クライング・ゲーム
2012年12月07日 金曜日ニール・ジョーダン監督・脚本、スティーヴン・レイ主演の1992年の映画「クライング・ゲーム(The Crying Game)」。
IRAの一員のスティーヴン・レイは、イングランド政府との交渉の為に誘拐して来た兵士フォレスト・ウィテカーとの会話で段々と彼に情を持ち始める。前半はこの二人の舞台劇の様な会話劇で、非常に淡々と進む。そしてその後は、フォレスト・ウィテカーの彼女とスティーヴン・レイとのややこしい恋愛劇になって行く。
この映画序盤とそれからが、描くモノも雰囲気も大きく違う。ストックホルム症候群とは逆のリマ症候群の話の部分は、殺伐とした緊迫感の中のほころびで、中々の会話劇なのだけれど、それ以後が妙に甘ったるい恋愛犯罪モノに変わってしまい、バラバラ感が強く前編後編が別物。
どうにもこの映画に入って行けないのは、この変な配分もそうだけれど、主人公の描き方と見ている方の受け取り方の乖離が一番の問題かも。描かれ方としては、主人公は過去があり、心に傷もあり、苦悩を引きずる男性なのだけれど、実際は誘拐や人殺しは当たり前のテロリストで、しかも自分が死なせてしまい、その為残された彼女をフォレスト・ウィテカーから頼まれたのにあっさり惚れてしまう下半身でしか行動しない男でしかない、この主人公のしょっぱさがどうにも駄目。哀しい雰囲気は出ているけれど非常にしょうもない人物なので、この気取った感に白けていた。
主役のスティーヴン・レイが、男前でもなく、渋さというには普通過ぎる顔で、ダランとしたおっさんなのもいまいち感に拍車をかける。
ディル役のジェイ・デヴィッドソンは、男性的な顔と野太い声で「あれっ?」と思っていたら、そのままな展開を見せるので驚きはそんなにはなかった。ジェイ・デヴィッドソンはこの変身でカデミー賞の助演男優賞にノミネートされた様だけれど、そこよりもむしろ演技経験も無いままこれが初映画なのに、結構見せる演技しているのが凄い。正直、この映画、フォレスト・ウィテカーとこのジェイ・デヴィッドソンで持っているかもしれない。
この映画の根本としていまいちピンと来ないのは、黒人に対する差別。アイルランド人の黒人差別は強い様だけれど、この映画の中だと単にフォレスト・ウィテカーが敵だからという事しか見えて来ず、黒人差別があるけれど友情の様なモノが芽生え、その後惚れる相手も黒人なので、黒人差別という部分ではピンと来ない。この映画がイギリスの映画なので、そこは皆が当たり前に知っている前提なのだろうけれど、どうにもこの黒人だからの部分はお座なりなので、そこでの惹きつけや描き方が弱く感じてしまう。
それにアイルランド人もイングランドでは差別の対象になるという部分も、イギリス人が見るから特には描かれず、IRAの主人公も単にヤバいだけ以上のモノがない。
この映画、イギリスにおけるアイルランド人・黒人・ゲイという、複雑な差別関係を描いて見せる割に、そこも大きな主題であるはずなのに実際の差別をほとんど描かないので、そこら辺がよく分からず消化不良。一方恋愛劇やサスペンスとして見ると、こっちはこっちで盛り上がりに欠け、のっぺりとした印象しか受けない。この映画、あくまでイギリス向けのイギリス映画の印象。
☆☆★★★