ローラ

2012年12月05日 水曜日

ジャック・ドゥミ初監督の1961年の映画「ローラ(Lola)」。

無気力に生きる男が初恋の女性ローラに出会うが、ローラも初恋の男性を待ち続けていた。

初恋が大きな主題になっていて、恋愛映画ではあるけれど人物の配置と脚本の構成がおもしろい。
始めはそれぞれの人物や話がバラバラと存在しているだけだったのが、やがてそれらが徐々に関係を見せ始め、それがフリになっていたりと非常に上手く組み立てられている。
主人公ローランが寝坊して仕事を首になりグジグジ悩んでいるのは確かにそういう人物だと見せる為でもあるけれど、それが船出の動機になり、その船出も二転三転し結末に至るまでのフリだったり、初めに喫茶店のおばさんが話す「自分の息子を見た!」と言うのも、「何言ってんだろ?」位の大した事無い話で引きは無かったけれど、それが最後に繋がるフリで成程と思ったり。
また、この関係性や繋がりが多くは無い人物達の中で輪廻の様な円環があるのも見ている方を変な気持ちにさせる。
ローラの初恋の男性は水兵で祭りの時に出会ったと言うけれど、ローランが知り合った幼い時のローラに似ていると言う少女も水兵に出会い、祭りに行き、その水兵はローラが初恋の男性を思い出した為に彼との付き合いがあったり、その少女は踊子に憧れているけれどローラは踊子で余り望んでいる訳でもなかったり、ローランが仕事を受けに行くのは床屋で、少女の友達も床屋になりたく、少女自身も床屋にへと出て行ってしまったり。
それは何も関係あるモノではないけれど、関係が薄い人々の小さな輪の中でグルグルと人と時代が回っていている様な、平行世界がそこに存在している様なゾクゾクする不思議さを作り出している。

脚本はおもしろいモノなんだけれど、人物、特に主役二人がどうにものめり込めない。
ローランは自分は望まれなかった子供だとか、自分の人生は意味があるのだろうかとか、高校生位の思春期ならともかく、三十過ぎの男性がグッタラ悩み、フランス恋愛映画ではこんな感じな男性こそが主人公に相応しいのかもしれないけれど、流石にこんなおっさんは見ていても楽しくないし響かない。
ただ、こういう人物でないとこういった話にはならないのはそうだけど。
そして、ローラの方は人物的には話の展開としてこういう人物だというのは物悲しさもあり良いのだけれど化粧が濃くて、そこの部分でどうにも身が入って行かない。
踊子という事もあるけれど、顔の寄りになる度に「日出郎みたい…。」と思ってしまい、綺麗とか、哀しい人物とか思えないのが引っかかる所。

それにこの映画の一番の問題は時間の問題。
何故か夜八時位でも外は明るく、くっきり影が出来、室内でも窓から眩しい光が差し込んでいる。
かと思ったら、次のカットでは普通に暗い夜の場面になっていたりと時間の感覚がおかしくなって来る。
そういう事があるので、途中「今何時だ。」と言う台詞が合っても、それが午前なのか午後なのかさっぱり判断が付かず、そこで惑ってしまう。

題名は「ローラ」だけれど、主人公はローラン。
全てが無意味に感ぜられ、ローラに出会って人生が変わったかの様に思えても結局全ては上手く行かない哀しい物語でなかなか良い。
それに、ここから、この世界から抜け出せない様な気がしてしまう不思議な関係性や微妙な繋がりを少しずつ見せる脚本の上手さが一番の見せ所。

そう言えば以前見た同じジャック・ドゥミが監督の映画「ロシュフォールの恋人たち」では、特に本編との繋がりも無く出て来た殺人事件の犠牲者がこの映画のローラらしいのだが、この映画を見てもやっぱりこの映画とも特に繋がりも無い別の映画で、このローラを殺してしまわなければなかったのかさっぱり分からない。
監督の個人的感情のはけ口位の理由なんだろうか?

☆☆☆★★

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