霊幻道士

2026年09月30日 水曜日

リッキー・ラウ監督、サモ・ハン・キンポー製作、ラム・チェンイン主演の1985年の香港映画「霊幻道士(殭屍先生 Mr.Vampire)」

キョンシーを扱う道士ガウは富豪から彼の父親の墓を改葬する相談を受けて墓を掘り起こす事となった。
その墓には様子がおかしい所があり、父親の遺体も二十年間腐らずにそのまま残っていた。
ガウは父親は何か怨念を持って死んだと思い、このままではキョンシーになると考えて自分の所に持ち帰って遺体を法術で封じていたが遺体はキョンシーとなって逃亡。
富豪を殺し、更には富豪の娘も狙って襲いかかって来たのでガウは弟子達と共にキョンシーに立ち向かう事になった。

古い香港映画を見る流行が来ていて、その中でサモ・ハン・キンポーの映画を見ていて、この「霊幻道士」の基となったサモ・ハン・キンポーの霊幻道士元祖シリーズと言われているらしい映画を見てからこの映画を見ようと思ったのだけれど配信の終了が間近だったので「霊幻道士」を先に見てみた。

子供の時にキョンシーモノが流行っていて、それなりにキョンシー映画も見たはずなんだけれど、この映画を今見てもどの場面でも見覚えはなかったので子供の時に見ていたのは多分「幽幻道士」の方だったのだろうなぁと思った。

で、この映画はちゃんとキョンシーと戦うキョンシー映画で、そこに妖怪物の怖さもあり、法術を使った怪物退治のおもしろさもあり、カンフーから繋がる戦いもあり、笑いもありつつ、それが上手く混ざり合っていてとてもおもしろく、本当に集中して見てあっという間だった位。

初めにキョンシーとはこういう物ですよと格闘を交えて映像的に見せ、そこからちゃんと各人物を立てながらキョンシーが襲って来て法術で戦い、法術の目新しさもあって楽しく見れ、話としてもどうなるんだろう?で飽きずに見れて上手い構成になっている。
今まで見て来た1960~1970年代の香港映画は剣術の武侠映画からカンフー映画という流行の流れがあって、その中でカンフー映画で多かったのが、悪者が主人公側の財産を狙ったり、面目を潰す為に嫌がらせをして来るので結局は戦う事になるという展開で、まあカンフーを見せる為にはこういう話になってしまったんだろうけれども、幾つも映画を見ているとそれが多いので飽きてはいて、その中でこの映画は全然違う展開に剣術の武侠物に帰りつつもカンフーも混ぜてと今までの良い所を学びつつも東洋ファンタジー要素も入れて次の段階に行った感じがした。
格闘場面もこれまでだと余りカットを割らずに長めにカンフーを見せていたけれど、この映画では結構カットを割って見せていて現代的な映画編集になっていたし、椅子や丸太でぶっ叩たり、最後はキョンシーに火を付けて燃やしたりと剣術やカンフーにだけ絞らない見せ方をしていて、それまでの香港映画とは少し変わって来ていた。

出来る師匠と間抜けな弟子の構成は変わらずではあり、でも出来る師匠が主人公なので安心して楽しく見れるし、弟子の方は幽霊担当とキョンシーになりかける担当とはっきりと役割が分かれていて存在感はあるし、弟子の方もある程度キョンシーに対抗は出来るし、最後に師匠と弟子で二人でキョンシーと戦うのは熱い見せ方だったし。
それに、初めに出て来た弟弟子が最後の危機の時に参上するのもそれ程活躍はしないのだけれど良かった。

しかし、やっぱりこの時代までの香港映画的な説明の無さは変わらずではあり、キョンシーになってしまった父親に何があったのかは分からないし、娘は役を立てた割に活躍はしないし、一番分からなかったのは途中で急に幽霊が取り付く話を入れ込み、この幽霊も何者だったのか分からないし、何故弟子に興味を持ったのか、弟子の魂を奪うとかそういう目的があったのか分からないままで何も説明が無く投げっぱなしで終わるし、この幽霊話も途中で思い付いたから入れたんだろうか?
この幽霊話が始まると「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」なの?と思ってしまった。

この映画の主人公役のラム・チェンインは、サモ・ハン・キンポーのスタント団「洪家班」の一員でもあり、わたしがこれまで見て来た映画でも結構出ていたとは知らなかった。
この映画の役だと眉毛や髭で個性が強い顔になっているけれど、他の映画だと髭無しのツルンとした顔なので全然分からなかった。

この映画、キョンシーという妖怪との剣術・武術・法術での対決という楽しさに加え、ちゃんとそれぞれの人物達を立たせて話を見せるし、幽霊話という突如の意外性も見せたりと飽きさせずに最後まで一気に見せて、とてもおもしろい映画で、この映画から続編が作られ、直接のシリーズ以外にもキョンシーモノが多数作られる様になり、日本でもキョンシーが大流行したのも分かる映画でした。

☆☆☆☆★

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