アルゴ

2016年07月29日 金曜日

ベン・アフレック監督・製作・主演の2012年のアメリカ映画「アルゴARGO)」。

1979年、イランではイラン革命が起こり、国外に逃亡したモハンマド・レザー・パフラヴィー前国王がアメリカに事実上の亡命をした事による反発で起きたイランでの反米デモがイランのアメリカ大使館の襲撃へと発展し、多くのアメリカ人外交官が人質となった。その中の六人は大使館から無事に逃げ出し、カナダ大使公邸で密かに保護されていた。
アメリカ政府はその六人の人質を救出する為に、幾つもある作戦の中からCIAのトニー・メンデスが考え出した「SF映画撮影の為のロケハンとしてイランに赴き、その映画の製作スタッフとして六人を連れ帰る」という作戦を決行する事となった。

これが本当にあった出来事「カナダの策謀」を基にしており、その事実が創作物を超える凄みと面白味がある分、映画は如何にもなハラハラするサスペンスに仕上げましたという作り物感ありありで、非常に微妙。

始まりの大使館襲撃という緊迫する掴みでグッと捕まれ、映画業界のベテラン達に協力してもらいながらのSF映画のロケハン救出作戦を徐々に進めて行く所辺りまでは非常におもしろかった。
ただ、その後のイランでの展開が作り物染みていて、前半までの興奮も徐々に冷めて行った。

既にSF映画での作戦に決まっているにも関わらず、危ないと反対する人が一人いたのは、非常に王道な展開ではあり、ベタベタ過ぎるのでちょっと白け始める所。
しかも、映画ではこれしかないと一つだけの作戦として実行されたけれど、実際の「カナダの策謀」では他に話に出ていた救出案用にパスポートや服装等も用意され、どれにするかは大使館達との話し合いで決まったそう。まあ、現場の状況や大使館員がどこまで出来るかによって左右されるから、複数の案があるのが普通だわな。

一日目のバザールのロケハンも、明らかに欧米人には危険な状況が分かり切っている中で、何でイラン側の人がバザールに連れて行ったかも分からない。てっきり、これが何かの伏線や罠かと思いきや、特に何も無く、ただイラン人と揉めたというだけだし、写真を取るならカナダ大使公邸の近くに見張りを置いておけばいいだけだし。
これも、実際の「カナダの策謀」ではバザールには行っていないらしい。

何より、一番最後の空港でのほんの少しの差で次々と難関を切り抜けて行くという展開はサスペンスとしては安っぽくって、見ている時から「ああ、実際はこんなギリギリじゃあなく、結構余裕があったのだろうけれど、それじゃあ盛り上がらないので大分脚色してるんだろうなぁ…」と思っていたのだけれど、やっぱり実際の「カナダの策謀」では結構すんなり行ったらしい。

後から実際の「カナダの策謀」を調べてみて上記の話の盛り過ぎというか、作り物っぽい嘘臭さが「やっぱり…」と言う事で納得したけれど、脚色し過ぎな感じは見ている時からしていて、特にエンド・クレジットで本人の写真や実際の写真が出て来ると更に「これ、ドキュメンタリーの方が興奮を感じたんだろうなぁ」とは思った。
脚色し過ぎな割りに展開は作戦がそのまま決行され、特に大事も無く無事に終了ってどうなの?とも思う、非常に浮き沈みの無い、のっぺりした展開だったし。

のっぺりした展開を更に感じるのは、やっぱりベン・アフレック。
ベン・アフレックって、昔からヌボーっとした役者で、わたしは全然いまいちなんだけれど、この映画では髪を伸ばし、髭もモサモサで、まるで角の無いアラン・リックマンの様な別人っぷりで、始めは非常に良い感じだったけれど、演技的には「今、何思ってんの?」と思ってしまう位表情から役の感情が伝わって来ない演技と言うか、ほとんどが無表情。なので、何故この人物はそこまでして人質を救いたいのか?とか、息子に対して何を思っているのか?等が全然見えて来ず、ベン・アフレックが黙ると急に話の調子が腰折れしてしまう。
だからなのか、ベン・アフレックが作戦を実行するかどうかで悩む場面なんてやたら長く、一晩眠りもせず考えましたよ!とまで分かりやすく映像的な説明をやっていたけれど、監督もベン・アフレック自身がやっているので自分の演技に自信が無いのかしららん?と思ったのだけれど。

六人の人質達も経歴が描かれ、夫婦の話もあるので、そこをもっと描くと思いきや大して無いし、あれだけ偽の経歴を憶えるという場面があったので、後でそれが活きて来るのかと思いきや全く活きて来ないしで、役者が濃い事もあり、早い段階から人物は立っているにも関わらず、見終わるとこの六人の印象が薄くなってしまっていた。

一番濃かったのは、特殊メイクのジョン・チェンバースとプロデューサーのレスター・シーゲルの二人のおじいちゃん。
この二人が映画業界でハッタリかまし、凄んで偽映画の企画を進めて行く所なんて非常に爽快だった。なのにベン・アフレックが映ると急に話も画面も落ち着いてしまった。
この二人をもうちょっと押し出せば良かったのにとは思うけれど、最後の「撮影していて電話に出れない」というのでハラハラさせる展開は、もう冗談かと思う位しょっぱいしなぁ…。

ただ、凄いのは1970年代末期をちゃんと映像化している所。
登場人物達の髪型や服装から建物等、その当時のアメリカ映画で見る感じと非常に似ている。特にブラウン管テレビの映像なんて、そんな感じがありあり。
六人の人質は物凄い1970年代感を出していて、特にクレア・デュヴァルなんて何時もの感じと違い、暫くクレア・デュヴァルの様な気がしないでもないけれど…と分からない位だったし。
その他の役者では、ヘンリー・L・シャッツ役の人はずっと「何処かで見た事ある様な気がするけれど、佐藤蛾次郎だな」と思っていて後から調べたら、「CSI:マイアミ」のティム・スピードル役でお馴染みロリー・コクレーンだとは全然気付かなかった。
逆にサイラス・ヴァンス国務長官役のボブ・ガントンは「24」でのイーサン・ケニン国務長官そのままで、「そのまま過ぎる配役じゃん!」と思ったし。
ジャック・オドネル役のブライアン・クランストンは「ブレイキング・バッド」のウォルター・H・ホワイト役でお馴染みだったり、ジョン・ベイツ役のタイタス・ウェリヴァーは「LOST」のジェイコブの兄弟の黒服の男役でお馴染みだったりと、結構テレビドラマで有名な人が出ている。

そう言えば、この映画の中で気になったのが偽映画「アルゴ」の絵コンテ。
調べてみると実際の絵コンテはキングことジャック・カービーが描いていたそう。ただし、実際の「カナダの策謀」ではアルゴの作戦用に書いた訳ではなく、ロジャー・ゼラズニイのSF小説「光の王」の映画化製作時に描かれた画で、「カナダの策謀」から数年前に描いた画らしい。
しかも、実際どんな画だったのか調べてみたら、映画のストーリーボードと全然違うじゃん(HEAVY METALの#276にも収録されている)。ほとんどギャラクタスじゃん。
まあ確かに、ジャック・カービーが描いた画をそのまま出すと意味不明になってしまうし、ここも分かりやすく、「スター・ウォーズ」近付けたからなんだろう。

この映画、第85回アカデミー賞作品賞を受賞してはいるけれど、監督としても役者としてもベン・アフレックでなければもっとおもしろくなっていた様な気がする。…と言うよりは、この展開とか脚色とかからして、脚本家のクリス・テリオでなければ…か。
このクリス・テリオって、この次の脚本がRotten Tomatoesで27%という、近年のアメコミ原作映画としては相当な低評価を叩き出した「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」だしなぁ。
やっぱり、当時の映像や本人達の証言を使ったドキュメンタリーの方が全然おもしろい様な気がする。

☆☆☆★★

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