかないのは分かるけれど、その美術がどうにもしょっぱい。
外に出た人達も、本来は液体内なのでベチョベチョに濡れるはずなのに髪の毛はピッチリ決まったままだし、潜航艇に戻って来ても濡れていないし、色々詰めが甘い。

ここら辺の美術を見て思ったのは、「この映画、科学技術や医療技術が進展し、実写でもCGバリバリのほぼCGアニメーション映画全盛の今にリメイクするべきだよなぁ」という事。
今ならもっと詳しく科学的や生理学的に正しい描画が出来るだろうし、これこそ全部CGで描いても何ら問題無い題材だから、50年前の発想をちゃんと実現出来るのにと思った。
ただ、下手にハリウッド的アクション映画にするとしょうもなくなるので、ガチガチのハードSFにして、最早科学映画やドキュメンタリー風SFにして欲しいんだけれどなぁ。

あと、終盤で急にスパイが暴走し始めたけれど、わたしは単に「このままだと戻る事もままならないので、自分だけでも助かりたいから勝手に行動した」のかと思ってしまい、結局スパイの話は何だったの?と思ってしまった。それ位スパイの方の話は拍子抜け。
しかし、スパイもそんな事せずに始めから船外で活動する事は知っていたのだから罪を被せたい人の持ち物をこっそり持ち込んで、それを船外で置き去りにすれば自動的にヤン・ベネシュの体内で元の大きさに戻って体を突き破って死なせる事だって出来たのに何でしなかったのだろう?
逆に最終的に潜航艇を破棄したけれど、あれって自動的に大きくなるはずだからヤン・ベネシュの体を突き破らないの?白血球?が何らかの金属で作られた潜航艇をあれだけの短時間で全く消滅させたの?

この映画、発想としては非常におもしろいし、体内に入るまでの持って行き方は非常に上手く飽きさせず見せていたけれど、そこ以降結構突っ込みを入れてしまう安っぽさや脚本の詰めの甘さが見え、前半が良いだけにどうにも後半が尻すぼみな感じがしてしまった。
しかし、小さくなっての未知の体内での大冒険SFとしては非常におもしろい題材だけに、この映画こそリメイク希望。

☆☆☆★★

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