クローバーフィールド/HAKAISHA
2016年12月24日 土曜日マット・リーヴス監督、J・J・エイブラムス製作、マイケル・スタール=デヴィッド主演の2008年のアメリカ映画「クローバーフィールド/HAKAISHA(Cloverfield)」。
日本への栄転が決まったロブのお祝いパーティーを撮影していたが、突如大きな振動と騒音が鳴り響いた。外に出ると破壊されたニューヨークの街を目撃すると共に巨大な生き物の姿を見、皆で逃げ出そうとする。
この映画の予告編が出た当時は、「何だ、これ?」「おもしろそう…?!」だったのでその時見れば非常におもしろかったはずだけれど、今ではこの映画が手持ちカメラでのモキュメンタリー怪獣映画という事を何やかんやで知ってしまって見てしまったので、そこでの驚きは少なく、展開や演出を見てしまう映画になってしまったけれどそこの部分では結構微妙。
ロブが彼女を助ける為に一人先走って行動しようとするのだけれど、死んでる可能性が高い彼女の為に他の人達が自分達も命の危険が高い方向へ皆で揃って行く行動がどうにも解せない。目の前で怪物が暴れ、人が死んで行くのを目撃しているのに生きているかも分からない人間を助け出す為にあんまり関係無い人達があっさりとロブに説得されたのか付いて行くし。
まあ、そこで逃げ出したら時々に入れて来る以前の映像とか、街でウロウロして怪物と出会うという展開が出来ないからなんだけれど、このロブがわざわざ火の中に飛び込んで行く恋は盲目野郎なのでどうにも皆に付いて行けず。
最終的に彼女は既に死んでいて全てが無駄だった…という無常な展開かと思いきや、胸に鉄骨がぶっ刺さっていましたが無事でした…とか非常に無茶な展開に持って行くし。しかも、あれだけ見事に胸を突き抜けていた鉄骨から外したら普通は大量出血で死ぬだろう…と思うのに、彼女は怪我さえしていないかの様な元気さも展開が優先の都合良さだし。
怪物も特に終盤は主人公達の周りをやたらとウロウロしているのも都合が良い。基本的に怪物に関する説明が無いので、無茶苦茶攻撃受けているはずなのにマンハッタン島の狭い地域でウロウロしているのは展開上の都合しかないし。
この怪物も、ゴジラを逃げ惑う特定の人目線でやっているのは分かるのだけれど、ゴジラは攻撃受けても大して効かないのは着ぐるみ怪獣のファンタジーなのでまだ適当でもいいのだろうし、寧ろ核兵器や地震や台風等の天災の象徴としてのゴジラなので人間が太刀打ち出来ないのはよく分かるのだけれど、この映画ではこれだけ現実味を持って描こうとしているのに、あの怪物がアメリカ軍の総攻撃でも全然傷も無いってやり過ぎ。
この怪物が9.11の象徴として扱っているのは分かるけれど、だとしたらもっと怪物が複数登場し、街がドンドン破壊されながらもアメリカ軍がアフガニスタンやイラクに侵攻して民間人も殺しまくった様にバンバン怪物を殺しまくりながらも民間人も巻き添えにする位行かないと9.11の象徴とは思い難いし。
それに怪物から出て来たのか生み出されたのかの小さな怪物もSFというよりはファンタジー的な部分で、ワラワラとやって来る場面ではやり過ぎを感じてしまって白けた。巨大な怪物なのでどうしても逃げ隠れて街中を行動する時の巨大な怪物が行き着けずに登場して来ない場面での危機や恐怖を入れる為に導入した、これも展開を優先させた為のいらない要素だと思ってしまった。巨大な怪物一本で勝負していないので、何かぶれているし。
この小さな怪物に噛まれると最終的に爆死?するのもやり過ぎ。これって、いるか?
この映画の特筆する手持ちカメラでドキュメンタリー風に取っている演出も、普通の人目線からの怪獣映画としては非常に良いのだけれど、気になったのは手ブレで見てて疲れる事ではなく編集。
全然撮影に慣れていないというハッドがずっと撮影しているのに録画しっ放しではなく所々で一時停止してはまた録画しているのが如何にも作り物っぽい。普通ならこんな意味不明な事態の時に一々録画、録画停止、録画なんて気が回らないだろうから常に録画しっぱなしにするだろし、演出的にも長回しの方がそこにいる感が強いのに何で微妙に切った感じの録画ボタンを何度も押しているという設定にしたのだろうか?
映画の初めにこの映像が何かを示す字幕に「SDカード」と出ていたので、カメラへの衝撃でデータが破損したとかで編集的に場面が飛んだのか?とも思ったけれど、そんな感じのデジタルノイズは画面に無かったし、そもそも登場人物達は「テープ」と言っていたし、何よりSDカードだったら前にあった映像に上書きされないので以前の映像が出て来る事が無いからなぁ。
テープ残量を考えてハッドが録画停止を繰り返していた訳?だとしたら、最後の爆発で終わり、その後に以前の幸せな二人の映像が丁度残る様になっていたなんて、ハッドはテープ残量予測の天才だな。このピッタリ録画が偶然だったという理由ならあざと過ぎて白ける演出。
それに喋っている人物を非常に上手くきっちりと画面に捉えていたり、怪物から逃げているのにカメラは常に前を向いて録画していたり、自分の身が危険であろうと何があろうときっちりと対象を録画し続ける素人のはずのハッドがこんな追い込まれた状況でもプロ級の撮影根性を見せているのも、そうじゃないと映画が成り立たないとは言え、現実味を前面に押し出している分だけ都合が良過ぎで白けてしまう。
映っている人物の視線や高さを見るとハッドは胸から腰辺りにカメラを構えている様に思うのだけれど、そこって手首や肘の角度的にきつくないか?
このカメラも、投げ出されてもヘリコプターから落ちても爆発にあおうが全然無事なんて、余程の最強カメラで都合が良いとは思うし。
この映画、前知識無しで見るとこの世界に入り込んで行くのだろうけれど、ほぼネタバレと言うか、手持ちカメラのモキュメンタリーと怪獣映画と言う事を知って見てしまうと、展開の為の様々な行動や設定とかばかりに気が行ってしまい、映画上の展開の為の作り物感が凄い事や、色々とやり過ぎと適当過ぎな部分に突っ込みばかり入れてしまった。
怪獣映画としてはこういう見せ方はありだし、おもしろいけれど、これって2005年の「宇宙戦争」と同じ事している様な気がした。
☆☆☆★★