バック・トゥ・ザ・フューチャー

2016年07月16日 土曜日

ロバート・ゼメキス監督・脚本、スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮、マイケル・J・フォックス主演の1985年のアメリカ映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)」
シリーズ一作目。

高校生のマーティ・マクフライは知り合いの科学者エメット・ブラウンが発明した自動車デロリアン型のタイムマシンで30年前にタイムスリップしてしまう。
しかし、燃料は行きの一回だけしかなく、現代へと戻る事が出来なくなってしまう。
しかも、30年前のまだ若いマーティの母親がマーティに惚れてしまい、マーティは若き父親と母親を引っ付け様とする中で、エメット・ブラウンが考えた未来への帰路の時間が迫っていた。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はわたしも子供の時からテレビ放送で何度も見ているので、もう粗筋は知っているし、当然おもしろい事も知っているのに、改めてキッチリとノーカットの字幕版で見たけれど、思っていた以上におもしろかったし、常にニコニコ、ワクワクしながらで、二時間が本当にアッと言う間の満足感で打ち震えた。

始めて見れば「何が起こるのだろう?」のワクワクなんだろうけれど、既に何度も見た後に見ると、始めから全ての台詞がこれから起こる事の振りである事に気付き、セットもあそこが過去ではこうなるのかという終始楽しい発見ばかり。
マーティがドクの家に来てからも既にドクがどういった人物かは家の中の装置等々で分かったり、マーティーのギターが大爆発したのが終盤に違う意味で大爆発する振りだったり、そこからマーティーが町に出てからは一言一言の台詞が実は今後の振りであり、各人の行動もその場の笑いもあるけれど、後で意味が出て来る振りだと分かり、始まりの10~15分で既に全てがこの後に向けて繋がって行く為に作られている脚本で、本当に脚本が良く練られている事に気付き、興奮で震えた。
良く見ていると、あれが過去ではあれで、これが過去のこの場面を笑わせたり、何故そう出来るのか、そうする必要があるのかがはまって行く気持ち良さったら無い。
例えば、序盤にマーティが自分の家に帰って来た時に映る家の前のゴミの缶さえ、既に映画を見ていると「これ、最後の場面で未来から戻って来たドクが、改造進化したデロリアンの燃料の為に漁る、あのゴミ缶じゃん!」と一気に興奮。このゴミの缶だけでさえ楽しく見れてしまうのだから凄い事。

それに各設定や見せ方も見事。
始まりで一気に過去に行ってしまい、見ている方を一気に世界に取り込む力強さから、過去で意図せず未来から来てしまった異質な人間マーティーの孤立無援の不安に、過去のドク登場で希望が見え、そこに自分の母親に惚れられるというコメディで引っ張って行くのだから、タイムスリップとヘンテコな恋愛話の二つの軸が見事に絡まって織り成す展開の上手さったら無い。

タイムトラベルも、この映画までのタイムトラベルなら極端な未来や過去等に行って、今を生きる普通の人が異質な存在である事を分かり易く見せたのに、たった30年前でさえこれだけ異質な感覚を感じさせられるという上手さが目立つ。
わたしもこの映画の現代である1985年には既に生まれてはいたけれど子供だったのでいまいちピンと来ない部分があるにしろ、映画内での1985年の現代感は分かるので、マーティの親世代の1955年の異質感が楽しいのだけれど、果たしてこの映画での現代である1985年から30年経った今の10代が見てもこの感覚にすんなりと入って行けるのだろうか?と思って見ていた。もうこの映画の現代である1985年が既に30年前の知らない世界から更に30年遡るからなぁ。

恋愛部分も真っ直ぐな男女の恋愛ではない部分がおもしろい所。
普通のタイムトラベルでの恋愛モノって、大抵好きになったけれど現代に戻らなくてはならないとか、別れる事を知りながらの哀しい話になるけれど、この映画では主人公が恋愛を望まず、他人を引っ付けなくてはならないという展開で、コメディとしても恋愛モノとしても楽しい。
禁断の恋と言うか、近親相姦だし。
そこでは息子の母親に対する誰でも持っているであろうマザコン的な好きと、10代から始まる「母親うっとおしい」感の同居をマーティーで見せている。
序盤での現在の飲んだくれて老け込んだ駄目母親だったのが、マーティーが過去に戻って出会うと物凄く可愛いと言うのが、見ているのが男だと何とも言えない感情になるはず。この息子の母親に対する感情を上手く突いた映画って、他にもあるんだろうか?まあ、マーティーの場合は自分が生まれなかった事になるので振り切って父親とくっ付けはしたけれど。

役者も良く配役したなと思える上手さ。
マイケル・J・フォックスはこの時24歳だけれど、高校生でも十分通る。
でも、今見ると演技的には結構大袈裟でそんなに上手い感じでもなかったんだな。

クリストファー・ロイドはこの時47歳。今更年齢を知って驚いた。どう見てもおじいさんじゃん。今の福山雅治と同じ歳?と思うと、役作りは凄い。
あと、30年前に戻っても大して若くないのはそこ狙いの笑いではあるけれど、どうやら作中でのエメット・ブラウンの1985年当時の年齢は65歳らしいので、30年前は35歳?それだとしたらやり過ぎ。既に30年前のエメット・ブラウンはタイムスリップしていたとか?

父親ジョージ・マクフライ役のクリスピン・グローヴァーや、母親ロレイン・マクフライ役のリー・トンプソン、ビフ・タネン役のトーマス・F・ウィルソンって、ほぼマイケル・J・フォックスと同年代なんだよな。そこもちゃんと合わせている。
過去に合わせての配役だけれど、現代での老け加減って、その特殊メイクも笑ってしまう。
ただ、クリスピン・グローヴァーの老け方は結構はまっている。
この男性陣の現在の顔を見るとこの映画とは全然違う雰囲気だけれど、リー・トンプソンは太らずに若い過去のまま歳を重ねた雰囲気で、歴史の改変感が何とも言えず楽しい。

音楽もこの映画を象徴する。
この主題曲になっている「Back To The Future」は今でも「M-1グランプリ」とか色んな番組で使われて良く聞くし、この曲聴くとやっぱり興奮する。アラン・シルヴェストリはよくこの曲作った。
それに主題歌のヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「The Power of Love」は歌えるし、「Johnny B. Goode」の場面は何回見てもちびりそうになる位楽しいし。
まあ、「Johnny B. Goode」の場面で一番感心するのは、初めて聞いた種類の音楽なのに、ちゃんとギターソロの所で「♪ジャン」と合わせ、上手い事間違えずにギターに合わせて入って行ったバンドのメンバーなんだけれど。

この映画で有名になった謎の単位「ジゴワット」だけれど、ドクの台詞でもちゃんと「1.21 Jigowatt」と言っていたんだな。てっきり、日本語翻訳の段階で「Gigawatt」を「ジゴワット」と誤訳してしまったのかと思ったけれど、どうやら脚本家のボブ・ゲイルが脚本の段階で綴りを間違えていたらしい。
今では「Giga」なんてコンピュータの進展で一般的に知られる様になったけれど、この当時では「キロ」は使われても「メガ」止まりだっただろうし。今では「テラ」も一般的に使われる様にはなったけれど、「ペタ」でも馴染みは余り無いし、「エクサ」はピンと来ないしなぁ。

気になったのはマーティが過去に戻ってしまい、デロリアンが農場の納屋に突っ込み、それを見に来た一家の息子が差し出したコミックス。一時停止して見てみたら、表紙の上部「EC」のマークがあるのでてっきりECコミックスが出した本物のコミックスかと思いきや、この映画用に作ったコミックス「Tales from Space #8」らしい。
この「Tales from Space #8」は、実際の1950年代のECコミックスを見てみたら、実に良く似せて作られていて、一瞬しか映らない細かい所までのこだわりが凄いし素晴らしい。

この映画、1970年代から1990年代にかけて変革して行ったハリウッドの娯楽映画の1980年代を象徴する様な映画。始まりから終わりまで楽しい仕掛けに満ち溢れ、ワクワクして、ニコニコして見られるという最上級の娯楽映画。しかも、最後未来行ったけれどどうなるの!?で終わらず、ちゃんとこの一作目からの期待に沿う続編があるのだから、尚更素晴らしい。

☆☆☆☆☆
 
 
関連:バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2
    バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3

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