乱
2013年01月17日 木曜日監督・脚本黒澤明、主演仲代達矢の1985年の日本・フランス合作時代劇映画「乱」。
戦国時代、隆盛を誇った武将も歳を取り、家督を長男に譲り隠居しようとするが、三人の息子達の権力欲による軋轢の中で自分に対する掌を返した様な扱いに翻弄されて行く。
黒澤明の時代劇となれば期待する所なのに、見れば「あれ?黒澤明?」と思ってしまう位、躍動感やこちらにグイグイ迫って来る様なモノが全然無い。この映画の原案として「リア王」がある様だけれど、まさに舞台劇を見ている様な感じのやたらと長い1カットや、同じ場所で長く続く会話劇に疲れて来る。
本当は掴まなくてはいけない導入からしてどうにも退屈で、後に続く興味が出る感じでもない。跡目継ぎの話は非常にまったり進み、画面も延々同じカットの長回しで、カメラ位置も遠くからで各人の表情に全然寄らないし、仲代達矢の演技が一人濃いので彼の一人芝居の舞台を見させられている感じ。まるで起こってしまった出来事を遠くから、他人事の様に眺めている様な感じ。
それに黒澤明って、映画的現実感を追及して妥協しなかったという印象が強過ぎる程あるのだけれど、この映画の見た目は非常にファンタジー感で一杯。ただでさえ仲代達矢って顔の演技の迫力が半端無い人なのに、この一文字秀虎のメイクはほぼ特殊メイク並みの顔にしてしまい、一人だけファンタジー映画の登場人物。やり過ぎ。特に後半の白い顔は最早何じゃそりゃ。それに合わせて演技も現実的な時代劇では無く、完全な舞台劇演技で、特に仲代達矢が一人浮いている。他の人物の台詞や行動も舞台染みていて白々しいし。これは西洋の劇と日本の時代劇の違いなのか、単に脚本の拙さなのか。
そして、ワダ・エミの衣装が、そのファンタジー的嘘臭さを倍増させる。これでアカデミー衣裳デザイン賞を受賞したそうだけれど、確かに外国人から見たら鮮やかでファンタスティックな印象が受けるのだろうけれど、日本の時代劇、しかも黒澤明の時代劇にしたら嘘臭さを強調しまくるだけで、余計な主張が多過ぎ。うるさ過ぎ。
それに録音も悪い。人物が喋らない場面の無音に近い部分では、多分テープの回転での雑音が周期的にはっきりと入っているし。
美術も城等はお金かけて作っていて出来は良いけれど、その内部の内装も舞台劇的作り物感があるし、何より流血場面は本来なら驚く所なのに、血が如何にもな血のり過ぎて、折角の場面が台無しになり、その嘘臭さに引いて白けてしまう。城が攻められて死体が山集りになる場面が本当に安っぽい。悲惨な場面なはずなのに、「エキストラ一杯使ったなぁ…」と言う感想になってしまった。
話も信頼していたはずの親子の不和や裏切りがあるけれど、この映画の時代が親と子で殺し合って権力を掴み争っていたのが普通な戦国時代なので、悲劇ではあるけれどそれ程悲劇感を感じない。
展開も、振りも無く唐突な感じで進んでしまう場面が多いのは否めず、三時間近くもあるので話はバラバラと散漫な感じが。それに結末と最後のまとめの台詞の余りにしょうも無い事と言ったら…。
役者は脇が豪華で、寺尾聰、根津甚八、原田美枝子、宮崎美子、植木等等が出て来るのだけれど、メイクが濃いと言うのもあるけれど、言われないと結構気付かない人も多く、別人の役として成り切っているのか、個性を消してしまっているのかどうか。加藤武は、金田一耕助シリーズでの「よし、分かった!」での声の特徴的な声で直ぐ分ったけれど、途中戦の場面で行き成り声が変わり、何処かで聞いた事ある声だと思ったら「スタートレック:ディープ・スペース・ナイン」のオドーでお馴染みの加藤精三の声だった。どうやら、加藤武が落馬し、アフレコが出来なくなったからの吹き替えらしい。しかし驚いたのは、この二人、親戚らしい。だからの吹き替えの担当になったのだろうか?
あと、根津甚八のカツラ姿が全然似合っていない。頭がデカ過ぎ。
それに、狂言回しであるピーターはいらない。元の「リア王」の道化なんだろうけれど、これが効果的かと言えばそうでもなく、折角重苦しい雰囲気で通して来た所に道化が出て来て雰囲気を台無しにしてしまうし。
この映画は、舞台劇として見たらそれなりにおもしろいのかもしれないけれど、映画、それもこれまで名作時代劇を撮って来た黒澤明の時代劇映画として見たら、そういう風にしか見れないのだけれど、それだと非常に出来としては良くない。結局は全てが作り物感ばかりで、どうにも話に身が入らず仕舞い。役者の演技は必要以上に力が入って迫力があるのに、映像的にはその迫力を削ぐファンタジー舞台劇の方向に行っているし、全てが上手く噛み合わず、悪い方に転がり落ちてしまった感じばかりした。
☆★★★★