沈黙の標的

2016年07月07日 木曜日

マイケル・オブロウィッツ監督、スティーヴン・セガール製作・脚本・主演の日本だけ劇場公開した2003年のアメリカのビデオ映画「沈黙の標的(Out for a Kill)」。

考古学者のロバート・バーンズは中国で発掘調査をしていたが、彼の知らない所で遺物に麻薬を詰めて運び出そうとしていた事を知り、麻薬組織に命を狙われる。

スティーヴン・セガールは考古学者で、敵は中国系マフィアで、犯罪に巻き込まれてしまうという展開はスティーヴン・セガール映画を見慣れていると一風変わった設定で初め「おっ?」と思う。…ただ、その後は妻を殺された復讐で、とにかく敵を殺しまくるというだけの毎度のスティーヴン・セガール映画になってしまうので、やっぱりおもしろくはない。
それに流石にスティーヴン・セガールが脚本も書いているだけあって、敵はスティーヴン・セガールが何かを知っているかもしれないという予想だけで次々と刺客を送り込み、当然スティーヴン・セガールにやられまくり、敵が死に際に次のボスがいる場所を吐くのでそこにスティーヴン・セガールが出向いてまた殺しまくるという馬鹿みたいな展開の繰り返しで全然おもしろくない。
実は敵のボスがスティーヴン・セガールを利用していた事も分かるけれど、これも「ただの考古学者だと思っていたら、送った刺客を次々と殺して行くぞ!?だったらスティーヴン・セガールを使って邪魔な手下を殺してもらおう!」という、まあ計画性も何も無い適当な考えのボスで、こんなボスなので手下共は皆殺しにされているのに自分はスティーヴン・セガールが来ても大丈夫という何を根拠にしているのか分からない自信でスティーヴン・セガールと対峙して、当然スティーヴン・セガールに殺されるしで、何処を見ても馬鹿ばかりな馬鹿みたいな脚本。

始めはスティーヴン・セガールを怪しみ、途中からは助け出す麻薬捜査官も登場するけれど、世界の麻薬市場を支配しようとしている様な大規模な犯罪組織に対し、たった二人だけで世界中を回って捜査しているって何?二人で十分と言う事でも、無実のスティーヴン・セガールを犯人だと見なす見る目の無さだし、女性捜査官も敵に対しておどおどして敵の罠にあっさりかかる様な間抜けで全然優秀でもないし、どんだけ麻薬捜査に対して人手が足りていない世界なんだ…。

スティーヴン・セガールは考古学者かと思っていたら、実は元古美術関係の泥棒で、拳法の師匠から格闘技や拳法を習っていたので強いというグチャグチャした設定。
窃盗で捕まって、檻の中で考古学の学位を取得して、そこから身分を変えて大学教授となったらしいけれど、これも真面に生きて行こうとしているのに何でわざわざ身分を変える必要があるのか分からないし。

それにスティーヴン・セガールの毎度の感情が表情に出ないのを極めている。ずっと一緒に働いて来たであろう助手が横で撃たれて死んでも全然悲しんだ表情は無いし、皆殺しの復讐する原因となった妻の死もうつむくだけ。画面効果や編集や音楽で悲しみを表すだけで、スティーヴン・セガールの悲しみの演技なんてありゃしない。

特筆する部分としては、スティーヴン・セガールの映画はスティーヴン・セガールが手をバタバタさせてのアクションだけれど、この映画では敵が中国系マフィアなので功夫使いや剣使いの刺客が登場して、それに少し合わせてスティーヴン・セガールも功夫っぽいアクションをする。
ただ、やっぱりスティーヴン・セガール映画なので基本はスティーヴン・セガールが手をバタバタするだけで動きは小さいし、激しい場面でも良く見ていると直ぐさっきのカットをそのまま使い回している水増し編集。顔の見えない部分は全部スタントマン。まあ、何時もの大量生産されるスティーヴン・セガールの省エネ・アクション。

あと、何時もと違うのはスティーヴン・セガールの髪型。大体は襟足が短いか、ポニーテールだけれど、これではチリチリの後ろ髪を伸ばしたまま縛らないでいる。だから変。おばさんみたい。

この映画、スティーヴン・セガールの製作・脚本・主演と揃っているだけあって、まあ酷い出来。駄目な脚本と編集で誤魔化す毎度の省エネ・アクション。今回の毎度のスティーヴン・セガール映画とは雰囲気の違う折角の中国嗜好も、剣士との対決、猿拳使いとの対決までは多彩で良かったのに、その後はその漫画みたいな路線は無くなってしまいつまらない対決にしかなっておらず、設定も尻すぼみで終わってしまうしで、「何故、わたしは何作もスティーヴン・セガールの映画を見ているのだろうか?」と人生の意味を問いただす様な疑問ばかりを感じてしまう。

☆☆★★★

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