「新・猿の惑星」をもう一度見てみました。
2026年10月21日 水曜日ドン・テイラー監督、ロディ・マクドウォール主演の1971年の映画「新・猿の惑星(Escape from the Planet of the Apes)」。
映画「続・猿の惑星」の直接の続編で、猿の惑星シリーズの三作目。
アメリカの海岸に一隻の宇宙船らしき物体が不時着した。
その中から現れたのはコーネリアス、ジーラ、マイロの三匹だった。
三匹を保護したアメリカ政府は彼らを猿だと思い、動物学者のルイス・ディクソン博士とステファニー・ブラントン博士に調査を依頼した。
どう扱われるかが分からなかった為に黙っていた三匹だったが動物としての扱いに不満を抱いたジーラは喋ってしまった。
三匹の檻の隣のゴリラが興奮したせいでマイロはゴリラに殺されてしまうが、コーネリアスとジーラの存在は世界中に知らされて客人の様に扱われた。
しかし、二匹から彼らの世界では人間は衰退し、猿が世界を支配している事を知った科学顧問のオットー・ハスライン博士は二匹を危険視し、抹殺を考えていた。
Amazon プライムビデオで猿の惑星シリーズが一気に配信終了となる予定だったので、2010年代以降の映画を見ていないので見たいと思い、だったら以前の1970年代の初めのシリーズを見てから見てみようと思ったものの、何故か一作目だけが見放題には入っていなかったので、しょうがないので二作目から見てのその続編。
「続・猿の惑星」で未来の猿の惑星を終わらせてしまったので、それでも話を続けるとなるとよくある手法として前日譚か、脇役の別話になるけれど正にそれで、何とか今までのモノでこねくり回して設定を作り出して続編を作った感じ。
この話に持って来る為の設定は強引だし、話はあからさまに製作費を削られてこじんまりとなってしまっているけれど、初めから全五話の連作の中の終盤に向けての一編と思うと、まあこれも有りなのかな?と思えた。
前作で一作目以上の落ちをひねり出した為に二作目までの登場人物達が使えなくなってしまった所を、実は人間が乗って来た宇宙船に乗って脱出していたという強引な言い訳で出していて、これはそもそも猿達はあれ位の科学力・技術力だったのに宇宙船の技術を理解して、修理して、大気圏を脱出して宇宙に出れたの?だし、あの宇宙船は脱出ポッド的な物で大気圏を出れる様な推進力を出せる船には見えないんだけれど?というのもあるし、宇宙船に関する猿側の話はこれまで全然無かったじゃんというのもあるし、人間が猿の惑星に来たのはウラシマ効果で分かるものの、この三匹はコバルト爆弾で宇宙船が過去に戻れるとか、謎の絶対時間測定器があり過去に戻ると西暦の表示も過去に戻るとか、この話の設定に持って行く為に都合がいい事ばかり。
ただ、話自体は結構おもしろく、これまでの猿が喋れる支配者で、その中に本来喋れないはずの人間なのに異質な喋れて違う世界の住人の人間が来たら…をしていた所を、それを逆転させた話になり、今まではとは違う事がおもしろくはあった。
しかし、これまでの話を考えないと至って普通な現代社会に現れた異質な存在の話ではあり、まず設定を引っくり返して、それを更に引っくり返すと元に戻って案外普通になってしまっている皮肉感もちょっとおもしろかった。
コーネリアスとジーラは理解のある猿だし、ディクソン博士とブラントン博士も理解のある人間だし、コーネリアスとジーラは冗談を言って周囲を楽しませる猿なので人々に受け入れられるので前半は楽しい笑いがあるのも今までとは違う方向性で見ていて楽しい。
それもちゃんと振りとなり、後半の哀しい展開になって行くのも展開はしっかりしていた。
後半は多くの人から受け入れられているのに一人の偏執狂的な人物によって追い詰められてしまう話になり、これはおもしろくは見れたけれど描きが少ないので何とも。
大統領が自分の権力を見据えつつも的確な判断をしてはいたけれど二匹に対する好意は少人数だけしか描かれず、普通の人々は二匹をどう思っているのかがよく分からないのでハスライン博士の思い詰めた感情は彼が特殊なのか、多くの人が感じた恐怖感や拒否感なのか分からないし、杞憂とも思える二千年後のあくまで可能性の未来を心配しているからなのかよく分からないのでこの人物にピンと来ず、最後までの展開にする為のそういう人物でしかなかったのは脚本の温さかなと思った。
コーネリアスの説明ではあくまで猿達が知った範囲内から考えた説ではあり、二千年位で一気に猿達の知能が上がったり、そもそも喋れる声帯でもないのが話せる様になり、人間の知能が一気に落ちて声帯も喋れなくなってしまったとは無理はあり、多分何かがあっての未来の猿と人間と考えると納得出来はするけれど、その何かがコーネリアスとジーラであり、その子供だと思うとこの映画での展開はよく出来ていると思う。
ただ、そこら辺りの話が映画内では全然無く、ハスライン博士も単に未来に脅威になるとだけの話で、コーネリアスとジーラの息子が未来の猿を作った特異点、タイムパラドックス的な存在だとか言う話が出て来たらもっとおもしろくなったのにとは思ってしまった。
この映画、続編になるにつれて製作費と共にこじんまりとして、最早猿の惑星でもなくなってしまっているし、続編を作る為に強引に設定を上塗りしてはいるけれど、序盤のコーネリアスとジーラの愉快な感じから後半の哀しい感じになる展開は結構良いし、単なる過去に戻ったという話ではなく、未来に行って過去に戻った事で歴史が分岐している話として、連続物の中盤としてはそれなりに楽しめた映画でした。
☆☆☆★★
関連:「続・猿の惑星」をもう一度見てみました。