HACHI 約束の犬

2011年11月07日 月曜日

何だか日本じゃ今も男前大スターなリチャード・ギア主演の「HACHI 約束の犬(Hachiko: A Dog’s Story)」。

たぶん、忠犬ハチ公の話を知らない人や、犬好きにはたまらない泣ける映画なのだろうけれど、忠犬ハチ公の話を知っていて別に犬好きでも無いわたしにしたら、特に感動も無くさらっと終わって行った感じ。それに最後の実際のハチの情報で、現代のアメリカを舞台設定に変更して作られたフィクションと言う部分をより強調させられ再確認させられたので、一気に覚めてしまった。現代アメリカ目線の主張があれば分かるのだけれど、知った話をわざわざアメリカの設定にしてやる意味はやはり分からず。たぶん、アメリカ市場および世界市場で売る為の再映画化のかとも思っていたら、この映画、リチャード・ギア主演にもかかわらずアメリカでは劇場公開無しのDVDスルー。ほぼ日本向けの映画。だからリチャード・ギア主演なのかとも思うのだけれど、だったら日本で映画にすれば良いのではとしか思わない。まあ、日本で映画化すると、この映画以上のお涙頂戴のうっとおしい映画になってしまうのだろうけれど。

この映画で気になったのはハチ。わたしの印象では忠犬ハチ公は「駅周辺の人間に邪険に扱われる小汚い子犬」なのだけれど、この映画では常に温かく見守られ、特に手入れの場面は無いのに常に綺麗な毛並みの大型犬。首輪も無いあんな大型犬が町中をウロウロして、駅前に鎮座していたら怖いけどなぁ。
あと興味深いのは、主人公家族のハチの扱い。リチャード・ギアがあれだけ大切に扱っていたハチを、残された家族がそれ程気にしている訳でも無い事。いなくなっても探し回っている場面も無いし、心配して見に来る事も無いし、葛藤も無く手に余るから放した感が強い。最終的には、ハチは家族にとっては良い思い出だけれど、その頃ハチはまともな寝床や食事も無く、弱々しく毎日待ち続けて死んで行くという、放り出した飼い主への批判めいた事を見せる。

つまらない映画ではないけれど、これ程アメリカでのリメイクに疑問が残る映画は無い。

関係無いけれど、わたしには関係があって怖さを感じている事。「『HACHI』を見ていたら、何故か主人公がキャイ~ン天野君で、暫くすると『あ~ああー』と言う女性の声の音楽がかかり森山周一郎のナレーションが始まり『これTRICKじゃん』と思ったので、それをブログに書いている。」という夢を見て、今それをブログに書いているという、デジャブでなく、正夢になっているその怖さ。

☆☆★★★

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