アド・アストラ

2022年01月17日 月曜日

ジェームズ・グレイ製作・監督・脚本、ブラッド・ピット製作・主演の2019年のアメリカ映画「アド・アストラAd Astra)」

人類が月や火星に基地を作り、太陽系内航行を行う様になった近未来。
ある日宇宙から地球に大規模な電力サージが発せられ、全世界で多くの犠牲者が出る事態となっていた。
アメリカ宇宙軍は海王星からサージが発せられている事を突き止め、16年前に海王星付近で行方不明となった地球外生命体探査計画「リマ」を行っていたクリフォード・マクブライド博士が乗っていた宇宙ステーションからサージが発せられているのではないかと推測していた。
クリフォード・マクブライド博士の息子ロイ・マクブライドは父親と同じ様にアメリカ宇宙軍に属し宇宙飛行士となっており、長年父親は死亡したと思っていたがアメリカ宇宙軍からクリフォード・マクブライドと通信を取る為に火星へと赴く極秘指令を言い渡された。

ブラッド・ピットが出ているSF映画位の前知識で見てみたけれど、近未来ハードSF感が中々良かったし、長年心にわだかまっていた父親との結末を迎える息子の話としても静かに描いていて良かったんだけれど、ピンと来ない所もあったし、何だかよく分からないままで終わってしまった所もあったし、映画の意図しない所で笑ってしまったりで、微妙な所も結構あった。

近未来ハードSFとしては余り行き過ぎないSFの世界観になっていて、惑星間航行しているけれど昔ながらのロケットだし、地上での移動は素っ気無い自動車だし、タッチパネルのモニターだけれどトグルスイッチもあったりとこの感じのSF感は好き。
ただ、火星から海王星まで79日で行けたり、既に反物質を使っていたりと結構オーバーテクノロジー的な所もある。
単に話の展開上到着まで早くないといけないと言うのはあるだろうけれど。
それと月面上での略奪者との戦いの時に、撃った銃の弾がオレンジ色や青色に光っているのはやり過ぎ。
もうスペースオペラ感が凄い。
せっかく、地球と変わらない月面基地内の様子や、月でも資源争いを続けているという現在の皮肉を描いていたり、月面のまるで白黒映画の様な極端な映像が綺麗なだけに、この光る弾で急に陳腐になってしまっている。
この白黒の世界の中で西部劇的な馬や馬車っぽい自動車での銃撃戦は主人公が子供の時に父親と見た白黒映画と何か関係しているのかしらん?

SF映画ではあるものの話の主題は要は偉大とされている父親を自分の中でまだ決着が付けられていない息子が父親と決着を付けに行くって話しで、これをじっくりと描いていて、完全に自問自答モノ。
ロイ・マクブライドは常に沈着冷静で感情を表に出さないけれど、演じているブラッド・ピットが怒りとも、哀しみとも、不安とも見える様な微妙な表情を見せ続けて話と演技が非常に合い、この何とも言えない気持ち悪さの不安定さが抜群に良い。
ブラッド・ピットって余り最近の映画を見ていなかったけれど、歳を取って渋みや濃さが出て来て良い感じの役者だと思ったし、演技も非常に良かった。

ただ、主人公は最後にはスッキリとなってしまい、海王星まで行って帰れて、自分の中の父親とも決着が付き、別れた奥さんも戻って来る感じだし、自分の生きる場所も見付けられて、この結構なハッピーエンド感はこれで良かったのだろうか?とちょっと思ってしまった。
わたしの父親は仕事ばかりで子育ての記憶が無い様な昔の父親で、わたしもこの映画の主人公に共感する土台はあるのだろうけれど、この主人公の様にここまで父親に固執する息子がどうにもピンと来ず、何故そこまでして父親に会いに行くのだろう?と思ってしまった。
父親と息子という対立構造やお互いの理解や父親からの解放とかの話は他でもピンと来ないのはわたしが父親に対して興味が無いからなんだろうか。
そこでサージから地球を救うという要素があるんだろうけれど、この主人公にはそこまで地球を救いたいという強い意志が見えずに、あくまで自分の中の父親との対決なので、まあここは監督ジェームズ・グレイの人生観なんだろうけれど、どうにもピンとは来なかった。

途中で出て来た救助信号で立ち寄った実験船の動物の場面は、長期間の宇宙生活が及ぼす影響が動物にももろに来ていて、もしかして父親も何かの影響を受けているの?という疑念とか、動物の怒りと父親の怒りと自分の怒りを描く意図は分かるものの、ここだけ急に映画「エイリアン」みたいなホラーっぽさがあって浮いている。

この映画で一番気になったのはサージについて。
話を引っ張る大事な問題がサージなのに、結局このサージが何だったのかがよく分からず。
反乱を起こした父親の仲間がサージを発生させたらしいけれど、この意図は何も言っていないので、結局このサージで何がしたかったのだろう?
何故父親はこのサージを発生させている装置をそのままにしていたのだろう?
サージが出てれば地球の人間に気付かれて、実際地球から父親を抹殺しに人が送られているのだから、宇宙ステーションを良く理解している父親がサージの装置を止めたり壊したり出来ないというのも不自然だし。
そもそも、このサージ発生装置って何?
何かを放射してそれで調査するのかもしれないけれど、海王星から地球まで届いて、ピンポイントで大規模な障害を起こせる程の大出力の装置って何?
それに、最近になって急にサージで地球に障害が起きているのだから、十六年前に一度父親の仲間が反乱を起こして殺された時はサージは関係無く、最近になって生き残っていて父親に共感していた仲間が急に反乱を起こしてサージ発生装置を起動したの?
それとも十六年前の反乱の時にサージ発生装置を起動したけれど、それから十六年経ってから何故か急にサージ発生装置が起動したって事?
このサージに関しては話の導入や主人公を父親に会いに行かせる為だけの目的で、その説明の無さは酷い程適当で手抜きで説明をぶん投げてしまっている。

あと、科学面で一番気になったのは、79日も航行しているのに主人公の髪の毛と髭が全然伸びていない事。
散髪も髭剃りもしている様子はないし、三カ月放っておかなくても数週間で髭がモジャモジャになると思うのだけれど。

笑ってしまったのはキャスティング。
まず、ブラッド・ピットの父親役がトミー・リー・ジョーンズで、この親子感の無さでニヤニヤ。
更に大佐役でドナルド・サザーランドが出て来て更にニヤニヤ。
行方不明になったトミー・リー・ジョーンズに、ドナルド・サザーランドが宇宙船乗るって、もう映画「スペース カウボーイ」じゃん。
この映画の中で出て来たクリフォード・マクブライド博士の若い時のオレンジ色の宇宙服の写真って、実際の「スペース カウボーイ」の時のトミー・リー・ジョーンズの写真だよね。
これに気付いてからは真面目な場面でもおもしろくて仕方なかった。

この映画、近未来ハードSFとしては中々良かったし、自分の中の父親と向き合う話を見せる映画としては結構おもしろかったけれど、主人公に共感出来るか否かで印象は相当違うんだろうなぁとは思い、わたしはいまいちピンと来ないままだった。

☆☆☆★★

« | »

Trackback URL

Leave a Reply